第20話 増援

 容赦なく振り下ろされた棍棒は亜種の頭へと命中した。

 鈍い音と手に伝わる衝撃がこの攻撃の成功を知らせる。


 だが安心できたのは一瞬だけ。


「ギ、アアア!」


 なんと亜種はこちらの全力の一撃を隙だらけの状態で頭部にモロに受けたのに生きていた。


 それどころか腕を振るって棍棒を弾き飛ばす。


(なんて腕力だよ。真正面からやったら絶対負ける!)


 握っていた棍棒が亜種の腕の一振りで弾じかれて飛んでいく。


 それを拾いに行く暇なんてない以上は残る武器でどうにかするしかない。


 あるのは腰に差してあった短剣。これで止めを刺すならこれしかない。


「うおおおおお!」


 俺は短剣を抜くと亜種のその首に向かって全力で刺突を放つ。


 いくら頑丈だとしても真力が八の俺が全力で頭を殴りつけたのだ。脳震盪か何かが起きているはずだと信じて。


 その願いが通じたのか亜種はこちらの攻撃を防げずに短剣はその首に突き刺さった。


 そこで亜種の動きが止まって口から血を吐き出す。


 本当はここで追撃を放ちたかったが周りのゴブリン達がそろそろこちらに向かってきそうだ。


(くそ、これ以上は無理だな)


 亜種の体を蹴りつけて無理矢理短剣を引き抜くとその場から脱兎のごとく逃げ出す。


 亜種の体が地面に倒れていくのが感知できているが、仕留められたかなんて確認している暇はない。


(これで無理ならマジで逃げるしかないな)


 こうして命懸けの奇襲を仕掛けていたが、俺はまだ逃げるという手段を放棄していない。


 ここに来るまでに保存の効く食料も一緒に持ってきていて隠してあるのだ。


 この奇襲で状況が好転したらハリネ村に戻って事情を説明する。


 奇襲が失敗するか、成功しても状況が好転しなかったら確保した食料を持って逃げる。


 それが俺の選択だった。


(それでハリネ村の方はどうなった?)


 感知してみた限りではまだ大半のゴブリン達は村に攻め入っているようで動きに変化はない。


 このままなら俺は逃げるしかないと思ったところで、


「お、無事に仕留められたてみたいだな」


 自分の中に新たな真言が刻まれたのが感覚的に分かる。

 得たのは『火炎』、確か第二階梯の真言だ。


 真言は獲得したからといってその使い方は漠然としか理解できない。


 だからこの『火炎』の真言は今すぐには使い物にならないと思っておいた方が賢明だろう。


 つまり残念なことにこの戦いにおいて手札が増えた訳ではないということだ。


 勿論増加した真力の分だけ身体能力は強化されているが、それだけでどうにかなる数ではない。


(とりあえずこのまま食料を隠してあるところまで逃げて様子を見るか)


 亜種が死んだことでゴブリン達の統率が取れなくなるのか、取れなくなったとしてもそれが暴走に繋がらない保証もない。


 それを見極めるまでは迂闊な動きはしない方がいいだろう。


 幸いなことに感知能力があるので敵がどう追ってきているのかは簡単に分かる。


 村からそれほど離れていないこともあって地の利はこちらにあるし、追いかけてきていたゴブリンを撒くのはそう難しいことではなかった。


 そうして食料を隠したところまで来て一息吐いていると動きがあった。残念なことに悪い方向で。


「嘘だろ、おい」


 それは新たな敵の感知反応。

 その数は五十体ほどで、しかもその反応はただのゴブリンだけではない。


(亜種が二体も追加とか絶対無理だ。これは逃げるしかないな)


 どうやら先ほどまでの群れはあくまで一部でしかなかったらしい。奇襲でもどうにか1体倒すのがやっとだったのにこの後におかわりなんて無茶が過ぎる。


 単純な数の差だけでも辛いのに、それ以上の困難など対応しようがない。無理なものは無理だ。


(さて、そうと決まればさっさと逃げますかね)


