第33話 帰還者と世界

 今日は満月ではない。


 だけどゲートマスターがいるから転移門は問題なく開く。


 残念なことに門を開く場所は指定できないので三人を連れて遺跡までやってくるしか方法はなかった。


 そうなると無事にハリネ村まで辿り着けた子はともかく、ゴブリンに襲われて心的外傷トラウマを負った二人はゴブリン共が生息する森の中を移動するなんてことはどう頑張って無理だ。


 だから荒業で申し訳ないが二人には薬で眠ってもらって俺が担いで移動している。


 はたから見ると俺が人攫いのように見えなくもない状況だが、見た目に気を使っている場合ではないので仕方がない。


 彼女達も異世界にいるよりも元の世界で親元に戻った方がメンタルの回復的な意味でもいいだろうし。


「もう少しだ。頑張って」


 整備なんて欠片も去れていない山道を歩くのは相当つらい。


 俺は真力で強化されているのでなんてことないが、それがない状態で臨んでいる彼女はそれなりに息を切らしていた。


 別にこれはいじめているのではない。

 急いでないから休んでいいと言ったのだが、早く帰りたいから頑張ると本人が言い張って聞かなかったのだ。


 まあその気持ちは痛いほど分かるし、森の中はどんなに安全に配慮しても魔物や獣が現れる危険性を零にはできないので早く抜けるにこしたことはない。


 そんな彼女の頑張りもあって想像以上に早く遺跡まで来ることが出来た。


 昼に村を出ても夕方にはなるだろうと思ったのだがそれよりもずっと早い時間帯だ。


(てか俺一人ならその距離を一時間も掛けずに踏破できるって時点で強化された体は人間の枠を逸脱し過ぎだな)


 幸いなことに遺跡内にゴブリンや獣もいないようだ。

 これならすぐに帰還できる。


 門に意識を向けて開門できるか確認する。


 すると転移門が俺の意思に反応するようにその門のロックを解除しただけではなく、


【転移門付近に複数の生命体を確認しました。通過する対象を選択してください】


 そんな男でも女でもない機械音声のようなものが頭の中に流れる。


「対象を選べるのか」

「え、何か言いましたか?」

「いや、なんでもないよ」


 唯一起きている彼女には聞こえていないようなのでこの音声は俺にだけ届いているらしい。


 ゲートマスターにもまだまだ分からないことが多くありそうだ。


(指定するのは俺とこの三人だ)


【対象の選択を確認。転移の実行可能な対象です。転移先の安全地帯の確認も完了しました。転移を実行してよろしいですか?】


 転移可能な対象ということは不可能な対象もあるのだろうか。

 それに安全地帯とは俺の時とは色々違うようだ。


(安全地帯ってことは転移した先が線路とか危険な場所ではないんだな?)


【肯定。ゲートマスターを伴う転移ではゲートマスターの生命が脅かされる危険がない地点が選択されます。また危険が排除できないと判断された場合、転移はキャンセルされます】


 安全なら今はそれでいい。検証などは一先ず後にしよう。


 本来の予定なら安全のために電車が動いていない時間帯に転移しようとしていたが、これなら大丈夫そうだ。


「これから転移を実行するよ」


 彼女の心の準備が出来ているのを確認して俺は頭の中で実行を選択する。


【命令を受諾。ゲートマスターの生命維持を最優先として転移を実行します】



 無事に元の世界に戻れた俺は彼女達を警官に保護してもらって初の救出任務は無事完了となった。


 まあ時間帯が夕方に近かったこともあって転移した瞬間をそれなりの人に目撃されて騒ぎになりかけたのだがそれは仕方がないことだろう。


 あるいは昏睡した女の子二人を俺が抱えていたのもその原因の一つかもしれないがそれもスルーの方向で。


(それにしても色々と勝手が違ったな。これもゲートマスターになったことが影響してるのか?)


 俺が戻るときは意識を失って線路の上に投げ出されたが、あれもよくよく考えれば危なかった。


 電車が来ている瞬間だったら意識のない内に轢かれて肉塊になっていたことだろう。


 だが今回、俺は意識を失うことはなかった。

 それに転移した先も駅のホームの上だった。


 そしてなによりあの謎の声だ。


 こちらからゲートマスターになった後でも異世界に行く際はあの声は聞こえなかった。


(あっちの世界でしか聞こえないのか?)


