第35話 上司に報告
協会内でも俺がゲートマスターであることを知っている人はそう多くない。
ゲートマスターの存在はまだ世界に広まっていないし、そうじゃなくても異世界から帰還者であることを下手に公表すると狙われたり面倒が起こったりする可能性が高まると考えられているからだ。
だから俺は表向きでは雇われている職員の一人ということになっている。
「失礼します」
「もう戻ってくるなんて何かあったのかい?」
そう聞いてくるのは協会内で数少ない事情を知っている上司の大石 健三部長だ。
基本的にはこの人が俺の直属の上司で担当となっている。
理事や上層部の一部なども話を聞きたがっていたそうだが、一職員があまり上の立場の人と何度も会っていると怪しまれるから基本的に合わないようにしている。
つまり彼がこうして誰もいない部屋でこっそりと俺からの報告を受けてそれを上に流す形だ。
年齢は三十前後で若いが非常に優秀な人で確か経済産業省から出向してきているのだったか。
他にもそういった人が何人もいて、更に上の方は天下りとかが起こっているなんて話を聞いたこともあるが触らぬ神に祟りなしということで気にしないでいる。
少なくとも直属の上司であるこの人は優秀で、こちらにも配慮してくれるから仕事もし易くて今のところは不満もないし。
「転移門について新たに分かったことがあります。それと本来の目的であった方も確認が取れました」
「今回の調査はこちらの世界で真力が回復するか、だったね」
真力は『火炎』などを使ったら消費して休息を取れば回復する。
異世界ではそれが普通で実際にそれは確認済み。
だがそれはこちらの世界でも同じなのか?
今回はそれを調査するのが目的だった。
だから俺は真力を使い切ってからこちらの世界に帰還して、十分な休息を取った後に再度異世界に向かった。
その結果、真力は回復していた。
このことから分かる通りこちらの世界では真力も真言も効果を発揮はしないが、何故か回復だけはするようだ。
そのことをまず報告すると部長は面白いと言う。
「異世界でしか効果を発揮しない真力だが、こちらでも回復だけはする。つまりどうにかしてこちらの世界でも効果を発揮させる方法が分かれば異世界と同じような運用方法が可能になるということだね。まあ問題はその効果を発揮させる方法については皆目見当がついてない点だけど」
「それは今後の調査次第とするしかないないんじゃないですか? それにその前の調査で真力がほぼ空の状態で行き来しても特に変わりはなかったので転移すると回復するみたいな線は消えてますからね。休息をとって回復したとなると異世界と同じように回復したのがほぼ確定でしょう」
「それが分かっただけでも大きな進歩だよ。一応ゲートマスター以外ではどうなるかも準備が出来次第確認してみようか。そろそろ自衛隊での選別が終わるはずだからね」
(確か防衛省とか警察関係の方は真言や真力がこっちでも使えれば戦力になるって考えてるんだったか)
この協会は各省庁の手先ともなる人がそこら中にいる。
噂話だけでもそういった話は流れてくるものだ。
それ以外でも情報源はある。例えば目の前のこの人とか。
初対面の時からこの人は色々と教えてくれたのだ。勿論全てではないだろうが。
経済産業省では真言や真力などの力が新たな産業やテクノロジーを生み出してくれないか期待しているし、厚生労働省では異世界で使われている回復薬と呼ばれる薬がどんなものなのか調査したい。
各省庁だけでなく民間の企業も異世界から取れるかもしれない未知の素材や物質などに大きな期待を寄せていると。
そしてその期待が大きいからこそ時には乱暴な手段を取る輩が現れるのは避けられないだろうとも。
だから自分がゲートマスターであることは決して他人に話してはいけないし、万が一脅迫や身の危険を感じる事態があった場合はすぐに報告するように言われている。
この先、ゲートマスターが増えていけばそういった危険は減るかもしれないが確実に増えると決まっていない以上は警戒しておいて損はない。
こっちでの俺は真言も真力も使えないただの一般人なのだから。
「それで本来の目的以外では分かったことは何なんだい?」
「色々とありますよ。主に転移門ついてなんですが……」
俺は転移したら門の機能が拡張されたこと。
拡張されたことで回答してくれる質問が増えたことやそれで知りえた内容を伝える。
「おいおい、良い意味でも悪い意味でもとんでもない内容だぞ、これは」
