第18話 多くのミスの結果

 異世界にやってきたのは俺が特別だったから。


 そんな考えはこの三ヶ月もの間で欠片もなくなっていた。


 運が悪かったという意味では特別なのかもしれないが、決して幸運の類ではないだろう。


 チート能力もなくこんな魔物が蔓延る世界に放りだされたのだ。

 それで自分が神に選ばれた、なんて浮かれていられるほど俺は楽天主義ではない。


 だけどそこで思考を止めていたのは致命的なミスだった。

 何故こんなことに俺は気づけなかったのだろうか。


「つまり君以外にも二人居るんだね?」

「はい。私はどうにか逃げられたんですけど、他の二人はあの化け物に連れて行かれて……」


 幸いなことにゴブリン達は攻めてこないで今のところはこちらの視界が届かないところで留まっている。


 恐らくはこちらの警戒が薄れたタイミングで再度攻撃をしけてこようとしていると思うのだが、俺が居ることによってその存在は丸わかり。


 だから敵が次の行動を移す前に彼女やマグナらから何故こうなったかを聞くことにしていた。


 経緯を説明するとマグナ達村の若い男衆はここ最近、こっそりと村の外に出てゴブリン狩りを行おうとしていたのだ。


 その原因は当然俺だ。


 三ヶ月というそれなりの長い期間、ずっとゴブリン狩りなんて臆病者がすることをやって称賛を得ている俺に対してマグナ達は不満を貯めていた。


 そして我慢の限界になった誰かが言い出したのだ。俺達でもそのくらいのことができることを証明してやろうと。


 それで俺の鼻を明かしてやろうと。


 倒し過ぎれば真言を手に入れてしまうが数体なら真言を得ることはない。なので村の近くで適当に数体倒せばいい。


 そう思っていたのだがそれは上手くいかなかった。


 それは当然だ。


 村の近くは俺が小鬼感知を使って念入りに狩りを行っていたのだからそうそう漏れがある訳がない。


 そのことにマグナ達は更に苛立ちを募らせた。

 自分達では一体も見つけることができないのに俺はこれまでと変わらず成果を出しているから。


 そして苛立ちと焦り、そしてゴブリンを甘く見ていた彼らは俺が狩りをしていないところに行くことを決めてしまう。


 異常繁殖していると言っても三ヶ月もの間、俺が狩りをし続けているのだ。

 村の大人たちはまだ危険だというが、たいしたことはないだろうと高を括って。


 だが現実はそう甘くない。


 異常繁殖の原因である母体は誰もが気付かぬうちにゴブリン達に与えられていたからだ。


 そう、異世界からやってきた俺以外の異世界人の存在。

 それこそが異常繁殖が止まらなかった原因だ。


 よく考えれば気付けたはずだ。

 俺が異世界に飛ばされた最初で最後の一人ではないかもしれないことなんて。


 目の前の少女がこのよく分からない場所にきたのはついさっきのことだと言っていることから察するにこれまでに何度も異世界から人は来ていたのだ。


 俺は幸運なことにゴラム達に救われたが、その前にそうではなかった人も大勢いたのだろう。


 そして俺の後にもそういった人はいたのだ、きっと。


 その結果、ゴブリン達は苗床となる存在を確保し続けた。


 そして唯一捕まらなかった少女が逃げた先で幸か不幸かマグナ達と遭遇。そのままゴブリン達を引き付けるようにして村に逃げたという訳だ。


 その過程で何人かは数の暴力に抗えずにゴブリンに捕まって殺されたらしい。男は繁殖に使い辛いのでその場で殺されてしまうこともあるのだ。


 今回の件を引き起こしたマグナ達は村人達から責められている。


 まああの少女はマグナ達がいなければ恐らく村まで来られずにゴブリン達に捕まっていただろう。


 体力的にも限界だったようだし、そもそもこのハリネ村の場所すら知らないのだから。


 そういう意味ではマグナ達は彼女の命の恩人なのだろうが、それを誇る様子は欠片もなかった。


 それどころか後悔と恐怖で震えて涙を流しながらただひたすら謝っている。


 こんなことになるなんて思っていなかった、こんなつもりじゃなかった、そんな風に言いながら。


 その様子と大勢からよってたかってどう責任を取るのか、死んだ息子を返せ、などの罵詈雑言を浴びせられている姿はある意味では運が悪くて可哀そうだとは思うが同情はしない。