 駅のホームに転移した後に再度異世界に戻れるか確認しようとしたら門は開けたがあの声が聞こえることはなかった。


 どっちの状況でも周囲に人はいたし、それが条件ってことでもないはずなのに。


「うーん、わからん」


 ちなみに俺が何をしているかと言うと病院で色々と検査を受けている。


 異世界なんてどんな環境か全く分からない場所から戻ってきたので、妙な病原菌やら持ち込んでいないか徹底的に調べられるのだ。


 これは前回戻ってきた時も行われている。

 恐らく救助された彼女達も同じような検査を受けていることだろう。


(元の世界に戻れてめでたしめでたし……とはいかないのが悲しいな)


 ゴブリンに襲われた二人は勿論のこと、ハリネ村に辿り着いた女性とだって何もかも忘れてこっちの生活に戻れるとは限らない。


 失踪していたことが周囲に伝わっていれば好奇の視線に晒されるかもしれない。


 そうじゃなくても異世界からの帰還者というネタは想像以上に色々な人の興味も引き付けてしまうらしい。


「どいつもこいつも適当なこと言ってるな」


 スマホを見ながら思わず毒を吐く。


 当初、異世界の存在は人々に信じられることはなかった。

 都市伝説や怪談扱いが良いところで面白おかしくネタにされるだけ。


 だがその流れは幾つかの国が実際にその存在を認めたことで一変する。


 しかも一部の帰還者が異世界の映像を取ってくることに成功したのだとか。

 それをSNSで流したこともあって世界中の注目が集まる事態となっている。


 これは本当なのか。嘘に決まっている。

 だがあの国が認めて声明を出したらしいぞ……


 という風に。俺がこっちに戻る二ヶ月くらい前のことらしい。


 そして現在、SNSでは自分は異世界から帰還者だと名乗る人で溢れかえっていた。


 勿論のこと大半は嘘でしかない。


 書かれている内容も的外れだったり漠然としていたり、実際に帰還者である俺からしたら嘘だと丸わかりの内容だ。


 だがその他大半の人からしたらその真偽を判断するのは難しい。


 なにせ見たことも聞いたこともない異世界だ。何が正しいのか根拠となるものが何一つない。


 そんな中で――俺もそうだが――彼女達は希少な異世界のことを見聞きしてきた本物の帰還者だ。


 それがバレればまずマスコミは殺到するだろう。

 こんなおいしいネタの情報を見逃すわけがない。


 しかもそれで済まない可能性も政府の役人から聞いていた。

 それは他国のスパイなどに攫われる可能性だ。


 真力や真言という摩訶不思議な力が存在する異世界。


 その異世界の情報は希少で現状では滅多に手に入らない。少しでも情報を欲している国は山ほどある。未だに帰還者が居ない国ならなおさらだ。


 それに加えてその異世界にある程度は自由に行き来することが出来るゲートマスターという人材。


 どこの国でも喉から手が出るほど欲しいその存在を手に入れるためなら手段を択ばない国も中には存在するだろうと警告されている。


 幸か不幸かゲートマスターの資格は自分の意思で捨てられるものではなさそうだ。


 真言と同じで体の中に刻まれているのが感覚的に分かるし、少なくとも簡単に破棄できそうではない。


 まあ真言食いみたいに例外が存在する可能性も否定できないが、まずあり得ないと思っておいた方がいいだろう。


 例外はめったにないから例外なのだ。


(……今のところ日本の帰還者で明確に顔と名前が割れてるのは一人だけか)


 榊原 省吾、24歳男性。

 三人のゲートマスターの内の一人だ。


 俺よりも前に戻ってきていたその人物は動画配信者で、自分が異世界からの帰還者であることはおろかゲートマスターであることまで動画で話してしまったらしい。


 最初は反応が振るわなかったその動画は時間が経つにつれ大いにバズって再生数を稼げたそうだが、そのせいで色々と問題も起こったそうだ。


(同じゲートマスターとして情報交換はしてみたいところだけど、こんな情報管理の甘い奴に俺のことを教えたくないな)


 幸いなことに俺の存在はおろか日本にゲートマスターが三人確認されていることもネットでは流れていないようだ。


 いつかはバレるかもしれないが、下手を打たなければまだ大丈夫だと思いたい。


「まあできることをやっていくしかないか」


 異世界でもこっちの世界でもやることは山積み。


 それが面倒で、だけど面白いと感じてしまう自分はどうしようもない変わり者なのだろう。


(まあそんな変人じゃなければ異世界なんて面白いけど危険極まりない場所に戻ろうなんて考えやしないか)


 そのことを自覚しながら次の検査に呼ばれたので、明らかに偽りの帰還者が自慢しているスマホの画面を消してその場を後にした。

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