第48話 雷電蛙との戦い
俺が取れる選択肢は単純に分ければ二つのみ。
即ち戦うか逃げるか、そのどちらかだ。
(いや、逃げる一択だろ!)
何かを誇示するかのように大きな咆哮を上げる敵から感じる圧力からして
つまり最低でもアイアンクラスの魔物だし、下手をすればそれ以上の可能性もあり得た。
そんな俺にとっての強敵と戦う準備などほとんどできていない。
しかも今回の場合だと『小鬼感知』も対象外なので全く役に立たないのだ。
ゴブリン相手ならこれで相手の動きなども丸分かりになるが、そうでない以上はどうやってもいつものように戦えない。
また基本的に力不足である俺の戦闘は奇襲から始まる。
それなのに既に敵に見つかっており、警戒されているので不意打ちは無理な状況なのだ。
この状況で勝てると言い切れる自信は俺にはない。
なにせこちとらしがないゴブリン専門の小鬼狩りなのだから。
幸いなことに敵は生い茂る茂みに隠れた俺のことを見失ったのか、キョロキョロと周りを見渡している。
こちらを感知できる真言がないようなので、この隙に安全圏まで退避するとしよう。
暴走した転移門を放置することになるが仕方がない。
あいつが門の前で陣取っているこの状況で、そこまで辿り着くのが難しい以上はどうしようもないのだ。
(また次の満月の日に来るしかないな)
その時までずっとあいつが陣取っているとは思えないし、なんなら戻ってからあいつの討伐を騎士団に依頼すればいいのだ。
亜種なら強力な真言をもっているはずなので、それを狙って狩りにくる冒険者もいるかもしれない。
そうと決めたら早速動くとしよう。
俺は敵に存在を気取られないようにゆっくりと確実に敵から離れるように移動を開始する。
その途中、こちらを見つけられなくて焦れたらしい敵がまたしても角をある咆哮に向けると、バチバチという充電している音が聞こえてくる。
(あの電撃を放つ攻撃は溜めが必要なのか)
そしてその間は身動きも取れないようだ。ジッと動かずにある方向に頭を向け続けているし。
「なら今の内だな」
生憎と角が向けられた方向は俺が居る場所ではなく、明後日の方向に向けられている。これならあの雷撃が放たれてもこちらには何の影響もないだろう。
地面に大穴を開けた威力からして一撃でも当たれば死ぬのは間違いないが、逆に言えば当たらなければ意味はないのだから。
とはいえそれでも脅威であることに変わりはないし、そんな死に至る攻撃が放たれるかもしれない中で敵に向かっていくのは御免だった。
だから俺はその溜めている時間に距離を稼ごうと足を速めて、そこで殺気よりも溜めの時間が明らかに長いことに気が付いた。
(まさか!?)
その答えはすぐに明らかになった。
なにせ次に放たれたその雷撃は、先程のものとは比べ物にならなかったからだ。
響き渡る轟音はそれこそ落雷が起こったかのようであり、放たれた雷撃によって発生した光が俺の残光が目に残っているくらいである。
そして先程とは比べ物にならない一撃が放れた方向は酷い有様である。
雷撃が着弾したと思われる地点には先ほどよりも大きな穴が開いているばかりか、地面が焦げて煙が上がっている。
更に直撃を受けていないだろう周囲の木々にも電撃が奔ったのか焼け焦げている。
その余波だけでも俺を殺すのには十分過ぎる威力があるだろう。
(ふざけんな! あんな攻撃を連発されて勝てるかっての!)
人間ならこれほどの攻撃を放つためには少なくない真力を消耗することだろう。
得られる真言や真力に限界があるからこそ、人間ならそう何発も放てるものではないのが常識である。
だが悲しいかな、その常識は魔物には適応されない。
何故なら魔物はいくら真言を使用しても真力をほとんど消耗しないとされているからだ。
少なくとも人間よりはずっと消費する真力が少ないのである
それはまるでかつてエイレインから聞いた真言の上位互換とされる権能のように。
(だけどその一撃を放つまでの時間でかなりの距離は稼げた。これなら逃げ切れるはず)
そう思って奴の視界に映らない場所まであと少しだろうというところまで来た時に、そいつはいきなり現れた。
「うわ!?」
こちらの不意を打つように現れたのは色蛙だ。
勿論それはさっき亜種に進化した個体ではなく、別のこれまで俺が倒してきたような個体である。
『小鬼感知』では居場所を掴めないそいつらがどこからともなく現れて、まるで俺が先に進むのを妨害するように纏わりついてくる。
そればかりかこれまでは倒した時も全く鳴かなかったのに、ゲコゲコと蛙の合唱でもするかのように騒ぎ立てるのだ。
「なんだ、こいつら! まるでわざと騒いでるみたいな……」
そこでハッとして振り返ると、その鳴き声を待っていたかのように亜種がこちらに顔を向けていた。
そしてまるで敵の場所を知らせた味方を褒めるように、先程と同じような咆哮を上げている。
そしてその咆哮に応えるように他の色が得るの鳴き声も激しくなった。
(まさかさっきの咆哮は仲間に指示を出していたのか!?)
それが分かっても今更だ。
これまで逃げたことで亜種からはかなりの距離は稼げたものの、そんなものは関係ないと言わんばかりに奴はまたしても角をこちらに向けてくる。
「っざけんな!?」
ここに至って隠れてコソコソ移動する意味などない。
全力で横に向かって走り出して角の直線上から外れ、そして何とか余波の攻撃範囲からも逃れようとする。
だがそれを妨害するかのように他の色蛙共が群がってくる。
このままではこいつらもあの攻撃に巻き込まれるというのに。
「どけ!」
通常の色蛙程度なら問題なく倒せるが、それでも数が多くなるとどうしても足を取られて移動速度が遅くなる。
(間に合え!?)
そんな俺の希望を叩き潰すべく、亜種の角からその一撃は放たれた。
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