第40話 魔石

 今回、騎士たちは前に来ていた鎧を着ていない。


 沼地では重い装備は動きや足を取られて向かないから俺を含めて軽装な上に専用の靴を履いているのだ。


 見た目はなんてことのない普通の靴だが、これには『水面歩き』の真言が込められている。


 真言が込められた道具ということから分かる通り真器の一種。


 効果を発揮している間は水の上を歩くことができるという忍者の真似事が可能になる逸品である。


 なおその値段は今の俺では手が出ない額であり当然ながら借り物だ。


「蛙沼では正式名称で呼ぶなら巨大蛙ジャイアントフロッグ、通称では色蛙と呼ばれる魔物が主な敵となります。現在はゴブリンが大量発生しているせいで奴らとはそれほど遭遇しないと思いますが、それでも皆無ということはないでしょう」


 ハインツ副団長は確認の意味を込めて話してくる。


 まずは調査とそれに関する確認が先だと言って伯爵令嬢からの尋問は一時的に先延ばしになっていた。


「色蛙は共通なのが第一の『跳躍』、第二の『吸着』、そして第三の真言が色によって異なっています」

「確か赤色なら『火粉』、白色なら『粉雪』のように属性系と呼ばれる真言を有しているんですよね」

「その通りです。ただどれも威力は弱く戦闘に使える真言ではないので真言そのものはあまり人気がありません。どの階梯も一ですからね」


 それでもこの蛙沼が割と人気の魔境なのは幾つか理由がある。


 まず初めに周辺に生息している薬草などの植物が回復薬や解毒薬などの薬に使われることもあってしっかりと良い状態で採取できれば結構いい値段になるから。


 上のランクならもっと希少で高価な薬草が採れる場所もあるが安全なストーンランクの魔境でここまで良質なものがあるところは珍しいとのこと。


 そしてもう一つは色蛙が得られる真言以外の点で稼げる魔物だからだ。


「現在のグレインバーグ領では『火粉』の魔石が若干不足気味になってきています。備蓄分もあるので今すぐ底をつくことはないですが、このまま蛙沼などの採取地点が使えなければいずれは他領から購入することも考えなければならないでしょう」

「そんな大事なことを俺みたいな一介の冒険者に教えていいんですか?」

「構いません。現在の状況から事態を推察できるのならすぐに分かることですからね」


 真言を取るために仕留められる魔物だが、その恩恵はそれだけに留まらない。

 その身体は様々な事に利用されるのだ。


 一角兎ホーンラビットの角は解熱剤に活用されるし、その毛皮は肌触りがよくて暖かいので外套やマントなどの衣服類に重宝される。


 蟷螂マンティス系の魔物の鎌は上手く加工すればすさまじい切れ味の剣や鎌などの装備にすることも可能。


 あとは雲の上のような話だが、ワイバーンの革は高い防御力だけでなく耐火性能も優れていて非常に堅牢な盾な鎧などの防具として利用できるそうだ。


 貴族の中にはその希少な革を使って作ったバッグやポーチが流行になっているなど様々な点で魔物の死体は価値が見出されている。


 他にも美味な魔物がいるなど仕留めた魔物の肉体は何らかの形で活用しできるので冒険者は仕留めた魔物の死体は解体して持ち帰ることが多い。


 万が一解体が出来なくても冒険者ギルドに持っていけば多少の費用と引き換えにやってくれるようだ。


 そんな役に立つ魔物の身体だが、これ以外にも価値がある物が採れる。


 というか最も価値があるのがこれだ。


 それは魔石。


 魔石は大半の魔物の体内のどこか(多くは心臓などの重要な内臓器官付近)に存在していて魔物自身が持っている真言と対応した魔石が必ず存在する。


 ゴブリンなら『鈍感』『悪食』『交配』『小鬼感知』のどれかが採れる訳だ。


 魔石は採取してから使える期限がある。


 また中に込められている真力が空になればただの綺麗なだけの石ころになったり特殊な加工や使用方法が必要だったりと、色々と手間や条件は必要になるのだが、それらをクリアできれば限定的にその魔石に込められた真言を行使できる。


