第17話 異変
虫の知らせ、そんな言葉がある通りその夜の俺は何か嫌な予感が拭い切れずに眠りが浅かった。
だからだろう、その反応に対してすぐさま意識が覚醒したのは。
(小鬼感知に反応ありだと。しかも何だ、この数は?)
ずっと使い続けている内に感知の範囲が広がっていたので今では自分を中心として五百メートルとなっている。
その範囲内に急にゴブリン達が現れた。それは即ち、
「村にゴブリンの群れが迫って来てやがる!」
主に村の北方向からどんどん反応が現れている。
その数は十や二十では済まない。
だがおかしい。いきなりこんな風に大量のゴブリンがやってくる訳がない。
いくら数が増えたといっても村周辺は俺が念入りに掃除していたし、こういう危険がないか感知を使って村周辺を今日も確認していた。
その時にはこんな数のゴブリンはいなかった。
(だとすれば俺が警戒した範囲外からこんな大量のゴブリンが一気に流れ込んできた? 何故だ? リュディガーの話だとこうなるにしてもその前に兆候があるはずだったのに)
リュディガーが嘘を教えるとは思えない。
彼はこの村を守りたくて俺に狩りや警戒させていたのだから。だとしたら何か理由があるはずだが、今はそんなことを考えている暇はなさそうだ。
考えながら手は動かしていたので革鎧などの装備も終えて戦闘準備は整った。
(くそ、なんで今日に限ってこんなことになるんだよ!)
このまま逃げてしまいたい気持ちもあるが夜の森は危険だ。
安全な場所を確保しての野営ならともかく、見知らぬ場所では準備をしていても遭難の可能性だってあり得る。
「ゴブリンだ! ゴブリンが来るぞ!!」
俺は棍棒を持って外に飛び出すと大声を張り上げる。
そこで見かけた居眠りしかけていた様子の見張りに対して罵倒してやりたかったが我慢して話を進める。
「起きろ! ゴブリンの群れがもうすぐやってくるぞ!」
「ゴブリン群れだって? 何体くらいなんだ?」
これまでも数体での襲撃はあったことせいか今回もそれと同じか少し多いくらいだろうと高をくくっているのだろう。
その様子に焦りはない。夜の闇のせいでゴブリンの姿が全く確認できないのもそれを助長させていた。
「数は最低でも三十、下手すれば五十体を超える! 今すぐ守りを固めないと全員死ぬぞ!」
「な、本当か!?」
「こんなことで嘘を言ってどうする。方角は村の北側だ。俺は先に行ってるから早く村人全員叩き起こして防衛体制に入ってくれ!」
俺の切羽詰まった剣幕に尋常の事態ではないとようやく理解したのか慌てた様子で非常事態を知らせる鐘を打ち鳴らす。
カンカンと音が響き渡りここでようやく多くの村人たちが異変に気付いたようだ。
(くそ、これは五十体でも済まないんじゃないか)
村の北側に近づけば近づくほど反応が増えていく。そこにいた見張りとも先ほどと同じような会話をしている時にそれを俺は目の端でとらえた。
「おい、あれは人じゃないか?」
先頭のゴブリン達に追い立てられるようにして人影がこちらに向かって走っているようだ。いや違う。
(このゴブリン達はこの人影を追ってここまできたんじゃないか?)
だとしたらその人影のことは殺してやりたいが状況把握の為にも今死んでもらっては困る。
幸いなことに先頭のゴブリンは二体だけで後続とは距離がある。
(くそが、生き残ったらこいつらぶっ殺してやる)
「弓は準備するだけで待っていてください!」
背中から撃たれては叶わないのでそれだけ一方的に告げると俺は走り出す。
近付くと分かったが、その人影は昼間に姿が見えなかったマグナ達、村の若い男衆のようだった。
「た、助けて」
「黙って走れ! 止まったら死ぬぞ!」
マグナ達は疲労困憊になりながらも死にたくないのか必死になって村を目指して走っている。
そいつらと擦れ違うようにして俺は二体のゴブリンと相対した。幸いなことに武器は持っていない。
いつもの奇襲は無理だし時間を掛ければ後続がやってきて数の暴力によって蹂躙されてしまう。
ならば速攻あるのみ。
まずは持っていた棍棒を全力で先頭のゴブリンの頭に振り下ろす。
真力の差から単純な力も速度もこちらの方が勝っているので、その一撃は躱されることなく敵の頭蓋骨が砕ける感触が手に伝わってきた。
ただその隙を狙って後続のゴブリンがこちらに飛び掛かろうとしている。
いつもなら回避や牽制を選ぶが今はそれで時間をロスしたくない。
俺はそのまま前に踏み込んで飛び掛かってきたゴブリンを弾くように体当たりを仕掛ける。
真力が勝っている上に体格もこちらが大きいので弾き飛ばされたのは相手だ。
「ぐっ」
それでも衝撃は相当なもので口から声が漏れるがそこ動きを止めては強引に行動した意味がない。
歯を食いしばって態勢を立て直すと、ぶちかましを受けてひっくり返っているゴブリンの顔面に目掛けて容赦なく棍棒を振り下ろした。
もはや慣れてきた肉が潰れる感触を武器越しに感じながら俺はすぐに撤退を選択する。
いくらゴブリン単体が弱いとは言え数の暴力は脅威だ。
囲まれたら死ぬしかないのですぐに防衛のための柵などがある村へと逃げ込む。
その途中、ヘロヘロになって今にも倒れそうになりながら走っている奴がいたので仕方ないから担ぎ上げる。
真力のおかげで一人くらいなら担いで走るくらい訳ない。
「きゃあ!」
「あれ、女の子か?」
抱え上げた人物の声を聴いて気付いたが若い男衆だけかと思ったがそうではなかったらしい。
まあそんなことよりも今は村に逃げなければ。
「今だ、撃て!」
どうにか俺が村に駆け込むとそれを待っていたのか村人達が弓を放つ。
こういう時のためにそれなりの数の弓矢は用意されていたので、放たれた矢はそれなりにこちらを追ってきていたゴブリン達に降り注ぐ。
勿論外れた物も多いが、それでもゴブリン達が進軍を躊躇う効果を発揮している。
と、そこで遠くからひときわ大きな咆哮がすると驚くべきことに村まで迫っていたゴブリン達は引き返していった。
村人たちはその様子にやったぞと歓喜の声を上げる。
俺も一瞬退けたかと思ったが、本来のゴブリン達なら弓矢に多少怯えることがあっても最終的には突っ込んできていたはずだ。
それなのに逃げた。いや、退却したのだ。
あの咆哮が指示であったかのように。
「くそ、やっぱりそうか」
感知に意識を向けて嫌でも理解した。
これまで感知してきたのとは明らかに反応の大きさが違う個体。
それがあの集団の後方に一つ存在している。
これが亜種。
どんな種類なのかは分からないが、少し賢いとか武器を持っているとかそんな些細な違いではないのが反応の大きさから嫌でも分かる。
「あ、あの」
「ん? ああ、済まなかった。今、下す……よ」
女の子を肩に担いだままだったことにようやく気付いた俺は彼女のことを下したところで息を呑んだ。
何故ならその少女の服装はセーラー服だったからだ。
「君は日本人、だよな?」
「え、は、はい」
そう、黒髪黒目で制服姿のどこからどう見ても日本人の女の子が俺の目の前には立っていた。
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