第28話 小鬼狩りの誕生
途中で感知した何匹かのゴブリンを瞬殺しながらハリネ村に到着したが思っていた以上に早かった。やはり真力で強化された肉体は普通ではない。
それにしてもあれだけ徹底的に狩ったのにもう新たなゴブリンが森の中には現れているようだ。
勿論、異常繁殖しているような数ではないがそれでもその繁殖力の強さに呆れてしまう。
「ツカサさん、無事だったんですね」
村の入口で立っていたハインツ副団長が声を掛けてきた。
俺の帰りをここでずっと待っていたなんてことはあり得ないので、恐らく感知系の真言で誰かが村に近寄ってきていること察知したのだと思う。
それで割と急いで戻ってきた俺を待ち構えていられるとかこの人の感知範囲は一体どれくらいあるのだろうか。
もしくは感知してから一瞬でここまで来られるほどに真力で肉体が強化されているのだろうか。
いずれにせよ無駄な真言を取ってしまった俺なんかが敵う相手ではないと再認識させられる。
まあ別に戦う気も逆らう気も更々ないのだけれど。
「それでどうでしたか?」
「ゴブリンの方は多少増えてますけど問題になるほどではなさそうです。少なくともこのあたりでの異常繁殖は一先ず終わったみたいですね」
一人で遺跡に行く方便として周辺のゴブリンの様子を見てくると挙げていたので平然とそう述べる。
嘘は言っていない。俺という
だからあの門では日本人が無理矢理異世界に転移させられることもないのだ。
もっともあくまであの転移門では、の話だが。
「こちらの調査でもそういう結論に至っていますし一先ずは安心ですね。予定より早く済みましたがツカサさんのご協力のおかげです。それを加味して報酬も多めに用意しておきましたので遠慮せずに受け取ってください」
「ありがとうございます」
これから先、異世界で活動するにあたって金は必要不可欠なのでくれるというのなら遠慮せずに受け取ることにする。
別に悪いことして稼いだ訳じゃないし。
そう思って浮かべていた笑顔が次の言葉に引き攣りそうになる。
「エイレイン様も喜んでおりまして改めてツカサさんにお礼を言いたいのと、少しお話したいことがあるとそうです。お疲れのところ悪いですか付いて来てもらえますか?」
尋ねる形式ではあるが断るという選択肢があり得ないので答えは決まっている。
(嫌だって言いてえ)
「ええ、勿論です」
金だけ貰って逃げられるものなら逃げたいのが正直な気持ちだが、そうもいかないのが立場の弱い者の苦しいところだった。
エイレインは村長の家に逗留しているようで俺はそこに案内された。
「エイレイン様、お連れしました」
促されるまま椅子に座る。
テーブルを挟んだ対面にはエイレインが座っており、ハインツ副団長はその傍に控える形で立っていた。それだけでなんだか居心地悪い。
「まずお礼を言わせてください。あなたの協力のおかげで想定よりも早くこの地の混乱を収めることができました。感謝しています」
「いえ、私の出来ることをしただけです。お礼を言われるようなことでは」
その硬い返事を聞いたエイレインは困ったように笑った。
その柔らかな笑顔はとても前に背後から剣を突き付けてきた人物だとは思えない。
「そう緊張しないでください。公の場ではないですし楽にしてくれていいですよ。でないと話をするのも難しいでしょう?」
「……それは有難いですけど話とは?」
思っていた以上に役に立ったようなので感謝の言葉はまだ分かる。
だが話とは一体なんだろうか。
こちらとしてはこの世界の権力者なんてどう付き合っていいのか不明な相手とはまだ距離を取っていたいのだが。
「幾つかあります。まず一つ目は被害にあった女性達についてです。聞いた話では彼女達はあなたと同郷の者ということですが間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」
これはゴブリン襲撃の時のやり取りなどで村人に知られていることなので隠してもしょうがない。
嘘を吐いても聞き込みされればすぐにバレる。
いや、こうして聞いてきている時点で聞き込みなんてしているのだろう。
「つまりあなたも彼女達もグレインバーグの領民ではないということですね」
「……領民でなければ何か問題があるのでしょうか?」
別に問題はないはずだ。リュディガーにも俺の立場がこの村や国でどういう風なのかは簡単にだが聞いている。
その時に旅人など国に縛られない生き方をする人と同じ立場になると教わっていた。
街に入るときなどの通行税などが必要になるとかくらいのはずだが他に何かあるのだろうか。
「問題ではありませんよ。吟遊詩人や冒険者の中にはあえて国や領地に所属しない人もいますしね。ただそういった人物は基本的には何が起こっても自己責任であるということも事実です。具体的に言うと、今は私が保護して生活を保障している彼女達ですが、これから先も同じようにすることはできません」
税を納める領民はその領地にとってある種の財産でもあるので、ある程度は保護の対象となる。
災害が起こった時に支援を送ることもあるそうだ。
魔物による被害もその一種であり、彼女達が領民であれば保護される可能性もあったそうだ。
だが現実の俺達は領地に税を一切収めていない自由民と呼ばれる立場の人間だ。
自由民は簡単に言ってしまえば、国や領地の制限を受けない代わりに全て自己責任となる文字通り自由の人。
