第32話 『火炎』の真言

 俺が現在保有する真言は第零階梯『小鬼感知』『鈍感』『悪食』『交配』『負荷』『火炎』『増強(真言)』の七つ。


 この中で唯一、直接的に戦いに使えそうなのがゴブリンシャーマンから手に入れた『火炎』だ。


 使い方はギルド職員から聞いてはいる。

 ただし聞くだけで使いこなせるほど甘いものではない。


 脳内にある『火炎』の真言を意識して、そこに体内にある真力を流し込む。『雷電』などの他のアクティブ系の真言も同じようにして使うらしい。


(……できない訳ではないけど集中する必要があるな)


 慣れれば息をするようにできるようになるし、一流の冒険者はこれが出来て当たり前なのだとか。


 そう考えるとそれだけに集中してもゆっくりとしか発動できない俺はまだまだ半人前以下と言ったところだろう。


 だがそれでも十分な時間を掛ければ発動までこぎつける。


 特別な呪文も詠唱も必要ない。

 必要なのは体の中にある真力を真言に込めること、たったそれだけ。


 それだけで『火炎』の真言は起動可能な状態になる。


 ただそれをすぐに発動はしない。

 慎重に目標につけて掌を向けて照準を合わせて、


「……飛べ」


 必要ない言葉が口から漏れたと同時に掌の先の野球ボールくらいの火の玉がどこからともなく現れ、俺の意思に呼応するかのように飛んでいく。


 その速度は精々時速80キロほどだろうか。


 ノロマとは言わないが高速とは言えない、見て躱そうと思えば十分に躱せる速度。それが今の俺が出せる全力だ。


 その火の玉が目標として置かれていた鉄鎧にぶつかった瞬間に解けて炎を周囲に拡散させる。


 着弾した個所は焦げているしその炎はゴブリンくらいなら一撃で仕留められそうな威力があった。遠距離から攻撃できる手段としては役に立つだろう。


「うーん、微妙」


 だが今のままでは使い辛いと言わざるを得ない。


 この『火炎』の真言は使用するのに真力が一必要になる。

 つまり現状の俺の最大弾数は十だ。


 だが現実的に考えてこの十発を使い切れることはない。

 何故なら真力は使用すればするほど肉体強化が薄れてしまうからだ。


(たった一でも真力が減ったら身体が重くなる。戦闘中に動きが鈍くなるのは避けられないな)


 戦闘中に動きが鈍くなり力も出なくなるのを歓迎する冒険者はいない。


 だからこういった真力を消費する真言を使うのは切り札や止めの一撃となる傾向が強い。


 あるいはゴブリンシャーマンのような群れのボスを倒しさえすれば突破口が掴めそうな時などだろうか。なんにせよ普段使いするものではない。


「ただでさえ俺は真力が少ないからな」


 一人が持てる真言は一部の例外を除けば十五前後。

 つまり俺はその枠の内の半分くらいを埋めてしまっている。


 普通の冒険者は初めの内は第二か第三を狙うって話だったし、仮に俺と真言の数が同じで全て第三階梯だった場合の真力は二十一。 俺の倍以上もある。


 真言にも色々な種類があり使い方によっては低い階梯でも役に立つとは言え、真力による肉体強化は強さと言う点において非常に大きな要素だ。


 それこそ十歳の子供でも真力が二十あるのなら俺はなす術なく捻られてしまうだろう。


 まあゴブリンの真言を手に入れると決めた時からこうなるかもしれないってことは覚悟の上だったし、今更そのこと自体に文句を言っても仕方がない。


 単純な真力では不利が避けられないのならそれ以外の点で勝負する。


 具体的にはまず真言を組み合わせる。


(『火炎』と『増強』を同時に発動)


 同時に使用する真言の数が増えれば増えるほど難易度は高くなる。

 これは真言を手に入れて間もない初心者の俺には無謀ともいえる難易度だ。


 実際、最初にこれをやろうとした時はうまくコントロールできなくて火の玉を放つ前に炎が拡散してしまった。


 撒き散らした炎の一部が突き出した腕を焼いていたし、真力による強化がなかったら大火傷を負っていたことだろう。


 だが何度かの失敗を経てなんとなく感覚を掴んできている。その感覚を信じてゆっくりと慎重に真言を発動。


 『火炎』と『増強』がそれぞれ必要とする真力は一、合計で二の真力を消費している。


(くっ、体が重くなるのも結構きついな)


