第43話 幕間 女騎士《エイレイン》の生き方

「随分と楽しそうですね」


 楽しそうに笑う私を見てハインツ副団長はそう問いかけてくる。


「あら、そう見える?」

「ええ、とても。お嬢様がそういった表情を浮かべるのを見たのは実に久しぶりだと思うくらいには」


 それはその通りだろう。


 私が騎士として活動する際は領主一族としての立場を最優先にする。


 それが当然のことでもあるし、なによりそう振る舞うことが身を守ることにも繋がるからだ。


「随分と彼を気に入ったようですね。先ほどまではあれほど怪しんでいたというのに」

「そうね、それは認めるわ。彼は面白いもの。でもまだ完全に疑いが晴れた訳ではないわ」

「その認識があるのなら安心しました」


 私とハインツの視線の先には他の騎士から色蛙の倒し方や戦い方を教わっているナルミツカサがいる。


 真剣に話を聞いている姿を見てまた笑いが出そうになった。


 それはバカにしているのではない。

 むしろその逆だ。


 その純粋さが眩しく少しだけ羨ましい。

 そしてその在り方が私にとっては心地よかったのだ。


 実は彼には言わなかったが私が騎士を目指した理由がもう一つある。


 それは権能持ちの女性は子供を産めないということだ。


 つまり私は生まれながらにして貴族の令嬢としての役目を果たすことはできない身体だったのだ。


 どうしても出席しなければならないお茶会や舞踏会では幾度となく陰口を叩かれたものだ。


 子を産めない欠陥品。

 女なのに女でない半端者。

 戦うことでしか意味をなさない野蛮人。


 中には誉めるふりをしてそういった意味を言葉の端々に込めてくる奴もいる。


 生まれた時から十八になる今までそうだったので慣れたものだが、それでも嫌な気持ちにはなるものだ。


 幸いなことに父や家族、それに共に訓練を積んだ騎士などはそんなことを言ったり態度で示したりすることはない。


 それどころか辺境伯家の血を残せない私を心配してくれて大事にしてくれている。


 だがそれはどこに行っても腫れもの扱いということでもあった。

 良くも悪くも生まれながらに特別な私にはその立場や境遇がどうしても付きまとう。


 だからこれまでそういったことに対する愚痴を言えるのは同じ立場である一人だけだった。


 ただその彼女と比べたら私なんてまだまだ恵まれているので限度はあったが。


 だからだろうか。権能のことを言ってもその強さにばかり気を取られている彼との会話が非常に楽に感じたのは。


(その前のことも面白かったわね)


 こちらが差し出した何の魔石が嵌め込まれたのかも分からない腕輪をあっさりと付けるなど貴族なら警戒心が足りな過ぎると怒られる行動だ。


 仮に騎士団の部下が同じ行動をとったのなら厳重注意の後に厳しい再教育が待っていることだろう。


 でも疑いもせずにそれを付けてなんとかこちらの信用を得ようとしているその純粋ともいえる態度は私には微笑ましく思えた。


 少なくとも騙し騙されるのが当たり前な貴族社会に生きてきた私には持ちえないものだ。


 だからだろう。そんな彼の行動について笑いながらの軽い注意で済ませてしまったのは。


 そしてこうも思ってしまった。


 可能な限りその純粋さを失わないで欲しいと。彼から情報を聞き出したいという思惑とは別にして。


「まあ確かに権能の話を聞いて、あの疑問が最初に出てくる辺りは私も笑いそうでしたよ」

「でしょう? 貴族の幼子が真言の勉学を始めた時のようなこと聞かれるんだもの」

「自分がそうでないことを残念がる子供のことですね。まあ幸か不幸か私やお嬢様とは縁のない話ですが」


 生まれながらの真言持ちと権能持ち。


 それらに大きな利点があるのは認めるし、その利点があったから今の私があると言い切れる。


 だが利点ばかりがあったとは思わない。

 そのことを彼も分かっている。似たような立場の彼は。


「まあそのことについてはいいでしょう。残念ながらいずれは彼も知ることになるでしょうし」

「ええ、そうね」


 ほぼ間違いなく彼は権能持ちの女性が子供を産めないことを知らなかっただけでこちらに気を使った訳ではないのは分かっている。


 だからこの先、私が権能のせいで子供が産めないと分かったらどう態度が変わるだろう。


 表には出さなくても憐れんで気を使われるだろうか。

 それとも他の貴族のように裏で欠陥品と貶されるだろうか。


 そうなったらきっと私は残念に思うだろう。


 権能によって私にはあんな無垢の子供同士のような会話をする機会は滅多にないことだから。


「それでどうでしたか?」

「『真贋』」の魔石と私の『悪意看破』の両方が彼を白と結論づけた。つまり彼は本当に故郷にあの三人を連れて行って保護したみたいよ」


 表向きに私が持っているとされている権能は第四階梯の『聖炎』。


 だがごく身近な関係者しか知らないもう一つの権能を私は生まれながらに有している。


 それは同じく第四階梯の『悪意看破』。


 真言の場合なら相手に悪意があるかどうかが何となく分かるだけのものだが、生まれながらこの権能を鍛えてきた私は発する言葉それぞれに悪意があるのか理解できる。


 悪意がある点、それ即ちこちらを騙そうと嘘を吐いている点でもある。


 だから『隠蔽』や『妨害』などで対策をしていない限り私の前で嘘を吐くのはまず不可能。


 もっとも彼はその点に関しては隠すつもりはなかったようだけれど。


 少なくともあの場でした発言に嘘偽りはなかったし、そこに騙そうとする悪意もないのは確定している。


 だからこそ浮かび上がる点もある。


「彼が唯一明確な回答をせずに言い淀んだのは――どうやって故郷に連れて帰ったのか――という質問に対してだけだったわ。それ以外では嘘偽りはなし」

「つまり彼にとって最も隠したいこととはそこであると。そこまで分かっていてその先を追及しないのですか?」


 私ならやり方次第で簡単に確証を得られると言いたいのだろう。

 だが今はまだそれをするつもりはない。


「あの場での回答をあえて避けたってことはその点に関しては警戒しているのは間違いないもの。下手に突いて話がこじれても困るし、話をするにしても逃げられない状況にしてからの方がいいでしょう? なにより場合によっては私だけの手に余ることも考えられるわ」


 それにほとんど確信に近い形での予想はできている。


 連れて帰ること自体や彼女達の安否は発覚しても問題ないと考えているのに、その方法がバレたくないと思っている。


 そして簡易的ながら監視を置いていたにも拘らず、彼の消息はハリネ村の遺跡付近で忽然と消えていた点。


 これらのことから推察できる可能性。


 それは、


「彼らは転移門の向こう側からやって来たのかもしれないわね」

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