 だってこいつらの行いが原因の一つになったことは間違いないのだし、その点については紛れもないこいつらの過ちだから。


 とは言えこのままでは生産的ではないこともまた事実。

 仕方がないので俺は話を切り出した。


「彼らを責める気持ちはわかりますがゴブリン達の脅威はまだ去ってません。そちらをどうするかを先に話し合いましょう」

「ど、どうするかって言われても。逃げるしかないんじゃないか?」


 村長が答える。


 いくらゴブリンが弱い魔物と言ってもここまで数が揃えば蹂躙されるしかない。

 それに亜種もいるのだから勝ち目は万に一つもないに等しいと。


「逃げられるのならそれが最善ですけどこんな真夜中、しかも逃げる準備もできていない状態で子供や老人を連れて逃げられるんですか? 幸いなことに今はゴブリン達がこちらの隙を伺っているのか静観していますが、下手に逃げ出そうと動いた瞬間に襲ってくるかもしれませんよ」

「だが戦って勝てるとも思えない。この期に及んで真言を手に入れたくないとは言わないが、それでもこの数では太刀打ちできないだろう」


 村の中で戦える男衆は三十人程度。


 それもそれなりの年齢の人を無理矢理換算したうえでだ。


 そもそも彼らは戦うことを生業にしていないのだ。そんな素人集団で自分たち以上の数のもの相手に勝てるとは思えないというのは正論だろう。


「ええ、ですから逃げるにしても囮を用意した方がいいと思います」

「囮だと?」

「はい。この事態を引き起こした彼らを囮として他の人が逃げる時間を稼いで貰うんです。こちらが逃げる方向とは逆に逃げるなりしてもらって」


 この非情な言葉に周囲の大半の視線が俺に集まった。


 泣いて蹲っていたマグナ達ですら顔を上げて信じられないといった表情でこちらを見てきている。


 だがそんな顔を見せられても俺の心が動かされはしない。


「散々バカにしていた小鬼狩りをやりたくてこんな事態を引き起こしたんだろう? だったら最後に好きなだけやるといいさ」 

「お、俺達に死ねって言うのかよ!?」

「ああ、そうだよ」


 この言葉に周囲の大人たちですら引いている様子だったが関係ない。


 前までの俺だったらこんなことは絶対に言わなかったし言えなかった。


 少なくともこの世界に来るまでの俺だったら。


 だがこの世界で三ヶ月もの時間を過ごしてきて俺は良くも悪くも変わったのだ。


 容赦や情けなんて持てる者だけが有するもの。

 そんな余裕がない奴らは何をしてでも生き残る手段を探っていくしかないのだと。


 それが出来なければ死ぬしかない。それこそここに辿り着けなかった多くの異世界人のように。


「い、嫌だ! 俺は死にたくない! 絶対に囮なんてやらないぞ!」

「そうだ! あの中にはただのゴブリンじゃ無い奴だっていたんだ! 俺は他の奴みたいに焼き殺されるなんて絶対に嫌だ!」


 マグナを始め若い男衆は当然のごとく拒否してくる。


 その親族なども流石にそれは認めたくないのか反対の立場のようだ。だがそれ以外の大多数は周りとヒソヒソと話し合っている。


 そうするかないのだろうか、いやでも流石に……なんて風に。


 意外だったのはエリーナがマグナを抱きしめて庇っているところだろうか。


 これだけ醜態を晒せば百年の恋も冷めるかと思ったのだが、それでも彼女はマグナのことを愛しているのだろうか。


 まあそれはどちらでもいいことだ。


 そもそも俺はこの提案があっさりと通るとは欠片も思っていなかったのだから。


 流石に最初の方は全体でも拒否反応が出るかと思っていたのに、その反応が少なくて驚いたくらいだし。


 そもそも泣きながら逃げ出してきて、恐怖に慄いているマグナ達が死ぬことが確定的な囮をやれるとも思えない。


「もしそれも無理なら俺から提案できる案はあと一つだけですね」


 そう、これまでの提案はこの本命を通すためのものに過ぎない。


「何か案があるのか?」


 村長が希望を込めて聞いて来るがこの案はそんな都合のいいものではない。


「別に特別なことではないですよ。逃げないのなら戦って勝つしかないってだけです」

「戦うって、あの数のゴブリンと?」

「あいつらがこのまま何もせずに帰ってくれるのならそうしなくてもいいですけど、そんなことが起こるなんて誰も思っていないでしょう?」


 話しながら感知は続けていておおよその数は把握できた。


 七十体ほどのゴブリンが森の中で徐々にこちらに近づいてきている。どうやらリーダーの方針なのか、こちらに気付かれないように接近を試みているようだ。


「戦うのなら柵などがあるハリネ村で防衛するのが最善だと思います。どうしますか?」

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