第16話 切っ掛け

 ゴブリン狩りを続けながらいざという時に逃げる為の準備をしている間にまた一ヶ月もの時間が経過した。


 ちなみのこの世界は一年が十二か月で一ヶ月が三十日となっている。つまり三ヶ月、この世界での四分の一もの時間を俺はこのハリネ村で過ごしている計算だ。


(日持ちする食料はそれなりに確保できたな)


 この一ヶ月で何度も村から離れて狩りをした。


 そのことに最初は一部の村人からは逃げようとしているのではないかという疑惑が出たりもしたらしいが、逃げられるチャンスがあっても逃げなかったことでその疑惑も薄れていった。


 なお、遠征の最初の方は遠くからリュディガーが監視していたようで、その時に逃げ出さなかった自分の判断を褒めてやりたい。


 なおこうして未だに俺一人で狩りをしていることから察してもらえるだろうが援軍など来やしない。


 どれだけ真言食いという存在は恐れられているというのか。そしてそんな中でも黙々と小鬼狩りを続ける俺の評価が妙に高かったのも今なら納得できる。


 残る問題の金銭だが、こちらは上手くいっていない。


 リュディガーに金について尋ねてみたのだが、その時の反応があまり宜しくなかったからだ。


 何故そんなことを気にするのかと言われた時はこの国――本当はこの世界――での貨幣がどうなっているのか気になったことにして誤魔化したが、果たしてそれに騙されてくれたかどうか。


 記憶喪失という体でこれまでにもこの世界のことについて色々と聞いていたのでそれでどうにかなったと思いたい。


 そんなこんなで表向きはこれまで通り黙々と小鬼狩りとしての仕事を果たしていた俺だが、ついにまたチャンスがやってきた。


 リュディガーがまたしても数日かけて出掛けているのだ。


 ゴブリンの数は減る気配を見せない。それどころかハリネ村以外の場所でも増えてきているという話もあるらしい。


 そういった村々と合同で救援の依頼を出すため、また冒険者として冒険者ギルドに緊急事態として知らせるためにリュディガーは街まで出向いているのだった。


 これで救援がくれば万々歳だがこれまでのことから察するにそんな都合のいい話があるとは思わない方がいいだろう。


 そしてこんなチャンスが来ることも。


(明日辺りに遠征のふりをして逃げるか)


 金がないのがネックではあるが致し方ない。


 この調子でゴブリンの数に歯止めがかからなければ俺とリュディガーだけでは抑えきれないところまで来るのはそう遠くない。


 そうなってから逃げられないでは遅いのだ。


 荷物もほとんどないのでまとめるのは簡単だったし、その気になればすぐに逃げ出せるようにまとめてある。後は決行するかだけ。


 村長などに明日からまた遠征するという嘘を吐いて食料を用意してもらう。


 数が増えてきているので戻ってくるまで時間が掛かるかもしれないから警戒をしっかりしておいてほしい、という我ながら白々しいことを言いながら。


 村長らにこちらを疑うようなそぶりは見えない。

 これまでの真面目な働きぶりのおかげで逃げ出そうとしているなんて考えてもいないようだ。


 好都合だが油断だけはしないようにしないと。どんなに好意的でもこいつらが一度、俺を殺そうかと考えていた奴らだ。


 逃げ出すことがバレたら今度こそ殺そうとしてきてもおかしくはない。


 我ながら人間不信だとは思うが、誰も味方がいない状況で殺されそうだったのだ。何の縁もゆかりもない他人をそう簡単に信頼するなんてあり得ない。


「それじゃあ準備を整えて明日の朝から狩りにでますね」

「ああ、頼むよ。ところでマグナ達、若い男衆を見なかったか? ここ最近、姿が見えなくなる時があるんだが」


 確かに言われてみればマグナ達の姿が村の中に見えない。


 彼らがいれば俺のことを見るなり対して難癖をつけてくるのが普通なのだが。


「見てないですね。そもそも俺はあまり彼らに好かれていないみたいなので距離を取るようにしてますから」


 相手にしていないとも言うが物は言いようだ。


 まあもしかしたらその態度が関係を悪化させているのかもしれないが傍目から見た場合、あちらが一方的に難癖付けているようにしか見せないので俺の立場は悪化しないのであれば問題ない。


 村長や村の大人たちのほとんどがあのバカどもがすまないと言ってくるぐらいだし。


「そうか。全くあいつらにも困ったもんだ。こんな状況だし村を守る男手として働いてもらわないといけないのにどこをほっつき歩いてるんだか」

「まあまあ。でも確かに俺が村を離れる間に守り手が少なくなるのは怖いですね」


(……まさかあいつら、俺が逃げ出そうとしていることを察知して待ち伏せしてる? いや、ないな)


 そのことを気付いたなら待ち伏せなどせず村長達と共有して監視を強めればいい話だ。


 それだけで俺は行動に移し難かったし、なんなら逃げるのを先延ばしにしていたかもしれない。


 そもそも今のことの村に俺の待ち伏せをする為だけに動かす人手はない。

 冬支度のために畑の収穫だったり薪を集めたりとやることはあるのだから。


「ここで起こったゴブリンによる大きな被害なんてあいつらが生まれる前の話だからな。若いもん、特に犯される恐怖がない若い男衆はその怖さを知らないから危機感が足りなくていかんよ」

「あはは、大変そうですね」

「そうなんだ。儂らが若かった時はな……」

(また愚痴と昔話が始まったか。長くなりそうだな、うぜえ)


 初めて聞いた時は異世界の事情を少しでも知るいい機会だと思ったが、同じ話を何度も聞かされているので今では情報収集の意味もない。


 無駄話に付き合いたくないが、ここで変に話を切って機嫌を損ねるのはやめておこう。


 最後までこちらの心情の変化など気付かせないためにもこれまで通りの行動を心掛けるのだ。


 そう思ってはいるものの同じ話を何度も何度も何度も聞かされるのは鬱陶しいことこの上ない。


 村長からの長話から解放されたあと多少気になったのでマグナ達の姿を探してみたのだが、やはり見つからなかった。


 エリーナなどに聞いても知らないと言っている。


(念のため警戒だけはしておくか)


 薪集めなどもあるし何ヶ月もの間ずっと村の外に出ないのは不可能なので、ある程度の人数でまとまってなら村の外へと出掛けることも許可されている。


 マグナ達は許可を取った訳ではなさそうだが、冬支度か何かでもしているのだろうか。


(だとしたら村長達に黙ってる必要はないはずか)


 なんだか嫌な予感がする……が俺は明日にはこの村を去るのだ。


 どうせ関係なくなるのだし余計なことをして騒動になられると困る。よってこの件は無視することにして明日のために早めに眠りに着くことにした。

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