要するにエイレイン側からすればどんな被害を受けようが知ったことがない奴らということ。
これは後々知ったが、する必要が全くないのに保護してくれているだけ情け深い行為だったらしい。
「今後、彼女達がこのハリネ村で過ごすのならそれなりの貢献をしなければならないでしょう。例えば対価となる金銭を払ったり、あるいはあなたのようにゴブリンを狩って村の安全を確保したりといった風に」
仮にそれが出来ずに世話してもらった代金も支払ないとなれば殺されても奴隷として売られても文句は言えない。
それが大抵の国での自由民の扱いとのことだった。
「領主一族としての私は彼女達にこれ以上の肩入れはできません。ですが私個人としてはゴブリンの被害にあった彼女達が奴隷として売られるのは可能なら避けたいと思っています。真言を持っていない女の奴隷なんてどんなに良くても娼館送りになるでしょうから」
凌辱される相手がゴブリンから異世界人に変わるだけ。笑えない話だ。
いや、帰る算段が付いてなかったらそうなっていた可能性が高いのだから本当に笑えない状況だった。
(まあ一週間後には日本に送り返せるからこの問題はクリアしてるんだが)
そのことを知らないエイレインからして見れば危機的状況に思えるだろう。
聞き込みしていれば俺が一文無しだったのは伝わっているだろうし、そんな奴が彼女達を養っていけると思えないだろうし。
この先、ハリネ村周辺のゴブリン被害も減っていくことだろう。
なにせ異常繁殖は終わったのだから。つまり俺のお役目も御免となってしまうことになる。
「お話は分かりました。これから先、領地に頼れない自由民の俺や彼女達は生活するための費用は自分達で稼ぐしかないってことですね?」
「端的に言ってしまえばその通りです。勿論、この領地に世話になれる知り合いなどがいれば話は変わりますが」
そんなのいる訳がない。ここは俺達からしたら異世界なのだから。
「分かりました。私も彼女達を奴隷にしたくはないので当面は今回の件の報酬でどうにかして、この先にどうするかの方法を考えてみます。」
考える必要はないのだが、元の世界に連れて帰ると馬鹿正直に言っていいのかわからないのでこれでお茶を濁しておこうと思った…・・・のだが話はここで終わりではなかった。
「その方法について、もしあなたさえよければ私達から提案があります」
「提案、ですか?」
「ええ、普通の人ではやりたがらない。けれどあなたにとってはとてもやり易い仕事です」
この言葉に思いつくのなんて一つしかない。
この村で俺がやっていたことなんて実質的にはそれだけなのだから。
「現在、この領地だけでも複数の地域でゴブリンによる被害が出ています。原因は不明で冒険者に依頼を幾ら出しても間に合っていないのが現状だそうです」
「まあそうでしょうね。普通の冒険者はゴブリン退治なんてやりたがらないでしょうし」
元々人気のないゴブリン退治なのでさもありなんといったところだ。
「ですがあなたにとってゴブリン退治は特に忌避する要素はない。違いますか?」
「まあ少なくとも真言については問題にならないですね」
なんならゴブリンを狩ることだけに関してはこの世界でもかなりの腕前だろう。
そんなことを専門とする奴なんて皆無に等しいだろうし。
「私達としてはあなたが今回のように的確かつ迅速にゴブリンを処理してくれるのであれば非常に助かると考えています。費用に関しても大勢の冒険者を雇うよりあなた一人の方が少なく済む分、普通の依頼よりも報酬もかなり多めに出せるでしょう。なによりゴブリンが大量に住み着くところには大抵の他の魔物も寄り付かないので、あなたからすればむしろやり易いと思います」
「なるほど、俺には『小鬼感知』がありますからね」
「どうでしょう? もしかしたら小鬼狩りと呼ばれて不本意な思いをしているかもしれませんが、あなたさえよければその力を貸してもらえませんか?」
この話、俺にとってはかなりおいしいかもしれない。
ゴブリン共がどれほどいるのか分からないが、こうしてわざわざ俺なんか素性のしれない奴に依頼するくらいには困っているのだろう。
つまり複数回、稼ぐ機会があるはずだ。
(いや、同じ過ちを繰り返す気か俺は? そもそもの話、ゴブリンが異常繁殖した理由を考えろ)
それは俺の世界の人間がこの世界に来て捕まって苗床にされたから。
その現象がここだけで起きている、なんてことはまずあり得ない。俺以外にも
だとすれば他の異常繁殖が起きている場所でも俺や彼女達と同じように巻き込まれた人がいる。
それも現在進行形で続いているのだ。
そしてそれは転移門が
(魔物と戦う以上はリスクがない訳じゃないけど、こっちで活動を続ける以上はそれを避けてはいられないか。それならリスクが最小限と思えるゴブリン相手は俺としても都合がいいな)
こういった危険から逃げて何もしないつもりなら全てを忘れて元の世界で過ごす選択をしている。
そうでないから俺はここにいるのだ。
だとすれば答えは決まったも同然だろう。
「全てを無条件にというのは無理ですが、それでもよければ協力させてもらいます」
この返答によって異世界で【小鬼狩り】という異名で呼ばれる、時に侮蔑され、時には恐怖されることになる冒険者が生まれることとなった。
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