第29話 冒険者ギルドへ

 ここでいきなりだが国や領地に所属しない自由民にも支払うべき税は存在する。


 例えば通行税。


 しっかりと税を払っている領民であれば領都やそれなりの規模の街に入る際でも通行税は免除か減額される。


 だがそうでない自由民の俺は街を出入りする時に通行税がしっかりと徴収されてしまうのだ。


 それ以外にもある期間以上の滞在などで一定の税が課せられる領地もあるのだとか。


 ただ自由民でも冒険者ギルドや商人ギルドなどに登録している場合はまた話が変わってくる。


 冒険者なら依頼の報酬の一部が、商人なら売り上げの一部が税として徴収されるようになっているからだ。


 そういったギルドが発行している身分証明書がなければ自由民が入れない街などもあることから大半の自由民は何らかのギルドに登録しているとのこと。


 当然ながら俺も何らかのギルドに登録した方がいいとなったのだが、ハインツ団長の勧めもあって冒険者ギルドに登録しようと思っている。


 小鬼退治は冒険者ギルドが担当するような案件であり、何にも所属していない俺がグレインバーグ辺境伯というれっきとした貴族からそういった仕事を請け負うのは冒険者ギルドの面子を潰す行為に等しいらしい。


 荒くれ者が多い冒険者達をまとめている冒険者ギルドに睨まれるなんて面倒で怖いことは御免なので、ここは素直に冒険者として登録しておくに限る。


 その上でギルドを通して改めて小鬼退治の依頼を出してもらえば問題はないそうだ。


 俺としてもこちらの世界で使える身分証明者があるのはこれから先のことを考えれば非常に助かるはず。


 何の元手も伝手もない状態で商人なんてできる気がしないので商人ギルドは無理だろうし、薬師ギルドなんてこの世界の薬やら病気やらを全く分からないのでもっと無理。


 となると残る冒険者ギルドの一択だろう。


 基本的にはこの三大ギルドが大抵の国や領地でも認められているとのことだし、中には複数のギルドに所属する人もいるように後で別のギルドに入るのも可能とのことなので。


 そういった事情もあって俺はハインツ副団長に連れられてハリネ村から最も近くの冒険者ギルド支部が存在している街、カサンディアにやってきていた。


 ちなみに移動方法はハインツ副団長が乗っておる馬の後ろに乗せてもらった形だ。


 真力による身体能力強化がバランス感覚にも影響しているらしく、初めての乗馬でもそこまで苦労しなかったのは幸いだった。


 もっとも思った以上の振動や衝撃が襲ってきて、その点はかなりきつかったが。


「カサンディアは近くに良い魔境や迷宮ダンジョンがあるので初心者からベテランまで多くの冒険者が滞在する街です。あなたも慣れるまではここで経験を積むことをお勧めしますよ」


 カサンディアは街と言われるだけあって、どこぞの田舎の集落のようなハリネ村とは様相が全く違っていた。


 街の周囲は城壁で覆われており、外からの襲撃に対しての備えがしっかりされているようだ。


 街の入り口には門番らしき兵士がいて検問を行っているようだし、街中も石畳のような形で道が舗装されている。


(最低限の柵と土の道だったハリネ村とは大違いだな)


 建物も木材ではなく石材などが使われているなど違いを上げればキリがない。

 それくらいにこのカサンディアは発展している街のようだ。


 勿論、現代日本の都市とは比べるべくもないが。


 そんな風に街の観察しながら進むことしばらく、目的地に辿り着いた。


「ここがこの街の冒険者ギルド、カサンディア支部です。これから何度も利用することになると思うので場所を忘れないようにしてください。まあこの大きさなので見落とすことはまずないでしょうが」


 確かに周囲と比較して明らかに一回り以上も大きな建物だったし見落とすことはないだろう。


(ここが冒険者ギルドか)


 中に入ってみると受付と思われるカウンターに何人が待機している。


 冒険者らしき人物が何かの手続きを行っているような様子から察するにあそこで依頼を受けるのだろうか。


 色々と聞きたいことはあったが、まずは登録してその際に説明があるとのことなのでカウンターに向かって歩くハインツ副団長に黙ってついていく。


 その際に周りの冒険者がこちらを見てきているのが、その視線の大半はハインツ副団長に向かっているようだ。


 どうやら想像以上にハインツ副団長は有名人だったらしい。


 その有名人はそんな視線を気にする素振りも見せずに受付と会話して、そのまま奥へと案内された。


 周囲の注目から逃れられるのは助かるので内心でホッとしながら付いて行くと応接室に通される。


 勧められるままソファのような椅子に座っていると、ハインツ副団長が後から応接室にやってきた人物と話し始めた。


 その間、何もやることがない俺は大人しくしているしかない。


 それとなく聞き耳と立てていると今回のハリネ村で起きた一連の流れの説明をしているようだ。


(本当に大丈夫なんだよな?)


