第12話 小鬼狩り《ゴブリンハンター》

 異世界に来て一ヶ月、俺はゴブリンを殺しまくった。


 許可が出るまでは村からそれほど離れた場所では狩りをしなかったのだが、それでも日に三十体は狩れるほど想像以上にその数は多かった。


 そしてそんな風にゴブリンを来る日も来る日も狩り続けた結果、俺は村の人達からこう呼ばれていた。


 小鬼狩りゴブリンハンター、と。


 その名前で呼ばれる時に込められるのは意味だが、それは様々だ。


 単純に村の脅威となるゴブリンを倒している事に対する感謝もあれば、クズ真言を取り切ってしまった事に対する憐みもあり、


「よお、小鬼狩り。今日もゴブリン狩りか?」


 時にはこんな風に侮蔑の表情で投げかけられる時もある。


 最弱の魔物であるゴブリンばかり狩っている臆病者、そんな風に俺を嘲笑う村の若者が一定数いる事は知っていたのだが、ここ最近その数は増えて来ていた。


(俺は与えられた仕事をこなしているだけなんだし勘弁して欲しいな)


 当初、村長を初めとした村人の大半は身寄りのない謎の男であり俺の事を忌避して接触を避けていた。


 真言食いという冒険者が帰る要因を持ち込んだこともその大きな要因だろう。


 そのせいで村の一部からは厄介者は殺してしまえ、なんて話が合ったことも掴んでいる。


 その話を聞いた時は肝が冷えたと同時に自分の立場の不安定さを改めて実感させられたものだ。


 だが俺がリュディガーの指導の元、黙々とゴブリンを倒し続けていたことでその評価にも変化が現れ始めていた。


 素性は知れないかもしれないが、他人が嫌がる仕事を文句も言わずにやり続ける使える奴だという風に。


 今のところ俺はリュディガーに稽古をつけて貰っていることもあって最低限の生活が出来る食糧などしか要求していない。


 下手に金銭を要求して反感を買われるのは避けた方が良いと判断したからだ。


 村長たちは冒険者に依頼するよりも遥かに安上がりで村の安全が保たれているので俺に対する態度は九十度くらい変化していた。


 それに伴って主に村の女性陣も俺に対して好意的になってきている。


 ゴブリンは『交配』の真言を持っている事からも分かる通り、他種族に子を孕ませることができる。


 それを知る村の女性陣からしたら、ゴブリンが村の周囲に居るという環境は不安でしかない。


 万が一攫われでもしたらその先は死ぬまでゴブリンの苗床として凌辱される未来が待っているのだから。


 そういう訳でそんな危険をこの一ヶ月、未然に防ぐように働き続けている俺に対して女性陣からの評価は上がるのはある意味で当たり前で、それを良く思わないのが村の若者達だ。


 ゴブリンは倒すだけなら難しくない弱い魔物。


 そんな魔物を倒すだけで女性からチヤホヤされているという風に思われているらしい。


「いいか、調子に乗るなよ。ゴブリンなんて雑魚を倒すのなんて俺にだって出来るんだからな」

「それだったらあなたもゴブリン狩りをしたらどうですか? 俺は別にこの仕事を独占したいなんて思ってないので協力してくれるなら大歓迎なんですけど」

「な、なんだと、てめえ!」

(うるせえな。反論できないからってこんな近距離で大声出すなよ)


 嫌味も込められていたがこれは本心でもある。


 ゴブリンの数は思っていた以上に多くかったので他に人手が有るならその方が助かるからだ。


 だがここにいる彼らは口だけで実際に動くことはない。クズ真言を手に入れたくないし、真言食いがまだ近くにいるかもしれないからだ。


 あれから一月も経っているのに真言食いの影に怯える人が多いこと多いこと。


 その所為で俺の仕事がなくならないので悪い事ばかりでもないのだが。


 今は好意的だがそのゴブリン狩りという仕事が必要なくなったら掌を返されるだろうことは容易に想像がつくし。


(だからと言って現状だと手が足りてないし……難しいところだなあ)


 俺が追い出されなくて人手も足りているといういい塩梅にならないものかと願うが、今のところはその兆候さえ見られない。


 それどこかゴブリンの数は増えている気がすらしていた。


 ゴブリンは同種族よりも他種族間、つまり人間の女などを孕ませると短い期間で増殖するように数を増やす特性がある。


 その分、子を産まされる母体は強い負担が掛かって一定数の出産後に大抵は死んでしまうらしい。


 だから一人や二人の人間が攫われたとしてもそこまで数が増えることはない。


 近隣の村が壊滅したとか女性が攫われたなんて話はないと情報収集していたリュディガーは言っていた。だとしたら何故こうもゴブリンの数は減らないのだろうか。


「おい、聞いてるのか!」

(あ、こいつのこと忘れた)


