第36話 幕間 大石 健三と優秀な部下

 仕事が終わらない。正確には終わった傍から仕事が増えていく。


(どう考えても人手が足りない。だが下手な人間を雇えば情報漏洩が避けられなくなる)


 人員の補充は上も考えてくれているようなので今は耐えるしかない。こんな現状でも幸いなことは部下に恵まれたことだろうか。


「少なくともこんなアホが部下だったらやってられなかったな」


 榊原 省吾。私の部下である鳴海 司と同じゲートマスターではあるが、その行動や思考は彼とは真逆と言っていい。


 動画やSNSで自分がゲートマスターであることを世間に公開したこともそうだが、それ以外でもこいつは色々とやらかしている。


 自分は特別な存在だと高い給料を要求するくらいならまだ良かったが、その立場を利用して様々な便宜や接待を求めてくる。


 友人や親族を協会内の役職に就けろだとか、好みの職員を自分の秘書にして好きにさせろなどそれこそ王様にでもなったつもりなのだろうか。


(だが貴重なゲートマスターだ。しかも二人目のゲートマスターは働かせられない事情があるから奴に働いてもらわないと困る)


 実質二人しかいないゲートマスターという立場が奴の横暴を許さざるを得ない状況を作り出している。


 それを良いことに奴は好き勝手し放題だ。


 先日に至っては通っていたキャバクラで気にいった子をこっそり無断で異世界に招待しようとしやがった。


 幸いなことにそれは未然に防がれたし、その嬢が他国のスパイとかいうこともなかったが今後はそれを狙ってくる国もあることだろう。


 これだけ隙だらけ、というか隙しかないなら付け入るのは至極用意なのだから。


 それに比べて鳴海 司の勤務態度は非常に有り難い。


 調査には協力的で変な要求もしてこない。


 給与や労働環境については色々と要求もあったが、それはあくまで常識の範囲内だった。


 これだけでも十分だが、それに加えて彼は非常に頭が良い。


(あの若さで良く物事を考えて吟味している。それに平和ボケしていない)


 異世界で死にかけた経験によるものだろうか。

 今回の情報でも自分の立場が危険になるかもしれないことを十分に理解していた。


 転移門一つにゲートマスターは一人で死なない限りはマスター不在とはならない。資格の譲渡も不可能。


 何の取り得もない人間の屑のような奴でもゲートマスターになったことで王様のような態度でいられる。


 それを知った奴がいたらどうなるか。殺してでも奪い取りたいと考える輩が必ず絶対に出てくるだろう。


(そう考えると国外だけでなく国内の方にも警戒が必要かもな)


 国のために働いている議員もいるが、中には自分の権力を強めることだけしか考えていない者もいる。


 そういった輩が暴走しないとも限らない。


(私にできることは限られているが、それでもあれだけ有用な若者をみすみす見殺しにするわけにはいかない。上には最大限守ってもらえるように取り計らないと)


 これ以外でも言葉が通じるという当初は見逃していた点を後から出てきた情報から疑問に思える思考の柔軟性もあるし、彼のような有能な者にはできる限り長く仕事してもらわなければ。


「私の仕事を減らすためにもね」


 そんな冗談を漏らしながら仕事を再開する。すると有能な部下から追加の報告書が上がってきていた。


 それを読んで思わず唸る。


「転移門は規模の小さなものから暴走する傾向にある。仮に今、暴走している門が小規模のものだと仮定した場合、中規模や大規模の門はこれから暴走していく可能性があるのではないか、か」


 そして門の規模によって数や対象範囲が増加、または拡大することも分かっている。


 この仮説が当たっていた場合、中規模や大規模の転移門の暴走では人だけでなく建物や周辺の土地すらも飲み込むことだってあり得ないとは言えない。


 まだそうなると確定してはいないが仮にそうなったら大変な事態だ。


「至急調査する必要があるな。そして可能な限りの対策を練らなければ」


 他にも幾つか書かれているがどれも非常に有用な意見だ。やはり彼は使える。


 そもそもあれだけの情報をこの短期間で齎してくれるだけでも有能だ。


 バカの方はこっちで豪遊することに夢中でまともに仕事もこなさない時もあるし、異世界に行っても報告が曖昧で何かを誤魔化しているか嘘を言っているのではないかと思われることも多々ある。


 そんな奴でも使わなければならないのが辛いところ。早く新たなゲートマスターが現れてくれないだろうかと望まずはいられない。


 そんな私の望みを神が聞いていたのか懐のスマホが鳴る。


「それは本当か!?」


 内容は新たなゲートマスター、日本においては四人目が保護されたという朗報だった。


(その人物が鳴海司のように有能であってくれれば……いやそれは望み過ぎか。でも頼むからあのバカのような奴だけは勘弁してくれ)


 結果として四人目はあのバカとは違ってこちらに協力的な人物だった。


 それは喜ばしいことではあったのだが、それが次なる厄介ごとを引き起こす羽目になるとは。


 バカの考えは想像の斜め上を行く。それを後々、私は思い知ることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る