第19話 覚悟を持って

 時間がない中で村長をはじめとした村の代表が話し合って出した結論はこの村での防衛戦だった。


 やはり準備もまともできないで夜中に子供や老人を連れて逃げるのは現実出来てはないと判断したのだ。


 それと希望的観測として耐えてさえいればリュディガーが援軍を連れてきてくれるかもしれないという考えもあるのかもしれない。


 戦えない女子供には万が一の時のために逃げる準備だけさせて、戦える者は俺を含めて防衛の準備をしていた。


 作戦はなくもないがたいしたものではない。


 ゴブリンはこのまま北の方から来そうなので弓矢が届く距離まで引き付けて一斉斉射で数を減らす。


 それを掻い潜って接近を許したゴブリンはなけなしの農具などで武装した村人たちが相手するくらいものだ。


 兵士でもない村人が指揮官もいないのに複雑な作戦を行える訳もない。


 そんな杜撰な作戦でこの防衛戦が上手くいく可能性はよくて半々といったところだろうか。


 周りの表情を伺う限りは情勢が決して良くないことは誰の目にも明らかだ。


(さて、俺はどうするかな)


 このまま防衛戦に参加する、それだけが選択肢ではない。


 場合によっては逃げることも考えていた。


 保護された日本人の女の子を見捨てることについてだけは心苦しいが、それでも自分の命を失うことに比べられるものではない。


「……よし、決めた」


 何が正解なんて分からない。


 だったら勝算が高いと思える行動を自分で決めて実行する以外にないだろう。

 他人にどう思われようと覚悟を持って。


「ねえ君、急で悪いけど手持ちの荷物はなにがある?」

「え、えっと、部活帰りだったから体育着とかくらいしか……」


 俺は所在なさげにしている日本人の彼女に声をかける。

 そして幸運にも使えそうな物があったので三つほど借り受けた。


 そうして防衛戦の準備で慌ただしくて誰もこちらに注意していないのを確認した上で、俺は誰にも何も言わずにこっそりと村を出て行った。





 真っ暗な森を慎重に進んでいく。音をたてないように細心の注意を払いながら。


(落ち着け。焦ったところで逆効果なだけだ)


 感知の反応や聞こえてくる音から察するにゴブリン達はハリネ村に攻め入っているようだ。


 幾つかの反応が弓矢でやられたのか消えていくがその数は多くはない。


 この感じではいずれは少なくないゴブリンが村に辿り着き、多勢に無勢で押し切られてしまうことだろう。それに俺が付き合う気は更々ない。


(よし、ここまでは上手く来られたな)


 月明りしかない人気のない森の中で一先ず安堵の息を吐く。


 誰にも気付かれないようにして俺は逃げた……のではない。


(力の足りない俺の戦い方は奇襲バックアタックが基本だからな)


 小鬼感知を最大限に利用して俺は森を大回りするような形でゴブリンの集団の側面を取れる位置に来ていた。


 目標はただ一つ。この集団の指揮官と思われるひと際大きな反応を持つ亜種と思われる個体だ。


 そいつを奇襲で殺す。


 頭を失った集団が逃げてくれれば最高だが、そうでなくても動揺があるはずだ。

 普通に戦って勝ち目が薄い以上、今の俺はそれに期待するしかない。


(準備は整った。後はやるだけだな)


 幸いにもゴブリンの大半がハリネ村に攻撃を仕掛けているから亜種の周りにゴブリンはあまりいない。


 勿論これは偶然ではなく、このタイミングを待っていたのだ。

 亜種の守りが手薄になるこの時を。


 だがまだ足りない。目標と一対一でも勝てるか分からないのだ。


 もっと可能な限り周囲に他のゴブリンを減らすか、そうでなくても注意を反らす必要がある。


 その為に仕込んでいた物がそろそろ動き出すはずだ。


 ポンポロロン! ポンポロロロン! 


 そんなどこか気の抜けたアラーム音が森の静寂を切り裂くように周囲に響き渡る。


 その音の発生源にゴブリン達の注意が向けられたのが気配で察知できた。


 それどころか亜種は警戒したのか自分の周りに火の玉を浮かび上がらせ始めた。

 どうやら戦闘態勢に入ったらしい。


(マグナ達が言っていた通り火炎系の真言を持っているゴブリンみたいだな)


 火の玉という明かりができたことでその亜種の姿形はよく見て取れた。


 普通のゴブリンの倍近い体格があり、格好だけ見たら小鬼呪術師ゴブリンシャーマンだなんてとても思えないゴツさだ。


 だがそれでも常識外れというほどではない。


 話に聞いた小鬼王のような成人男性の数倍の体格というほどではなく幸いなことにあくまで人間と同じか少し小さいくらいだった。


 浮かび上がらせた火の玉は四つ。


 その内の一つが亜種の手を振る動作を合図にするようにしてアラーム音がする方に射出される。


 着弾と同時にドン! という鈍い音が響くがこの森の暗闇の中をアラーム音だけを頼りに正確に狙いをつけるのは難しかったらしく、アラーム音は止まらない。


 その後に二、三発目の火球を放ってそこでようやくアラーム音が消えた。

 どうやら木の枝に挟んであったスマホに当たったらしい。


 亜種はそれで目標に命中したと思ったのか、少しの間念じることで火の玉をまた四つになるように補充した後に周りのゴブリンに命令を出しているようだ。


 すると何体かのゴブリンがスマホのあった方へと進んでいく。恐らくは獲物を仕留めたかの確認だろう。


(ここだな。しかもチャンスは一度きり)


 借りたスマホはもうないし、守りが更に薄くなったここ以外に勝機はない。


 こうして直接みるまでは色々と分からなかったこともあるがそれも飲み込んで行くしかないだろう。


 そうして俺は覚悟を決めて手元にあったそれのピンを抜くと放り投げる。


 すると今度は先ほどのアラーム音とは比べ物にならないピイイイイイ! という大きな音が周囲に響き渡った。


 あの女子が持っていた不審者が現れた時に持っていたという警報機だ。


 そのけたたましい警報音は、一度は獲物を仕留めたと気の緩んだゴブリン達の注目を集めるのに十分過ぎる効果を発揮した。


 亜種も慌てた様子で音の発生源へとまた火球を飛ばす。


 だが空中にあるそれに簡単には命中しないし、注意がそちらに向けられている今が絶好の好機チャンス


 俺は最後のアイテムを握りしめながら駆け出す。


 散々こちらとは違う方向に注意を向けさせていたからすぐに気付く個体はいない。


 だがそれでも亜種に接近するまでには気付かれるだろう。

 そして火球で迎撃されてはこちらに防ぐ手立てはない。


 だから亜種がこちらに目を向けた瞬間、手に持っていたそれを相手に向かって投げつけた。


 その行動に対して亜種はこれまでと同じように火球で迎撃しようとする。


 幸か不幸かその迎撃は成功した。自分に向かってきているものだから他よりは狙いがつけやすかったのかもしれない。


 もっともそれはこちらも予想していた。というか俺が狙ったのは亜種本体ではなく、


「ギイイ!?」


 火球の方だ。

 だからこの結果は俺にとって不幸でも何でもない。


 投げたのは制汗剤、可燃性のガスが詰まったボトルだ。


 それが何度なのかは正確にはわからないが人体が焼ける火の玉に触れたのだ。

 爆発した制汗剤の音との破片を攻撃と思ったのか身を守ろうとするゴブリン達。


 その隙を逃すことなく俺は亜種まで一目散に駆け抜けると、


「おら!」


 手にした棍棒を全力で振り下ろした。

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