第39話 魔境・蛙沼の調査へ
真言の鍛錬や転移門の検証などを行っていたこの一月で俺は二つの転移門のマスターになっていた。
沼や池などが多い湿地帯である蛙沼ランクが高くないものの魔境なのだ。
まだまだ未熟な俺にとって十分に危険な場所。
少なくとも迂闊に下調べなどの準備もせずに調査をする気にはなれない。
だから俺は魔境以外でゴブリンが異常繁殖しているのではないかと噂がカサンディア近郊の村々を巡っていた。
ハリネ村のようにゴブリンしか危険がないのなら俺一人で十分やれると判断してのことである。
このことは騎士団や副ギルドマスターなどから許可を得ており、俺は蛙沼に行くまでの間にカサンディア周辺の村々を幾つか巡ることとなった。
残念なことにほぼ大半は外れだった。
ゴブリンが多くいても異常繁殖というほどではなかったり、噂が間違っていたりと早々当たりを引くことはない。
それでも調査の中で唯一の当たりを引いた時もあったのだが、それを素直に幸運と喜ぶ気持ちにはなれなかった。
当たりということはつまり犠牲者が居ることだから。
俺が調査している丁度その時に転移門の暴走が起こって転移してきた三人の内の二人はどうにか助け出せたが、一人は間に合わず俺が駆け付けた時には既にゴブリンによって命を奪われていた。
それでもその人はまだマシなのかもしれない。身元の判別がつく状態で遺体を遺族の下に届けることができたのだから。
そうではない巣穴には居た過去の犠牲者と思われる人たちはどれも腐敗しており、どれが誰なのかもまともに判別できない状態だった。
死ぬまでゴブリン達の苗床にされて、死んだ後はゴブリン達に食われるか玩具にされたのだ。
そんな惨状を見て怒りを覚えないなんてあり得ない。
その怒りに任せるように、けれど冷静さ失わないように気を付けながら俺は周辺のゴブリン共を皆殺しにしてみせた。
ゴブリンである限り俺の感知から逃れることはできないし難敵となる亜種はいなかったのでその作業は苦労することなく終わる。
そうして俺はそれなりの額の報酬ともう一つの転移門の所有権を得ることとなったのがこの一月でのこちらの主な出来事だろうか。
そんな経験をして今、俺はついに魔境へと足を踏み入れようとしていた。
ちなみに魔境とはその名の通り魔物が多数生息している特殊な場所のことだ。
色蛙と称される様々な身体の色をした蛙が生息している沼地の蛙沼。
ゾンビやグールと呼ばれるアンデット系の魔物が数多く現れる不浄の丘。
これらはあくまで一例でそういった場所は世界各地に点在している。
そしてこういった魔境には貴重な薬草や鉱石などの素材が取れる箇所が多く、冒険者はそれらを狙って活動している者がほとんどなのだとか。
魔境指定されるような場所のほとんどは人里から離れていて魔物の活動が盛んなところばかり。
当然ながらその危険度はハリネ村の周囲の森なんかよりもずっと上だ。
魔境にもランクがあって蛙沼はストーンランク。駆け出し冒険者にもってこいの場所であり、カサンディアではここで魔境についてのイロハを学ぶのが常道なのだとか。
だから俺もこうして魔境を知るという点を含めてこの魔境を最初に選んだ。
ただし魔境探索は素人同然なので様子見もかねて初回だけは一人ではなく複数人の騎士と一緒に行くことになっている。
(そのはずなのに聞いてたメンバーと違うんだけど?)
俺をこの仕事に引き込んだ張本人と言えなくもない人物のエイレイン、伯爵令嬢の彼女が何故かこの場にいた。
その背後にはハインツ副団長が苦い顔をして付き従っている。
「すみません。本来なら私とその部下だけで付きそう予定だったのですが、どうしてもエイレイン様も行くと聞かなくて」
「えっと……大丈夫なんですか?」
何がとは言わない。
いくらストーンンランクの魔境とは言え危険地帯に伯爵令嬢ともあろう人が来てもいいのかとか、上の立場だと思われる人間がこんなフラフラと勝手な事していいのかとか、親である辺境伯の許可を得ているのかとか、それで俺の問題になったりしないのかとか諸々を含めた質問だ。
ちなみに実力については聞いていない。
彼女もまた俺が苦戦したゴブリンの亜種を瞬殺するだけの実力者なのはハリネ村で目の当たりにしているから。
「私のことは気にしないでください。今回の調査の邪魔はしないし、何が起きてもあなたの責にならないようにすると約束します。もっともあなたが法を犯すような悪事を働いた場合などは例外で、その時は容赦しないですけどね」
最後のは冗談めかしているので彼女なりの場を和ませるつもりの発言なのだろうが全然笑えない。
この地方一帯を治める最高権力者の身内が容赦しなかった場合、俺なんて一瞬で消し飛ばされるに違いないのだ。
それが社会的にだけでなく物理的にも可能そうなのが怖過ぎる。
元の世界でも権力の偉大さは十分に理解させられているので、ここは長い物に巻かれておくに限る。
「分かりました。十分に気を付けます」
「ではお嬢様も準備をしてください。沼地を歩くのにその装備では不向きですから」
そんなこちらの気持ちを察知したのかハインツ副団長がエイレインを俺から引き離してくれる。
「色々とすみません」
「いえ……大変ですね」
「それはまあ。けれど普通ではあり得ない貴重な体験をしているのも間違いではないですから」
声色だけでこの人が振り回されているのが容易に予想できる。
そしてその言葉に聞いてみたことがあったのを思い出した。
「あの、失礼だったら申し訳ないんですけ、貴族のご令嬢ってこんな風に気軽に外に足を運ぶものなんですか?」
勝手なイメージかもしれないが貴族のお嬢様と言えば深窓の令嬢のように大事にされているのが頭に浮かぶ。
だが実際に目の前には居るのは魔境なんて危険地帯に気軽に足を運んでいる武器や鎧を身に纏った戦う令嬢だった。
それともこっちの世界では女性でも戦いの場に出るのは良くあることなのだろうか。
(いや、よく考えれば強い真言があればそれも十分に可能なのか?)
単純な筋力や力では男に劣っていても真力さえあればそれを覆すことも可能。
だからこちらでは女冒険者や女騎士も多いのかもしれない。
そう思った俺だったがすぐにその予想が間違っていることを教えられた。
「いいえ。そもそも女性で冒険者や騎士などの戦いを生業にする人はあまり多くありません。貴族の令嬢ともなればその比率は更に偏るでしょう。ですがお嬢様その数少ない特例の一つなのですよ」
「特例ですか?」
「ハインツ副団長、そこから先は私が話しますよ。私の方でも彼に聞きたことがありますから」
それは何なのかを聞こうとしたら背後から女性の声が投げかけられる。
振り返ると騎士鎧を脱いで軽装になったエイレイン伯爵令嬢が笑顔で立っていた。
一瞬、変な詮索をしたせいで怒らせたかと思ったが別に気にしている様子はなさそうだ。
「えっと……聞きたいこととはなんでしょうか?」
「それについては移動しながらにしましょう。ここで歓談するのも面白いですけど、それが長くなって調査の時間が減ってしまえば本末転倒ですから」
それはごもっともだったし、下手に逆らって機嫌を損ねても敵わないので従うしかない。
(面倒なことにならないといいけどな)
聞かれそうだと予想できることについては回答を頭の中で用意しておけるが、はたしてどうなることやら。
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