 だから『火粉』の魔石は薪を燃やす際などに使用されているし、『水滴』の魔石は水不足の村や地域での貴重な水源とされているなどその活用方法は様々だ。


 そしてその効果の大きさや強さは主に込められている真言の階位と魔石の大きさで決まる。


 同じ『火炎』の魔石でもアイアンランクのゴブリンシャーマンから取れた小魔石とシルバーランクの炎大蛇ファイヤーサーペントから取れる大魔石では後者の方がサイズも大きく威力や持続力も高い。


 つまりゴブリンから取れるストーンランクで階梯一の魔石なんて屑魔石もいいところであり二束三文にもならない。


 唯一『交配』だけは妊娠しづらい妖精族が欲しがることもあるらしいが、もっと上のランクの魔石の方が有用なのでわざわざ選ばれることはない。


 だから俺はこれまでゴブリンを狩りまくってもほとんどその魔石を採取してはいなかった。


 まあ一番の理由はゴブリンの魔石はストーン級の魔物の中でも特に小さいビー玉並みのサイズで死体を念入りに解体しないと中々発見し辛いからだが。


 何事も経験ということでリュディガーの指導の下で解体してみたこともあるが、掛かった時間と比較しても割に合わないという結論にしかならなかった。


 肉も不味くて食用にならないし、だから冒険者は殺したゴブリンを処理することはあっても解体することはほとんどないとのこと。


 それに引き換え色蛙はランク的にはゴブリンと同じだが、取れる魔石は日常生活で消耗品として使える上に肉はそれなりに美味とされている。


 またその革や長い舌などの素材も衣服関係などで使い道があるため解体されて活用されることが多い魔物だとか。


(同じストーンランクの魔物でも魔石からその肉まで利用できる色蛙。それに引き換え魔石も肉も使えない小鬼と差が大きいな)


 だから冒険者は魔物に対しての知識をつけることも重要になってくるとギルドで教わった。


 しかし冒険者は荒事を生業にしている奴が多いせいか勉学や知識などの方面をおろそかにする奴が多い。


 もっとはっきり言ってしまえば考えなしのバカも多いのだ。


 そういうバカは折角良い素材が採れる魔物を倒せても、それを知らずに放置してしまうというのだからもったいない限りである。


 そうでなくても素材の取り方が雑で使い物にならなかったり品質が落ちたりすることも多いそうで、俺はそうはならないように気を付けるように言われた。


 なお登録の際にこんな形でどの冒険者にも説明がなされているそうだが、その注意も聞き逃す、あるいはそもそも聞く気がない阿呆が結構いるというだから救えない。


 貴族ならともかく金のない平民では学問どころか文字の読み書きすら習えていない奴も少なくない世界と聞けばそれも仕方ないことなのかもしれないが、あまりにもったいないと言わざるを得ないだろう。


「なお第四の真言は零階梯の『巨大蛙ジャイアントフロッグ感知』です。魔石を狙うのなら第三の真言がいいでしょう。他の真言も魔石も特定の分野以外では使い道があまりないですからね」