「ですよね」
(だと思ったから急いで報告に戻ったんだよ)
言外に込められたこちらの思いを悟ったのか部長は顔を顰めて考え込む。
「君はこの情報を聞いて何をどう考えた? 異世界の事情に詳しい君ならではの視点を聞いてみたい」
「そうですね、まず思ったのは改めて転移門とそのゲートマスターの確保は急務ってことでしょうか」
「各転移門にゲートマスターは一人だけでその資格の譲渡は不可能という点か」
「ええ。そうなるとゲートマスターの数は転移門の数と同数となる。転移門があとどれだけ存在するのかは分からないですけど、その数が少なかった場合は取り合いになるでしょうから。まずはそうなる前に確保しておくのが最善かと」
ゲートマスターになるのは早い者勝ちの椅子取りゲームのようなものだ。
座席は限られている。確保できたらそれにこしたことはない。
だが問題はそれだけではない。
仮に席の数が想像以上に少なくて確保できなかった側はどうするだろうか。何もせず席が空くのを待っている? そんな訳がない。
空かないのならどかせばいい、そう考える奴はきっと現れる。
言外に込められたその思いはどうやら伝わってくれたようだ。
「警戒を強める必要があるね」
「まあ転移門がどれだけあるかにもよると思いますけど。十分な数があればこの心配は杞憂になるかもしれませんし」
「いや、その考えは止めておいた方がいい。たとえ十分な数があったとしても奪い合いは起こるものだよ」
人生の先輩のその言葉には俺には分からない重みが感じられた。
どうやらまだまだ俺の考えは甘かったようだ。
「とは言え、急に君に警護をつければ周囲に怪しんでくれと言ってるようなものだ。当面は当初の方針通り隠蔽する方向がいいんだろうか……まあそれはこちらで考えておくよ」
「お願いします」
(まあ最悪の場合は異世界に逃げるつもりだけど)
こっちでは無力な俺でも異世界でならそれなりに立ち回れるはずだ。
「それ以外だと自分達が異世界に飛ばされて死ななかった、正確には即死しなかったこととかも転移門のおかげだったのではないかと」
「本来なら即死していたと?」
「断言はできませんけど、普通に考えたら異世界なんて地球と環境が全く異なるであろう場所に生身で放り出されたらそうなるのが当然じゃないですか? でもそうならなかったのは転移門が通過者の保護を行っていたからじゃないか、と思っています」
あえてゲートマスターではなく門の通過者って文言にしているのが気になったのだ。これはつまりゲートマスターに制限されていないのではないかと。
そしてその根拠となる点は他にもある。
「よくよく考えれば異世界で言葉が通じたのもおかしいんですよね。しかも日本語でもない習ったことはおろか見たことも無い文字が何故か読めたんです。あの時はそういうものなのかと思って気にしてなかったですけど、それはよく考えれば明らかにおかしい。けど特定の保護が門を通過した全員にされていて、それが通訳的な役割を果たしていたとすれば?」
初めはそういうものなのかと思って無視していたが言葉が通じるのはどう考えてもおかしいのだ。
だが環境に適応させるのが肉体的な意味だけでなく通訳のようなものを果たしていたとしたら。
「なるほど、実際に異世界人と言葉を交わした君だからこそ気付けた違和感かもしれないな。少なくとも君に言われるまでは報告だけ受けていた私達は現地人と会話できることが普通のことなのかと勝手に思い込んでいたよ。……やはり実際に見ないと分からないことも多そうだな」
最後の言葉に驚いた。それではまるで、
「もしかして異世界に行く気ですか?」
「いやいや自慢じゃないが私は運動神経が悪いし体力もない上に荒事なんて見るのも苦手なんだ。血を見るだけでも気持ち悪くなる。だから私以外の向いている人を派遣することになると思うよ。そう上には進言しておくさ」
あっさりと他に丸投げすることを宣言する上司。この図太さは呆れるべきなのか、それとも頼もしいと思っていいのだろうか。
「人間向き不向きがある。出来ないことを無理しても効率が悪くなるだけさ」
「はあ、そうですか」
まあ変に頑固ではなくこういった気の抜けるところがあるからやり易くもあるのだと思うことにしよう。
そんなことを思いながらその後は次の調査についての打ち合わせをして時間は過ぎて行った。
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