第41話 向けられた疑念

 無駄な話を好まないのかエイレインは単刀直入に聞いてきた。


「ゴブリンの被害にあった女性三人。彼女達をどこにやったのですか?」


(ああ、それは予想範囲内だ)


 独断で彼女達を元の世界に送り返すと決めた時からこの疑念の目を向けられる可能性は考えていた。


「あのまま村で保護してもらうことは難しかったし、運よく故郷に帰る方法が見つかったので送り届けました。今は保護されて家族の元にいるはずですよ。ハリネ村には報告しておいたはずですけど聞いてないですか?」

「その報告は聞いています。ですがその上で聞いているのです。それは本当ですか、と?」

「ええ、本当です」


 嘘偽りない本当のことだ。


 ただし転移門で異なる世界に渡ったとかなどの詳細は言わない。


 まだ政府でもこちらの国とどう接触するか決めかけているから可能な限りこちらの世界についての情報は流さないように注意されているのだ。


(そもそも異世界に転移したって正直に言っても信じられるか分からないし)


 下手にありのままを話しても頭のおかしいやつ扱いされてもおかしくない。


 となればここは限界まで誤魔化しておこう。


 いざとなれば許可を得て彼女達を日本に連れて行き、俺の言葉が本当だと証明することはできるのだから。


 まあそれまでの間、俺が保護していた彼女達をどこに連れて行ったのかとか怪しまれるかもしれないが。


「この数ヶ月で商人などがハリネ村を訪ねた数もごく僅か。そしてその数少ない商人たちの足取りもおおよそ辿れています。そして彼らが他領に行っていないことも。この状況でどうやって彼女達を連れ帰ったのですか?」


 もうそこまでバレているとは。となると俺はどこにも行っていない彼女達を連れて森に行って自分一人だけ帰ってきた怪しい奴と見られている訳だ。


(流石に全部隠し続けるのは無理か? このままだと人攫いとかと勘違いされるな)


 今更気付いたが親元に届けたという言葉も始末したという風に捉えられてしまっているかもしれない。


 実際は日本という故郷で入院しているので嘘は全く言っていないのだが、どうやったらそれを証明できるだろうか。


「……言葉だけでは信じられないかもしれないですけど、誓って嘘は言っていません」

「そこまで言うのならこれを付けて私の問いに答えられますか?」


 そう言って差し出されたのはブレスレットだ。

 よく見れば魔石が埋め込まれている。


「これは?」

「『真贋』の魔石が付けられたブレスレットです。これを装備して偽りを述べると魔石が光るように加工されています」


 所謂噓発見器か。真言にはこういう活用法もあるのかと驚かされる。


 疚しいことがあるのならこれを付けて質疑応答はできないだろうし、確認方法としては確実ではあるのだろう。


 問題はこの件に関しては疚しいことはないけれど、それ以外で隠していることがあることか。


(異世界から転移していることとかバレたくないけどな。まあ仕方ないか)