 『跳躍』は真力も消費もなく高く跳べるようになるが逆に言えばそれだけ。

 それなら高位の真言を習得して身体能力を強化するのでカバーできるし、なんなら体の丈夫さも上がるから断然そっちの方が良い。


 『吸着』は天井や壁に貼り付けるようになるのでそれなりに面白い使い方も出来そうだが、使用するのに真力を消費する点がネックとなっている。


 『鈍感』などと同じように真力を消費しないでその効果が発揮するなら良かったのだが、階梯一の真言ではそう上手い話はあまりないらしい。


 『巨大蛙ジャイアントフロッグ感知』は色蛙の正式名名称のようで、それが感知できるようになるのでこの蛙沼では抜群の性能を発揮できるかもしれない。


 だがそれ以外ではほぼ役に立たない。

 それにこういった最後の真言で手に入る特定の種族の感知はその種族限定だ。


 だからこの真言では他の似たような魔物の飛行蛙フライングフロッグや、人と蛙を足して二で割ったような魔物の蛙魔人ヴォジャノーイなどは全く感知できない。


 まあ要するに色蛙で狙い目なのは第三真言の魔石だけで他はあまり役に立たないということだ。


「あれ? 習得できる真言が違うってことはもしかして色が違う蛙は亜種ではないんですか?」

「いえ、亜種であれば『跳躍』の前に別の真言が手に入るはずです。ですが色蛙の変化がある真言は三番目なので亜種ではなくそういう種族なのでしょう。珍しいですがそういった魔物は他にもいますよ」


(ああ、そうか。亜種の定義にはそれがあるんだったか)


 こんな会話をしながら沼地を進んでいる訳だが、その間にもゴブリンの反応は何度も感じられる。


 近くの奴は何体か仕留めてみたが魔境でもゴブリンはゴブリン。もはや慣れた相手だし後れを取ることなく瞬殺できる。


「聞いてはいましたが、やはりゴブリンが多いですね」

「そうですね、今のところ遭遇するのはゴブリンばかりですし、本来たくさんいるはずの色蛙にはまだ一度も接敵してないですからね」


 別に色蛙の真言は欲していないのでそこまで戦いたい訳ではないが、それでも幾つか魔石を手に入れておきたい気持ちもあるので少しは出てきてくれると嬉しい。


「ふむ、それにしても無駄のない見事な腕前ですね。やはりあなたに頼んで正解でした」

「誉めてくれるのは有難いですけど、この程度のことができる冒険者はいっぱいいるんじゃないですか? まあこうやって休むことなく狩り続けられるのは俺だけかもしれませんが」


 その点を除けば俺なんてたかが真力十だ。


 もっと真力を持っていればゴブリンを狩るくらい赤子の手をひねるよりも簡単な奴だって腐るほどいるだろう。


「その点が有難いのは確かですが、それ以外でも私はあなたを評価していますよ」

「そう言ってもらえるのは光栄ですね」


 その誉め言葉を聞きながら近くの茂みに隠れている個体がいることを手で合図を出す。数は三体だが問題ない。


「よし終わりっと。処理をお願いします」


 奇襲を狙っても居場所がバレバレで成功することはあり得ない。

 逆にこちらから奇襲をして瞬く間に決着となった。


「居場所が分かるから奇襲を受けない。逆にこちらから奇襲できる上に仕留めるのも早いおかげで仲間を呼ばれる心配も少ない。細かいことかもしれませんがゴブリンに対して手慣れたあなたが居るおかげで私達も他のことに警戒をさけるので助かっていますよ」

「ああ、なるほど」


 死体を燃やして処分しながらこの人や他の騎士はエイレインの護衛に意識をさかなければならないのだと気付く。


 エイレインがゴブリン相手に不覚を取るとは考えづらいが、だからと言って護衛が任務を放棄するなんてできないからこの人も大変だ。


「さて、そろそろエイレイン様も痺れを切らす頃ですね。準備大丈夫ですか?」


 心の準備及び何を聞かれそうでどう答えるかの準備。その言葉にはどちらの意味も込められていた。


 どうやら彼は調査をしながら俺にそういった準備をする時間を与えてくれていたらしい。


(まあそのおかげで心の準備だけはできたな)


 お礼を言ってハインツにもう大丈夫だと告げる。


 思いつく限りの質問の答えは用意したので、後はこれからくる質問がそのどれかに含まれているのを祈るのみ。


「お待たせしました。それで俺に聞きたいこととはなんでしょうか?」


 ハインツに連れられてエイレインの傍まで来る。待ちかねていたのか彼女は単刀直入にその質問を投げかけてきた。


「ハリネ村で保護されていた女性三名をあなたは家族の元に連れて帰ったそうですね?」

「はい、運良くそれが叶ったのでそうしました」

「それは本当ですか?」


 そう述べるエイレインの瞳には隠そうともしない猜疑心が見えた。

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