 そうは思うものの、依頼を受けていない俺が色々と勝手に小鬼退治をやっていたことなどの問題になりかねない様々な事の対処は任せてほしいという言葉を信じて待つしかなかった。


「……大体の事情は把握した。色々と言いたいことはあるが、今回はお前の顔に免じておこう。実際に小鬼退治をしてもらって助かったのも事実だからな」


 ハインツと話していた体格のいい四十代くらいの男がそう言いながらこちらに視線を向けてくる。


「さて、改めて自己紹介をしておこうか。俺はこのカサンディア支部の副ギルドマスターのマスタングだ。それで君が冒険者登録を希望しているというナルミツカサで間違いないな?」

「はい、そうです」

「ギルドとして新たな冒険者は歓迎している。これからよろしく頼むよ」


 差し出された手を握るとその掌の硬さに驚かされる。

 体格からも察していたがこの人は元冒険者か何かなのだろう。


(戦う気はないけど、仮に戦うとなっても勝てる気がしないな)


 発する圧とでも言うべきそれだけで力量差を理解させられる。


 幾らかの真力を得て日本では超人とも言える力を手に入れたが、こちらの世界ではたいしたことがないと改めて心に刻もう。


 そして彼やハインツのような強者の存在がいることも。


「さて、君も待っていたようだし早速本題に入ろうか」


 マスタングは待機していた女性秘書らしき人物に指示を出した後に俺の向かい側に座ってくる。

 ちなみにハインツは俺の横にいる。


「冒険者登録すること自体は何も問題ない。登録料の小銀貨一枚もそいつが代わりに出すそうだしな。ただ改めて確認しておくが本当に小鬼ゴブリン退治を生業にするつもりなんだな?」

「先のことをどうするのかは決めてないですけど、当面はそれで稼ぐつもりです」

「念のために聞いておくがそれは強制された訳ではないな? ハリネ村で経験したから分かっていると思うが、ここでも小鬼狩りと侮辱される可能性はなくはないぞ」


 ギルドが率先して誰がどの依頼を受けたのかを吹聴することはない。


 だけど依頼を受けて活動する以上はどう頑張っても人の目を避けられない場面が出てくるだろうし、実際にゴブリンが少なくなったら誰がやったのか気になって調べる奴が出るかもしれない。


 そうなってバレた時に周りから嘲笑される可能性は高いそうだ。


「良くも悪くも冒険者は実力主義だ。そしてその実力は持っている真言で左右されることは否めない。既にゴブリンの真言で枠を埋めている君は余程の才能でもない限り、その差を埋めることは難しいだろう」

「それは分かっている上での決断ですので大丈夫です」


 ハインツからもそのことについての説明は受けている。その上で決めたのだ。


「君が覚悟の上ならこちらとしては止める理由はない。ギルドとしてもここ最近のゴブリンの異常繁殖には困らされているからな。正直に言うと君が狩りをしてくれるのは非常に助かるくらいだ」


 それはそうだろう。


 言ってしまえば誰も手を出そうとしない邪魔者を掃除する訳だし。


「仮にこの先、君がハリネ村で行ったような小鬼退治をやるならば報酬に色を付けるしギルドとしても出来る範囲で協力することを約束しよう。まあ細かい内容に関してはグレインバーグ辺境伯とも相談してからになるがな」


 どちらがどのくらいの額を出すのか知らないが、俺からしたら報酬が増額するならばどっちが支払うのかなんてどうでもいい。


 貰える額が増えることが重要なのだ。


 その金を使って装備を揃えたり、こちらでの活動拠点を整えたりと必要なものはそれこそ幾らでも思いつく。


 この状況を利用して稼げるだけ稼がしてもらおう。


「よし、私の話はこれで終わりだ。後は普通の登録だけだから担当の者に任せて失礼させてもらうよ。ハインツ、お前はこの件で打合せしたいことがあるからついてこい」


 そう言ってマスタングはハインツを連れて部屋を出て行った。


 そのすぐ後に先ほど指示を出していた秘書が登録に必要な物を持って戻ってくる。


「では説明させてもらいますね。まず冒険者にはランクが存在しており……」


 ハインツから聞いている内容ではあるが、それが間違っていないか確認する上でもこの話は聞き流していいものではない。


 俺はしっかりと説明に耳を傾けた。

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