第22話 ゴブリン退治のその後
ラターシュ王国、それがこの国の名前だ。
王国の名前から分かる通りトップは国王でその下には貴族がいる。
上級貴族とされるのが公爵・侯爵・辺境伯。
中級貴族とされるのが伯爵・子爵。
下級貴族とされるのが男爵・准男爵・士爵。
その中でも男爵以上は爵位の継承が行えるが、それより下の准男爵以下は基本的には一代限りの貴族となるそうだ。
つまり辺境伯というのはこの国の上級貴族というトップ階層の存在であり、その令嬢ともなればそこらの平民が話しかけるのも恐れ多いと考えられている対象となる。
(やべえ、睨まれてる)
俺の背後を取って剣を首に突き付けてきたあのエイレインという女性はここら一帯を治めるグレインバーグ辺境伯の娘だった。
そんな相手に引きつられてゴブリン掃討に協力したのだが、そのことに彼女の護衛の一部の騎士は不満を募らせてしまったようだ。
理不尽だと思う。
こちらは協力を要請されたから分からないなりに精一杯丁寧な対応をとって協力したのに。
まあ気持ちは分かる。
元の世界で考えるなら俺は素性も出自も知れないどこぞのチンピラみたいな扱いでそんなチンピラが、事情があってもどっかの偉い社長令嬢なんかに近づいていればそのボディガードとしては警戒するし、そうでなくとも気分がいいものではないだろう。
しかもどうやら騎士達は戦うことを生業にしているせいか真力や真言を重視する傾向は村人よりも更に強いらしく、その面では使い物にならないような俺に対してなんであんな奴がという風になっているようだ。
「ああ、ツカサさん。丁度いいところに」
そんな騎士たちの視線から逃げようとしたら彼らをまとめているハインツ副団長から声を掛けられる。
これを無視して逃げられる訳もなく俺は最大限の丁寧さを持って対応を心掛けて返事をした。
「先日はあなたの協力で小鬼の巣穴は迅速に潰せました。ご協力に感謝します」
「いえ、私の力がお役に立てたのならなによりです」
「その上でお願いがあります。巣穴を潰せたのでこの周辺ではこれ以上の異常繁殖は起こらないとは思います。ただ余計な心配かもしれませんが巣穴が一つとは限りません。念のため周辺一帯を探索しようと考えているのですが、その際にまた協力していただけませんか」
「それは……」
協力すること自体は簡単だ。俺は騎士団に守られながら安全な位置でゴブリンどもを感知して、騎士たちが動けないようにしたゴブリン達に止めを刺していくだけ。
こうすれば騎士たちはクズ真言を手に入れる心配もなく狩りを続けられる。
問題はそれで他の騎士にまた目を付けられないかという点だけだ。
そのことは分かっているのかハインツ副団長はすぐに続きの言葉を口にしてくれた。
「一部の騎士が協力してくれているあなたに失礼な態度を取っているのはこちらも把握しています。私の指導不足です。申し訳ありません」
「いえいえ、そんなことは!」
「ですがそれについてはすぐに対応させていただきますので、どうにかお願いできませんか? 今回の件については完全にこちらの事情なので報酬についても前よりも多めに用意させていただきます」
「……分かりました。微力ではありますがご協力させていただきます」
前回の協力でも少なくないお金を貰えたし、これだけ譲歩の姿勢を見せてくれている相手のお願いを断る方が怖い。
「有難うございます。詳しい日程については計画が決まり次第、伝令を向かわせますのでそれまで待っていてください」
そう言って去っていくハインツ副団長。
彼はグレインバーグ辺境伯が従える騎士団の副団長、つまり騎士としては団長についで上から二番目の超然エリートなのだとか。
艶のある長髪の金髪に他の騎士と比較して華奢な身体は貴公子という言葉の方が似合っていてそんな荒事を得意とする立場の人間だとはとても思えない。
だが俺は実際に見ているのだ。彼や騎士達、それに伯爵令嬢ですらその見た目からの可憐さや華奢さからは想像もつかない強さを秘めているのを。
なにせあの後に現れた亜種二体、俺が腕力では敵わないと思った小鬼呪術師よりも力が強いとされる
それどころかハインツ副団長に至っては
周囲の反応から察するに防御系の真言を使ったようだがそれでも理解するのを頭が拒否するような意味不明な光景だった。
正直に言えばドン引きだ。真言を厳選して強くなれれば、ここまでになると分かっているならクズ真言を取りたくないと思うのも頷ける。
そんなゴブリンの亜種などモノともしない彼らの協力があったのだ。
巣穴まで攻め入ってそこにいた奴らを殲滅することは容易だった。
無念だったのはそこに連れ込まれていた俺と同じ異世界人の大半は既に亡くなっていたころだろう。
遺体の損壊が酷過ぎて正確な人数は分からないが、残骸などから推察するに十人以上は苗床にされたと思われるとのことだ。
そんな中でも直近で転移してきたと考えられる少女の部活仲間はどうにか保護されたのは少しだけホッとした。
巣穴に連れ込まれた彼女達は察する通り完全な無事とは言えなかったが、それでも命だけは助かったのだ。
(どうにか心の傷が癒えるといいんだけどな)
彼女達はハインツ副団長が保護して世話するものなども手配してくれている。
心的外傷があるのか男が近付くだけでも恐がってしまうこともあって村の女性の協力でどうにか世話をしているようだ。
今のところはその費用なども請求されていないし、ここまで色々と骨を折ってくれているハインツ副団長やその命令を出しているエイレインには感謝している。
心象を良くしておきたい打算もあるが、そうでなくても少しくらい力を貸すことに否はない。
ただそれと同時にやらなければならないこともある。
元の世界に帰れるかもしれない情報が同じく転移してきた彼女達から齎されていたからだ。
(俺とあの子達がこの世界の飛ばされたのはどちらもこちらの世界で満月の日で、しかも場所もあの遺跡だった。これが偶然でないとすれば満月の日に遺跡に世界を転移できる門か何かが開くのかもしれない)
次の満月までまだ二週間ほどある。
それまでは周囲の安全を確保するためにも騎士団に協力して、満月の日にはあの遺跡に一日張り込んでみよう。
まだ戻れるかは分からない。もしかしたら向こうからこちらへの一方通行で新たな異世界人が来るだけかもしれない。
だがそれでも可能性があるのなら試す以外に選択肢はなかった。
その後、騎士達は注意を受けたのか少なくとも表向きこちらを敵視するような態度をとるようなことはなくなり、俺はそこまで息苦しさを感じることなく満月の日まで周辺のゴブリン退治に協力することができた。
* この世界では満月になるまで二週間の間隔
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