 目の前のマグナとかいう歳が十五歳くらいのはずの若者が何か言っていたようだが思考に耽って全く聞いてなかった。


 その事を態度で察したのかマグナは顔を真っ赤にしてこちらの胸倉を掴んでくる。


「いいか! 小鬼を狩るのなんてダサいことはお前みたいな余所者の卑怯者だけがやってればいいんだよ! むしろその程度のことで村に置いて貰えるだけ感謝しやがれ!」

「勿論感謝はしてますよ。余所者の俺に色々とよくして貰ってますし」


 別にお前がその決定を下した訳でもないだろうに、と言ってやろうかと思ったがこれ以上は下手に刺激してもよろしくないので止めておいた。


 彼らがどんな真言を持っているのかは知らないが、ゴブリンで真言の枠を潰した俺よりも真力が強くなる可能性は高い。


 いつまでこの村にいるのかは決めてないが、長居するかもしれない以上はその住人に刃向うのは得策ではないだろう。


 逆に言えば出ていくと決めたならばその限りではないが。


(その時は覚悟しやがれ、この野郎)


 内心の怒りや黒さを欠片も表に出さないように注意しながらに丁寧に相手をする。


 もしかしたらこの態度が相手を調子づかせている原因の一つなのかもしれないが、手を出してこないのなら実害も無いに等しいし無視するに限る。


「あ、マグナ! あんたまた、ツカサさんに絡んでる!」


 そこに顔見知りの村娘、エリーナがやって来てマグナを止めに掛かる。


 最近、食べ物の差し入れなんかをしてくれる俺に好意的な村人の一人だ。


「どうせまたよく分からない因縁つけてるんでしょ! その手を放してツカサさんに謝りなさい!」

「う、うるせえ! エリーナには関係ないだろうが、黙っとけ!」

「はあ! なによ、その態度! 大体マグナは昔から……!」


(はいはい、また痴話喧嘩だよ)


 マグナはこちらの胸倉を掴んだままエリーナと口論しているので逃げるに逃げられない。


 そもそもの話、マグナが俺に絡んでくる最大の原因がエリーナなのだ。


 彼女が俺に対して好意を抱いているのではないか、奪われてしまうのではないかという心配と嫉妬がマグナの敵意の元である。


 勿論、俺にはそんな気はないしエリーナの方もあくまで好意的なだけで異性に対する好意を俺に抱いてはいない。


 何故ってエリーナのそういう好意の向けられている先はマグナだからだ。


 傍から見ていれば一目瞭然なのに気付かぬは本人達ばかり。

 それで嫉妬されて絡まれるこっちの身にもなって欲しい。


(イチャイチャするなら勝手にやってくれませんかね?)


 俺に絡んでくる若者の大半は同じような理由だ。


 俺に自分が好いている人物が好意的に接するのが気に入らない、奪われるのではないか。そんな感じで。


 こちとら生きるのに精一杯で恋愛事にかまける余裕は欠片も無いのでそんな事は気にするだけ無駄。


 俺はまだ元の世界に帰ることを諦めてはいない。


 その可能性が皆無と分かったのならともかく、そうでない状態で恋人なんて作るつもりはない。


 そのことはそれとなくマグナ達にも伝えてあるのだが彼らは信じようとはせず、こうなっているという訳だ。


(ん? この反応は……)


 普段ならこのまま二人が落ち着くか話の決着がつくまで放置するのだが、そうも言っていられなくなった。


 感知範囲内に反応あり。つまり村のすぐ近くにまでゴブリンが来ている。


 リュディガーが警戒しているはずだから大丈夫だとは思うが、このまま放置もできない。


「敵が来た。悪いけど失礼するよ」


 胸倉を掴んでいる手を引き剥がしてその場を走って後にする。


 マグナが後ろから何か言ってくるがどうせ意味のない罵詈雑言の類だし興味もない。


 そんなことよりもこの村へと一直線に向かって来ているゴブリン達に対処する方が重要だ。


(迷いない進み方からして明確に村を狙っている? ってことは群れから追放されたはぐれゴブリンじゃないな)


 だとすればこの敵は今までよりも手強いはず。


 いくら弱い魔物のゴブリンとは言え、これから先に待っているのは命の取り合い。そこに油断や慢心が混じればどうなるかは馬鹿でも分かる。


(急げば不意を突けるか)


 手持ちの装備を確認しながら俺は一直線に反応の元へと走って行った。

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