第49話 銅の短剣

「……俺は生きてるのか」


 亜種によって放たれた一撃によって閃光と轟音が響き渡った後でもまだ意識があるということはそうなのだろう。


 もっともそれによって発生した衝撃波に吹き飛ばされたので完全に無事とは言い難いが。


 吹き飛ばされて地面に叩きつけられたことで身体の所々が痛むが、それでも死に至るような大きな怪我はないみたいだった。


 ただ最悪なことに足を捻ったのか、それとも骨に異常があるのか足首辺りから鈍い痛みが伝わってくる。


「くそ、味方諸共とか魔物には仲間意識はねえのかよ」


 俺の足止めをしようとしていた色蛙はあの一撃の余波で大半が死んだのだろう。周囲にはそいつらの影も形もなくなっていた。


 仮に生きていたとしても俺よりも軽い奴らのことだ。衝撃波によって遠くまで吹き飛ばされたに違いない。


(これは逃げるのは無理か)


 この足ではそう長く走れるとは思えなかった。


 今の一撃の影響で亜種はまたこちらを見失ったのか、また咆哮を上げるとキョロキョロと首を振ってこちらを探す動きをしている。


 たぶん今の咆哮でこの沼地にいる色蛙に指示を出しているのだろう。


 敵を見つけ出せ。

 そして発見次第こちらに教えろと。


 今は放たれた一撃の余波で周辺に他の色蛙は一匹たりとも存在していない。


 だがこのまま同じように逃げようとしても、集まってくる色蛙に見つかるのは時間の問題だろう。そしてそうなったら次はあの一撃を回避できるか分からない。


(逃げられないなら戦うしかないのか)


 だがあれだけの一撃を放つ亜種だ。

 今の俺の攻撃で果たして倒せるのだろうか。


「……賭けるしかないか」


 悲しいことに迷っている暇などない。


 次に敵に見つかれば終わりかもしれないのだから。


 手持ちの武器や真言でどうにか勝ちに繋がる作戦を考えると、俺は先ほどとは逆に亜種に向かって進んでいく。


 ある程度までは見つからずに進めたが、流石に完全に接近するまで近づく前に亜種はこちらに気付いた。


 そうなったら当然、あの強力な一撃を放つべくこちらに角を向けてくる


(今だ!)


 そして敵が充電を開始した瞬間、俺は敵に向かって全力で走り出した。


 痛めた足首からかなりの痛みが伝わってくるが、それを無理矢理我慢してどうにか足を動かす。


(この短い距離だけでいい! 持ってくれ!)


 あとは蹂躙するのみと思っていた敵の思わぬ行動に、亜種は顔を上げてあろうことか角の矛先をこちらから外してくれる。


 そして顔を上げると同時にバチバチと電気を帯びていた角が通常に戻っていた。


 どうやらやはりあの頭を下げて動かない状態でないと電気を溜めることはできないらしい。


 これまではまともな反撃も出来ずに逃げ回るだけだった獲物。


 そいつがズタボロになりながらいきなり死に物狂いで向かってきていることに困惑と脅威を覚えたのか、亜種はどう対応するか逡巡している。


 このまま電撃を溜めて放つか。


 それともそれ以外の巨体の突撃などで圧し潰しするか複数の選択肢があるからこそ迷っているのかもしれない。


(そのまま迷ってろ!)


 そう願ったが敵もそこまでバカではないらしく、すぐにまた角の照準をこちらに定めると充電を開始した。


 どうやら最強の一撃でこちらを屠り去ることに決めたようだ。


 バチバチと充電がされるほどに激しく帯電していく角。


 溜めに費やした時間的に先程までの威力は出ないだろうが、それでも俺程度の存在を倒すなら十分な威力を出せるに違いない。


 だが俺だってそのまま攻撃を許すつもりはない。こうなると分かっていた時から準備していた三本の短剣ダガーを全力で敵の顔に向けて投擲する。


(頼む、効いてくれ!)


