第2章 小鬼狩り誕生
第26話 プロローグ 酒の席での噂話
「よお、ゴラム」
「ああん? ……なんだ、お前かよ」
いつもの酒場で酒を飲んでいたら顔見知りの冒険者が声を掛けてきた。
「その様子だと受けた依頼はうまくいかなかったようだな」
「うるせえ。そういうお前の魔境への遠征も失敗だったんだろ? 噂になってるぜ」
肩を竦めたそいつが遠慮なく対面に座ってきて酒を頼んでいる。
正直今は一人で飲みたい気分だったのだが、まあいいだろう。
上手くいけば情報収集にもなる。
奴は来た酒を豪快に呷った後に不満を垂れる。
「言っとくが俺達は依頼を失敗した訳じゃない。指定された薬草はちゃんと採取してきたんだからな」
「その割には不機嫌だな」
「依頼は失敗してないが儲けはほとんど出なかったからな」
確かこいつらが行くと言っていた魔境は蛙沼だったはず。
あそこは面倒な魔境ではあるが生息している蛙は強くはない。
それに蛙沼の薬草採取をこいつらは何度もやっていたはずだ。
余程のアクシデントでもなければ失敗しないはずなのだが。
「くそ! 今思い出しても腹が立つ。あの
聞けば蛙沼にあまり生息していないはずの小鬼共が大量発生していて、そいつらを倒し過ぎないように慎重に行動していたらいつもより時間が掛かってしまったらしい。
そのせいで食料やら道具やらの損耗など想定していた以上の費用が嵩んでしまったようだ。
「まあ俺達は赤字になってないだけまだマシだけどよ。他の魔境でも似たようなことが起きていて損害を被ったやつも少なくないみたいだぜ」
「残念ながらその損害を被った内の一組は俺達だよ。しかも聞いて驚け。なんとこっちは真言食いが現れたってんだからな」
「はあ!? マジで言ってんのかそれ」
「マジだよ。実際に二十歳を超えてるのに真言を一切持ってない奴と遭遇してるからな」
真言食いという魔物は真言を持つ者からほとんどの場合で忌み嫌われる。
あまり人の前に現れる魔物ではないが、それでも被害が出ない訳ではない。実際、俺の知り合いの冒険者でも被害にあった奴はいた。
俺が冒険者になるために故郷の村を飛び出してすぐの頃のことだ。
奴と出会ったのは。
そいつは『頑健』という強力な真言を運が良いことに冒険者に成りたての頃に手に入れた。
『頑健』は『丈夫』や『頑強』と同系統の防御系の第四階梯の真言であり、その効果も体を常時強化して生半可な敵の攻撃を弾くという使い易い上に強力なものだ。
更に常時発動型なのに真力を消費しないので冒険者や兵士などはほぼ必須の真言と言ってもいい。
勿論俺も持っている。と言っても俺のは『頑丈』という第二階梯の真言でその効果には大きな差があるのだが。
第四階梯の真言ともなれば得られる真力も
(あいつも弱いランク帯の魔物の攻撃が効かなくなってあっという間にシルバーランクまで駆け上がっていったもんな)
同じ時期に冒険者になったのにアイアンで燻っていた俺は嫉妬したものだ。
だがその強さは真言に寄るところ大きかったことをその当時の俺も、そしてなにより奴自身が理解しているようで理解していなかった。
ある時、あいつは調子に乗って自分のランクとあっていない魔境に挑戦した際に運悪く真言食いに遭遇し、その結果『頑健』という真言を失った。
それでもその魔境からはどうにか生きて帰れたのだからやはり奴は運が良かったのだろう。
だがそこで奴は気付かなければならなかったのだ。
己の冒険者人生の生命線を失ったことに。
結論から言うと奴は安全を考慮して受けたはずの次の依頼で向かった魔境であっけなく死んだ。
それも前までは簡単に倒せていた魔物相手に殺されてしまったのだ。
遺体を持ち帰った奴の仲間の聞いた話では真言に頼り切りでまともに防御をしてこなかったツケを払った形らしい。
自分では慎重に攻撃を防いだつもりでも『頑健』頼りだった感覚はそう簡単に変えられなかったのだ。
(しかもあいつは真言を失うだけだったが、ツカサとかいう坊主は記憶まで失っているようだった。やはり真言食いは危険過ぎる。俺達のような有象無象の冒険者ごときが近寄るべきじゃない)
冒険者ギルドにも報告はしてあるから近いうちに警告は出されるだろう。
その警告を無視するかどうかはそれぞれの判断に任せられるが、俺達のチームはしばらく活動を控える方向で考えている。
「知らん仲じゃないから忠告しておくがお前達も無茶は止めとけよ。小鬼はともかく真言食いは洒落にならんぞ」
真言食いの生態は解明されていないが、少なくとも同じ場所に留まったという話は聞いたことがない。
だからそこまで長い間、グレインバーグ領に居座るなんてことはないはずだ。
「ったく仕方ねえ。真言食いがいなくなるまでは休暇でも取ることにするか」
「それか魔境は止めてダンジョンにしとくかだな。まあ、せっかくの休暇を取るなら浴びるように飲んでったらどうだ?」
「残念ながらそれは休暇じゃなくてもやってるよ」
情報交換をしながら安酒の入った杯を開ける。
この時の俺達の予想は残念ながら外れることとなる。
まさかこれからしばらくの間、ツカサと同じように真言食いの被害にあったと思われる奴がグレインバーグ領だけでなく国中で定期的に現れるなんてことになるとは誰が想像できるというのか。
俺達は起こり始めている異変にまだ気付けずにいた。
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