第44話 貨幣と装備 

 生きるためには金が要る。それは異世界でも変わらない。


 普通に生きるだけでも食費やら宿代などが必要なのに加えて魔物と戦うためにはそれに合った装備を整えなければならない。


 そうしないとランクが高い魔物などの真力によって強い肉体強化がされている相手には傷一つ付けられないこともあるからだ。


(だからそれなりの装備を整えたいところなんだが……どれも高いな)


 今いるのは冒険者ギルドやハインツ達から教わったお勧めの武器屋なので信頼はできる場所ではあるはずだ。


 まあだからこそお値段はそれなり以上にするのかもしれないが。


「それにしたって銅製の短剣で小銀貨二枚はキツイな」


 この国の貨幣は価値が低い順に


鉄貨

小銅貨

大銅貨

小銀貨

大銀貨

小金貨

大金貨

白金貨


 となっていて百枚集まれば一つ上の位の一枚と同等の価値となる。


 鉄貨百枚は小銅貨一枚、大銅貨百枚で小銀貨一枚になる訳だ。


 そして大銅貨一枚があれば安い宿ならに何泊もできるし、小銅貨一枚で四人家族が数日分の食糧を賄うことも十分に可能だ。


 商人などではない普通の平民で扱うのは銅貨までが一般的で、小銀貨を触ることはあまりなく、大銀貨なんて見たことない奴も多いとのこと。


 駆け出し冒険者の俺もその例から外れる訳もなく小銀貨は大金だ。


 これまでのゴブリン退治の報酬や俺が仕留めたゴブリンシャーマンの魔石などを売った金を合わせて小銀貨十五枚ほどあるので買えなくもないが、それでも痛手には変わりない。


「お前さん、その様子だと冒険者に成りたてってところだな?」


 思わぬ値段に悩んでいた俺の背後からそんな言葉が投げかけられる。


 振り返るとそこにはこの武器屋の店員と思われる男が立っていた。


 ただ無精髭を生やしており、服もヨレヨレで清潔感的にも店員がこんな姿で良いのだろうかと思わされる恰好だったが。


「ここが高いと思ったのなら買わなくてもいいが忠告しておくぞ。この後に外の露店とかで同じような銅の短剣が十分の一の値段で売ってて、そっちのが安いとか声を掛けられるだろうが絶対に買うのは止めておけ。まあ死にたいってのなら話は違うがな」


 同じ銅の短剣なのに何故それだけ値段が違うのか。

 その理由は既に聞いている。


「大半の露店で売ってるのは真力込められていないので、まともに武器としては使えないどころかお飾りにしかならない」

「なんだ、知ってたか。まあそういうこった」


 実は金属の種類で分けられていた冒険者のランクは武器や防具などの装備の強さのランク分けでもある。


 真力が込められていない武器はどんなに良い金属を使っているものでもなまくら扱い。


 要するに武器としては俺の持っている棍棒と同じように最弱の魔物相手にしか通用しないことがほとんど。


 『鍛冶』や『加工』などで真力を込められた金属の切れ味や強度は俺の常識とはまるで違う。


 元の世界での金なんて柔らかいはずなのに、こっちでは真力が込められていれば上質な武器の素材となるのだから驚かされたものだ。


 そして魔物のランクが上がれば上がるほど武器も真力が込めやすい素材のものが必要とされる。


(そう言えばゴブリンシャーマンを倒した時も棍棒ではなく短剣が止めになったもんな)


 リュディガーから貰った鉄製の短剣は勿論のことながら真力が込められているのでアイアン級の魔物にも通用する代物だ。


 今のところはこれで困っていないのが予備の武器がないのは、いざという時に打つ手がなくなるから用意した方がいいと忠告されてここに来た訳である。


「今の俺はストーン級だから鉄の短剣があれば十分だと思ってるんですけど、その考えはやっぱり甘いと思います?」

「その気色悪い言葉遣いを止めたら答えてやるよ」

「……銅だと財布的にキツイんだけど、持ってないと不味い?」


 敬語を使っているとこんなことを言われるのも何回かあって慣れてきた。


「他の装備は?」

「装備は鉄の短剣が数本と棍棒だけだな」

「ならこのくらいの武器は持っておけ。どんなに安全マージンを取っていても亜種など上のランクの魔物が現れることはあり得る。そうなった時に通じる武器がありません、って言い訳を聞いて生かしてくれるほど魔物は甘くないぞ。あと冒険者なら銅の武器くらい身に着けておけ。高価過ぎるものは目立って狙われることになりかねないが、逆にまともな装備を持っていないのも悪目立ちするぞ」

「これでも結構な値段するけど狙われるほどではないんだ?」


 ストーン級がそれなりの装備を持っていると狙われるとかもありそうだが。


「それは銅製の装備でも魔石が埋め込まれている訳でもないからな。『火炎』の魔石が埋め込まれた火炎の短剣なら値段は倍以上も違うし、本格的な警戒が必要なのはそれくらいになってからだよ」


 真力を込めただけでなく柄や鞘などに魔石を組み込んだ装備は、その加工の難しさも相まって非常に高価になる。


 それこそ同じ銅の短剣でも数倍から数十倍するとのこと。


「長剣や大剣に比べれば短剣はまだ安い方だからな。冒険者として今後のことを考えてるなら良い武器を使って慣れておくことをお勧めするぞ」

「……分かった、買うよ」


 店員なので商品を売りたいだけのセールストークの可能性もあるだろうが、仮にこの人物の言うことが正しかった場合のことを考えて俺は購入することに決めた。


 それに鉄の短剣でさえ切れ味的に元の世界とは違うようだし、その上の銅の短剣ではどのくらいの差があるのか確認することも調査の一つとして有用だと考えたのもある。


「毎度あり。ところでお前さん、名前は?」

「鳴海 司、最近この街にやってきた新米冒険者だよ」

「そうか。よし、ツカサ。俺がお勧めした責任を持って鞘と砥石はサービスで付けてやろう」


 思わぬ申し出に目を丸くする。


「良いのか?」

「ああ、俺が良いって言ってるんだ、気にせず受け取れ。その代わり、今後も装備を買い替える時はまずウチに来いよ。そんでお得様になってウチを儲けさせてくれ」

「ああ、分かったよ」


 聞いてみればこの男、ウルケルはこの武器屋の店主であり鍛冶師でもあるらしい。

 つまりここの装備の大半は彼が制作してした物ということだった。


「ウチでは魔物の素材も扱ってるからな。なんならモノによってはギルドに売るより高く買い取ってやるから贔屓にしろよ」


 そんなこんなでこれから長い付き合いになるウルケルとの交流がこうして始まったのだった。


 なお後日、何故初対面で新米の俺にあんなサービスをしたのか本心を尋ねたところ、鍛冶師としての長年の勘とよく分からない理屈を答えられたのだった。

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