第21話 幕間 エイレインの思惑
私がここに来たのはゴブリン退治の他にもう一つある目的があったから。
だがそれについては無駄足に終わりそうだった。
(まあ十中八九、徒労に終わるとは思っていたけどね)
それについては失敗に終わったのなら仕方がないので切り替えるとしよう。
「それにしても思っていた以上に早く片付きそうね」
ゴブリンの掃討は通常ならそう簡単にはいかない。
ただ倒すだけなら私一人でどうとでもなるのだがそれで済まないからだ。
そもそもまずは群れを見つけ出すところから始まり、見つけたとしても異常繁殖しているゴブリン達を一気に倒すと不要な真言を得ることになってしまう。
騎士団に選ばれる精鋭にとってみればそんな自分の可能性を狭める真言は一つたりとも取りたい訳がないし、騎士団を運営する側から見ても取らせたい訳がない。
だから本来ならある程度の数を狩ったら休息が必要となり、中々掃討するまで時間がかかる。
だが今回は普通ではなかった。
「ふむ、彼のおかげで思った以上に早く掃討が完了しそうね」
「そうですね。ゴブリンに限定されているおかげもあって感知範囲が非常に広い上に正確ですし、なにより状況をお膳立てすれば彼が全て仕留めてくれるのが有難い」
今回のゴブリン異常繁殖について救援と調査を行うために派遣されたのは私を含めて十名のみ。
実力に関しては全員が優秀であるのだが、今回の件に関してはその優秀さではどうにもならない点だった問題を解決してくれたのは非常に助かった。
ただしそれで良かった、では終わらせられないのが貴族だ。
「それで彼、ナルミツカサについての情報は集まりましたか?」
「それについては芳しくないですね」
ハインツ副団長が珍しく苦い顔をしている。
ここまで手掛かりがなかったのは初めてだったらしい。彼がハリネ村に現れたのは約三ヶ月前。その前の足取りについては皆目見当もつかないそうだ。
「ハリネ村に現れた時点で真言がなかったことは間違いないのね?」
「はい、それについては複数名から確認がとれています。また真言や真力についての知識が全くなかったようで、そのこともあって真言食いが周辺にいると判断したようです」
真言食いについてはまだ分からないことが多い。
遭遇した人物によっては一部の真言しか奪われないこともあれば、全ても真言を失ってしまうこともある。
またそれがショックなのか中には精神に異常をきたす人物もいると聞く。
(だとすると彼の記憶の一部が失われているのはそういったことが原因なのかしら?)
確証はないが、あの年齢で真言が一つも持っていなかったとは考えられない。
「他国や他領の間諜の可能性は?」
「皆無とは言い切れませんが恐らくないでしょう」
「今回の件で私達に恩を売る形で入り込む……のは無理な話ね」
「ええ、そもそも今回の私たちが調査に出向いたことも例外的な出来事です。お嬢様が言い出さなければこの件は捨て置かれていたでしょう」
その言葉の内にこちらを責める意味合いが込められているのが分かる。
そのことについては領主である父からも散々言われているからこれ以上は聞きたくなかった。
そのことを察知したのか副団長は大きな溜息を一度だけ吐くと話を変えてくれた。
「入り込むとしても今の彼はゴブリン関連の真言を手に入れ過ぎています。これではどう頑張っても優秀な働きをして辺境伯家に入り込むことはできません」
「でも今回のように特定の事象では役に立つってことでは無理かしら?」
「ゴブリンの異常繁殖は人為的な原因がない限り同じ場所で起こることは数十年ほどありません。今回の件が片付けば彼がこの領地で実力を示せる機会はどんなに早くても十年以上先になる。売り込むにしてももっと他の方法があるでしょう」
「……彼がその異常繁殖を引き起こしている可能性は? 最近他領や他国でも同じようなことが起こっていると聞いているけど」
「それはそうですが、半年以上も前からゴブリンの異常繁殖などの妙な問題が各国で起こっているようです。彼が最初から暗躍していたのにどこの国からもその痕跡を辿られなかったとは考え難いでしょう」