 のんびり留まって亜種に狙われるなんて御免被る。

 ハリネ村には悪いが犠牲になってもらってその間に逃げるとしよう。


 そう思って腰を上げようとした瞬間だった。

 ハリネ村に襲撃を仕掛けていたゴブリン達の反応が一瞬にして消えた。


「え?」


 村人達に仕留められた数も相当数いたようで先遣隊の残りは三十体ほどだった反応が一瞬で消えたのだ。


 もしかして自分の感知能力がおかしくなったのかと思ったが、そうではないことが次の瞬間に判明した。


「動くな」

「!?」

「両手を上げてこちらの質問に答えなさい」


 背後から掛けられた聞いたことのない女の声と首筋に充てられた刃物と思われる冷たい感触。


 いつの間に背後を取られたのか分からなかったが、この状況で抵抗なんて無謀なこと選べない。


 指示に従って両手を上げる。


「あなたは何者ですか? そしてこんなところで何をやっていたのですか?」

「……俺はハリネ村で世話になっている身の上で名前は鳴海司といいます。何をやっていたのかですけど、最近ハリネ村の周辺にゴブリン達が頻繁に現れてたのは知っていますか? 現に今ああして襲撃されてる訳ですけど」

「それは知っていますよ。襲撃されていたのには驚きましたけど私達はゴブリンが異常繁殖している知らせを受けてここにきたのですから。ですが既に村の危険は取り除いていますのでその点に関しては安心していいですよ」


 その言葉で少しは安心できた。

 恐らくこの人物はリュディガーからの救援要請を受けて助けに来たようだったから。


「俺は村で世話になることの代わりにゴブリン達を間引いていました。村の人に聞いてもらえばわかると思います」

「そうですか、あなたが小鬼狩りと評されていた人ですね。何も言わずに姿を晦ましたせいで村の住人からは逃げたと思われていたようですよ?」


「いやいや、それならこんなところにいないでもっと遠くに行ってますって」


 逃げ出そうかと考えていたことなどおくびにも出さず言ってのける。


「それではここで何を?」

「真言で群れの中に亜種が居るのが分かってそれが群れの頭のようだったから、奇襲でそいつを仕留めに行って戻ってきたところです」


 本当は追加で亜種が現れたので村を見捨てて逃げようとしていたのだがそれも言わないでおく。


 正直に話したって薄情者の烙印を押されるのが目に見えているし、ここは村の安全のために動いていた体にするのが無難だと思う。


 少なくとも彼女、もしくは彼女が連れてきた奴らはゴブリンを瞬殺できる実力があるようだ。


 その上でリュディガーですら望み薄だと思われていた増援に来てくれるという点から考えると義理人情に厚い人物とかもあり得るので、そんな相手の印象を悪くする言葉は黙っているに限る。


「ああ『小鬼ゴブリン感知』で亜種の存在を感じ取ったのですね。種類が限定されている分、そういった感知の真言は感知性能が高いと言われていますから」

「疑うようなら倒した亜種のところまで案内しますよ。ただ新たに五十体ほど、しかも亜種が二体ほど増援にきているようなので、それを倒してもらえるならですけど」

「では最後に聞きます。あなたはこのゴブリンの異常繁殖など、グレインバーグの領地に危害を齎す行動を取ってはいませんね?」

「勿論です。絶対にそんなことはしてないし考えてもいません」

「ふむ……いいでしょう」


 そこでようやく首に当てられていた刃物がどかされた。


 とりあえず今すぐ殺されるとかはなさそうでホッと息を吐く。


「話は変わるのですがゴブリン掃討に当たってあなたの感知能力は非常に有効です。身の安全は私と騎士団が保証するので協力をお願いできませんか?」

「まあ安全が保障されるなら協力するのはいいですけど……騎士団?」

「はい。ああ、まだ名乗っていませんでしたね」


 そこでようやく俺は振り返って背後の人物との対面を果たした。


 鮮やかな翡翠色の瞳と燃えるような赤髪が印象的な思っていた以上に若い女性がそこには居た。


 ただし華憐ではあってもその立ち振る舞いからはか弱さなどはどこにも感じられない。


「私はエイレイン・フォン・グレインバーグ。名前から分かるでしょうが、この一帯を治めるグレインバーグ辺境伯家の者です」


(……それはつまりこの土地を治める領主的な偉い人の関係者ってことだよな?)


 偉い人であるのは何となく察する事ができるのだが、その相手に向かってどう対応すれば適当なのかがさっぱり分からない。


 流石にそんな偉い人と会ったらどうすればいいなんてところまでリュディガーに聞いてやしない。


「ああ、公式の場ではないですからそんな固くならなくていいですよ」

「……恐れ入ります」


 固まってしまったこちらを見て微笑むその姿は権力を振りかざす人物とかではなさそうなのが救いか。


 とりあえず跪いて頭を垂れるようにして礼を尽くしておく。これが正解なんて皆目見当もつかないが何もやらないよりマシだろう。


 そんなこちらのことを不思議そうに見ている視線に気付かないまま俺は無事、ハリネ村に戻るのだった。

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