 この感覚には覚えがある。異世界から元の世界に帰った時に感じた疲労感を軽くした感じだ。


 あれは疲労していただけでなく肉体強化がなくなったことも関係していたのだろう。


 その疲労感に集中を乱されないように必死に意識を真言へと向ける。


 ただでさえ真力が少なくて訓練できる回数も少ないのだからミスってばかりではいられないのだ。


 その必死な思いのおかげが先ほどよりも遥かに大きなバレーボールほどの大きさの火の玉が突き出した掌の前に浮かび上がる。


「行け」


 その言葉に呼応するかのように火の玉は目標へと飛翔して着弾した次の瞬間に先ほどとは比べ物ならない音を立てて爆発した。


 周囲に拡散する炎も先ほどとは大違いだ。


「よし、成功した!」


 真言の同時使用をして初めて目標に命中した。

 速度も100キロ以上は出ていたし威力も鉄鎧を破壊するくらいになっている。


 ゴブリンシャーマンでもこれなら一撃で倒せると確信できる破壊力は今の俺にとって切り札と言っていいだろう。


「でも放つまで時間が掛かるし集中しなきゃできないってなると正面からじゃ使えないよな。かと言って奇襲に使うにしてもこんな火の玉が現れたら気付くよな、普通」


 結論から言えば現状ではまだまだ使い物にならない。何度も使用して慣れることで全ての工程を高速化できるとのことだし、これは練習あるのみだろう。


(……もしくは教えてもらった『操炎』や『蓄炎』の真言をとるか?)


 ハリネ村に戻る前に資料室で色々な真言などについて調べた。


 不思議なことに見たことない文字でも問題なく読めたそれらの本の中にあったその真言は少し特殊な真言で単体では何の効果も発揮しない。


 だが『操炎』の真言は炎系統の真言を使用する際に自動的にアシストしてくれて炎系統の真言を使いやすくしてくれるのだ。


 この真言があれば練習しなくても簡単に火の玉を放てるし、それ以外の形に炎を変えて操ることも容易になるという。


 そして『蓄炎』は炎系統の真言の威力を自動的に高めてくれるというもの。


 これら二つを取れば『火炎』の真言を取り立てでも実戦で使いこなせるようになるとギルド職員から教えてもらった。


 実際、冒険者の中にはそういった炎や風など特定の属性に特化した人もいるらしい。


 『雷電』を強化する『蓄雷』と『操雷』

 『氷結』を強化する『蓄氷』と『操氷』


 俺にもっと枠があればこういった属性ビルドを考えてみたかったものだ。


 とは言え今の俺はハリネ村で次の転移が起こせる日まで待機中の身。


 それまで日がないので遠出もできないし、そういった真言を取るとしても再度異世界に来た時になる。


「精が出るな。それにもうその鉄鎧を壊せるなんて良い感じじゃないか」

「いやいや、これだけに集中してようやくってところだよ」

「一度でも発動できたのなら感覚を掴めたったことだし十分だろう。あとは練習あるのみだからな」


 こちらの集中を乱さないように黙ってみていたらしいリュディガーがそう評価する。


 ちなみに敬語じゃなくなったのは冒険者としてやっていくならそうした方がいいと教わったからだ。


 荒くれ者が多い中で妙に丁寧な口調とかお行儀がいいとすかした奴と思われて、絡まれたり金を持っているのではないかと狙われたりすることがあるらしい。


 こっちの世界でも人殺しや強盗は犯罪だがバレないようにやる方法が全くない訳ではない。


(まあそれは異世界だろうが地球だろうが変わらないか)


 それにただでさえ自由民であるから領地による庇護はあまり期待できないのだ。変に目立たないようにそうした方がいいのならそうするまで。


 貴族相手とかには敬語を使うくらいの時と場合に合わせるくらいはできるし。


「ここである程度慣れたらゴブリンなんかを相手に実戦で使ってみるといい。そこでもある程度形になったのなら約束していた通り新しい真言を取るのを手伝ってやろう」


 ハリネ村の事件が解決したらと話していたあれだ。


「それなんだけどもう少し待ってもらってもいいかな? 次に何の真言を取るかまだ決めきれなくて」

「構わないさ。ただ真言が十になる前には頼むぞ。そうじゃないと新しい真言がなかなか手に入らないからな」


 『丈夫』などの身体を頑丈にする真言を取れば防御面で安定するし『剛力』をとれば肉弾戦が強くなる。


 他にも色々と有用そうなものがあるが枠が限られているので安易に選ぶのは避けた方が無難だろう。


(まあ焦ることはない。ゴブリン退治をするには十分な力を持っているのは確認できてるんだから)


 そんな風に『火炎』の真言の訓練などを積みながら新しい真言をどれにしようか考えていればあっという間に時は過ぎていき、俺以外の三人が元の世界に帰れる日がやってきた。

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