「仮にそんな凄腕なら何故ここで見つかったのか。しかも真言がない状態でってことね」
「真言食いは確かに恐ろしい魔物ではありますが対応方法が皆無という訳ではない。その程度のこともできない人物が暗躍するなど不可能でしょう」
どうやら私が妙に警戒し過ぎていたようだ。ただ彼の態度には何か引っ掛かるものを感じたのだ。
「聞きたいのですがお嬢様は彼のどこが気になっているのですか? 未だに納得しきれていないようですが」
「そうね、少なくとも彼に私達に対する敵意や悪意がないのはまず間違いない。私が確認したから余程の隠蔽能力がなければ誤魔化せないもの。……でもだからこそ彼と初めて会った時の態度が変だったのよ」
「変とは?」
言葉で言い表すのは難しいが少なくとも普通の平民とは違った。
「地方の農村にいるような平民にしては言葉遣いもこちらを敬っているように見せようとする態度が様になり過ぎていた。ぎこちなさがなかったし、ああいった態度を取ることが慣れているようにも思えたわ。だけど実際に取った態度は跪いて頭を下げるというものだけだった」
「なるほど、それは妙ですね」
跪くまではいい。
頭を上げるのもまだ分かる。だがそれならばなぜ両手を見せなかったのか。
この国だけでなくこの周辺一帯ではどこの国でも敵意がないことを示すのに掌を見せるというものがある。
これは真言で放たれるものの多くが手の動きに連動させやすく、何も持っていない上に動かす気がないことを示すのが常識なのだ。
勿論そうしないこともない訳ではない。
対等な立場であること、そしてへりくだるつもりがないことを示す際などは逆にそういった行為をしないこともあるからだ。
その点からすると彼のこちらを敬う姿勢をとっていながら敵意がないことを示そうとはしない態度は明らかにおかしかったのだ。
最初は敬う態度は形だけで敵意があることを隠そうとしていないのかとも思ったが、その後の態度や言動から察するにそうではない。
そう、まるで掌を見せることが何を指し示すのかを知らなかったかのようだった。だがそれだと敬う態度が妙にこなれていたのと矛盾する。
「それに私達が亜種を殲滅する姿を見て驚く様子を見せていたし貴族ほど腹芸が得意ってわけではなさそうよね」
「そうですね。すぐに動揺は隠していましたが、あの程度で動揺を悟られるところから見るに貴族に連なるものではないでしょう。どちらかと言えばそれなりの教育を受けた商人のような印象を覚えましたね」
「妙な違和感を覚えるのは一部の記憶がなくなったせいって考えればあり得なくはないのかしら?」
「まだ納得いかないのなら本人を尋問しますか? ゴブリンの巣穴から保護された人物も彼と同郷の者のようですので今のところはそこから情報収集を行おうと考えていますが」
副団長としては素性分からない人物を私の傍に置いておきたくないのだろう。
その職務の責任感は有難いが流石にそれには頷けない。
いや聡い彼のことだ。
そんな短絡的な意見を本気で言っているとは思えない。
あるいは他の騎士が不満に思っていることをさりげなく私に伝えてくれているのだろう。
「彼らがどうやって、そしてどこからやってきたのかなどは把握しておきたいので情報収集についてはこれからも出来る限り行うように。けれど尋問などの手荒な方法は禁止します。特にゴブリンから保護された女性は精神的に不安定でしょうし、まずは被害にあった領民や彼女達の安定に努めてください」
「まずは信頼関係の構築からですね。その命令、確かに承りました」
欲を言えば親切にすることによって彼らがこちら信頼して自発的に情報を流してくれることも期待しているし、そんなことは言わなくてもこの副団長は理解してくれている。
これで他の騎士達も彼らの扱い方については十分注意するだろう。
(どうしても一部の騎士は真言や真力だけで物事を図る傾向にあるのが厄介ね。戦力としては有難いけれど副団長のように柔軟に対応できる人がもう少し増えてくれないかしら)
その後、周辺の調査などの段取りを行いながら時間は過ぎて行った。
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