「分かりました。付けますよ」


 この先も疑われ続けては仕事もし辛いし他のことでも動き辛くなりかねない。


 不味いことを聞かれたらどうにか誤魔化すことにして、少なくとも彼女達のことは嘘を吐いてないと証明するとしよう。


 そう思ってそのブレスレットを受け取って装備するが、あまりにあっさりとそうしたせいかエイレインは少し驚きの色を顔に出していた。


 自分が言い出したこととは言え、ここまであっさりと受け入れられると思っていなかったらしい。


「それでは改めて誓いますけど、俺は彼女達を親元に届けました。今は保護されて安全な場所にいるはずです」


 正直に真実を述べているのだから当然魔石は光らない。


「その彼女達というのは私が知っているハリネ村にてゴブリン被害にあったあなたと同郷の女性三名で間違いないですね?」

「はい」

「親元に、と言いましたがそれは生きている状態ですね?」

「そうです」

「親元に届けた後に亡くなった、または始末したなどはあり得ませんか?」

「あり得ません。保護された後にどうなったのか詳細は知りませんが、医者に診てもらって心や体が回復するように看病されているはずです」


 念入りに確認してくるエイレインの様子から推察するにこの嘘発見器は完璧な代物ではなさそうだ。


 俺が嘘は言っていなくてもあえて言わずに黙っているのではないかと細かいところを聞いてくるのがその証左だろう。


「最後に、あなたは彼女達に敵意や悪意を持っていないと誓えますか?」

「誓えます」


 この質問にも魔石は沈黙を保っていた。まあ事実なので当然だ。


「……分かりました、あなたの言葉を信じます。それと非礼を詫びさせてください」


 エイレインはふっと表情を緩めると頭を下げてきた。


「こちらから一方的な疑念を向けられて、さぞ不快な思いをされたでしょう。申し訳ありませんでした」

「いえ、分かってもらえたなら良かったです」


 だから早く頭を上げてくれないだろうか。後ろの護衛の騎士たちが凄い形相で睨んできているので。


 その願いが通じたのかエイレインは頭を上げてこちらを見てくる。


 その表情にさきほどのような猜疑心の色は見えない。

 どうやらこの嘘発見器のおかげで身の潔白を信じてもらえたようだ。


「あなたは善良な人のようです。だからこそ一つ忠告しておかなければなりませんが、そう簡単に差し出された物を身に着けてはいけませんよ。中には身につけた時点で体の自由を奪ったり意識を操作したりするような危険なものもあるのですから」


 その驚きの事実に言葉が詰まる。


(そうか、これが『洗脳』とか『魅了』の魔石であることもあり得たのか)


 俺が身に着けた時に意外そうにしたのも納得だ。


 あちらからしたら警戒して断るか躊躇うなりするかと思っていたのに、そうならずあっさりと身に着けたのだから。


 その上で善良な人という言葉。


 どうやら正直者、もっと言えば疑うことを知らないバカ正直か何かだと思われているらしい。


 まあ妙な形ではあるが、ある程度の信頼は得られたということでここはよしとしよう。


「まあそれが分かった上で試そうとした私が言えたことではないかもしれませんが、今後は気を付けてくださいね」

「……気を付けます。ちなみにそういった危険な物を判別するようなやり方はないんでしょうか?」


 その質問にエイレインが思わずと言った様子でクスっと笑う。

 また変なことを言ってしまったのだろうか。


「まず、よほど信頼できる相手から以外の貰い物には警戒すること。装飾品や装備ならその場で身に着けずに鑑定するなりして安全かどうかを確認するのは常識ですよ」


 そう言いながらそのダメな子を見るような眼は止めていただけないだろうか。


 まあさっきみたいに疑われるよりも万倍マシだし、これで打ち解けられたのならそれでいいか。


「あとはどの魔石が付いているかも一つの判断材料にはなりますね。ランクが高いものほど効果が高かったり持続時間が長かったりしますから。大魔石くらいなら真力が高ければ抵抗できる場合もありますが、それ以上の小魔晶などになると発揮する効果に対する耐性がないとまず抵抗できませんよ」

「なるほど」


 ここでも真力の高さが重要になるのか。この世界で真力が絶対視されているのも当然の流れなのだろうと思わされる。


「ただし見た目で魔石が付いていないからといって安心はできませんよ。中には裏側とか見えないよう位置に魔石が仕込まれていることもありますし、中には表面につけられているのはダミーなんてこともありますから」

「うわ、せっこ」


 その予想以上の悪辣さに思わず飾らぬ本音が漏れてしまった。


「そう言いたくなる気持ちも分かりますけど、卑怯な輩は手段を択ばないので警戒をしなければならないのですよ。面倒なことに貴族は特にそういった謀略などが多いですから」


 その貴族の令嬢であるエイレインはまるで実際にそういったことを仕掛けられた経験があるのかのように嘆息していた。

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