 そう願いながら俺はその投じた短剣がどうなるかの結果を見届けることなく、また亜種に向かって走り出す。


 先ほどの様子からして一本でも顔に刺さって奴が痛みで動いてくれれば充電状態は解除されるはず。


 その僅かな可能性に俺は賭けたのだ。


 余りに緊張からか、それともこれが走馬灯というものなのか、ゆっくりとなった視界の中でまず二本の鉄の短剣が敵の元に到着する。


 その短剣は敵の顔に命中することには成功するが、僅かな傷をつけることなく弾かれてしまう。


 そして亜種もそれでは身動き一つせず充電状態は継続されたままだ。


 残るは一つ。


 ウルケルに勧められるまま買った銅の短剣だけ。


 その最後の希望である銅の短剣を見ても亜種は動かなかった。


 つい先ほどの二つ鉄の短剣を無傷で弾いたことで、それも問題ないと判断したのだろう。


(頼む!)


 その願いを乗せた銅の短剣は、まるで奇跡が起きたかのように亜種の角へと命中して、


「グオオオオン!?」


 深く深く、明らかに顔よりも硬いであろう角の表面を貫いて突き刺さってくれた。


 その予想外の事態に亜種も焦りを隠せなかったのか、大きな悲鳴を上げながら大きく仰け反っている。


 その千載一遇の隙を逃がしてはならない。


 俺は痛む足を必死に動かして亜種の横を通過すると、その背後に存在しているだろう転移門に向かう。


 そもそもこれで敵を倒せるだなんて俺も思ってはいない。


 真の狙いはどうにか隙を突いて奴の傍で開いている転移門に転がりこむことだ。


 それで現実世界に戻る以外に逃げ道はないと判断したのである。


 だが現実は残酷だった。俺がどうにか転移門に辿り着こうとしたその時、これまではなかった透明な壁によって侵入するのを拒まれてしまったからだ。


【警告・転移門付近にて暴走の影響を受けている生命体の存在を感知しました。転移を実行するにはその生命体の排除が必要となります】


「嘘だろ、ふざけんなよ!?」


 まさかの亜種を排除しないと門が開かないという無情な事実。


 それを容赦なく突きつけられる。


(終わった……)


 そこで何かが爆発するような音が背後から聞こえてくる。


 態勢を立て直した亜種が最後の抵抗に失敗したこちらを仕留めるべく攻撃を仕掛けてきたのだろうか。


 そんな絶望を抱きながら振り返ったのだが、どうも様子がおかしい。


(……角が折れてる?)


 短剣が刺さった程度で折れるほど軟だとは思えない。


 だがこちらの視線の先には短剣が突き刺さった辺りから折れて先がなくなっているのが見えている。


 それどころか大きく仰け反った亜種は、なんとそのまま後ろに倒れていく。背後にいる俺を押しつぶすかのように。


 無理をし過ぎたのか段々動かなくなってきている足を引きずって、なんとかその巨体に圧し潰されるのは回避した。


 そして仰向けで倒れた奴の頭部が俺のすぐ目の前にある。


 その様子を見るに、どうやら亜種は死んではいない物の意識を失っているみたいだ。


「まさか充電状態の角が破損して、溜めていた電気が漏電したのか?」


 だとしたら先程の爆発音はそれによるものか。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 この絶好の機会を逃したら今度こそ本当に後はないのだから。


 敵に有効だろう銅の短剣は見当たらないので俺は残された最後の攻撃手段に全てを賭ける。


 それは『火炎』と『増強』だ。ただし今回の『増強』による強化は真力を1消費するものではない。


(ぶっつけ本番だけど、ここでやらなきゃどっちにしろ死ぬんだ)


 ならばやるしかないではないか。俺は十分な距離を取ると、これまで制御できずに危険だと判断していた『増強』による更なる強化を実行することを決める。


 かざした掌の先に『火炎』の真言によって発生した火の球。


 それがまず真力消費1の『増強』によって強化されたことで大きくなる。


 今まではここで終わりだった。


 だけど今回は更に真力を1追加で消費して『増強』の効果を高める。


 するとより一層火球は大きくなり、それによって増した熱が真言使用者である俺も焼くかの如く伝わってくる。


(まだだ! もう一段階!)


 更にもう1。


 合計で3の真力によって『増強』された火の球の大きさはバレーボールどころではなく、それこそ運動会などで使われる大玉くらいになっている。


「頼むからこれで終わってくれよ!」


 大玉から発せられる炎と熱で自分の身体もジリジリと焼いて、服も燃え上がりそうになっている。


 ここが限界だった。


 そうして放たれた限界を超えた一撃は、未だに意識を失って身動きしていない亜種の頭部にぶつかり、次の瞬間には閃光と衝撃をまき散らしながら大きな爆発を巻き起こした。

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