第10話 様々な事情

 夜の森での狩りは危険なので日が暮れるまでに村に帰ってきた。


(まさかこんなに早いとはな)


 ゴブリンから得られる最初の真言の『鈍感』が自分の中に存在していることを感じながら俺はそう内心で呟く。


 リュディガーが索敵できる真言を持っていたこともあって、あれから短時間で何十体ものゴブリンに遭遇した。


 途中からは一対一にしてくれることもなくなったのでその多くを倒した結果がこれである。


 途中から不思議と生物を殺す事に忌避感は無くなっていた。

 慣れとは恐ろしいものである。


「五つ目までは真言はかなり獲得しやすいようになっているからな。恐らく他の真言もそう遠くない内に手に入れてしまうだろう」


 手に入れられるだろう、ではなく、手に入れてしまうだろうという言葉でそれが良い事ではないと物語っているが、だからと言ってやらない訳にはいかない。


 食事を用意してもらっているし、倉庫とは言え泊めてもらうなどの世話をしてもらっているのだから。


「明日からはもっと多くのゴブリンを狩って貰うぞ。そして慣れてきたらお前一人でやってもらうことになる」


 リュディガーは俺が泊まる事になる倉庫へ食べ物を持って来てくれて、一緒に食事をしながら話をする。


「それなんですけど俺一人で森の中を行き来するのは無謀じゃないですか? ゴブリンはどうにか出来ても遭難する未来しか見えないんですけど」

「それは方法を考えてあるから大丈夫だ。少なくともこの村まで戻って来られる手段は用意する。こちらとしてもお前にいなくなられるのは困るからな」


 一つ目の真言を得ても特に嫌がることなく次々とゴブリンを倒し続ける俺を見てリュディガーはある程度の信頼をしても良いと思ってくれたらしい。


(あるいは利用価値を再認識したのかもしれないが、まあどっちにしても俺の世話を続けてくれるのなら文句はないさ)


 村に帰って来てから気付いたが、リュディガーが狩りの仕方を教えると言って俺と共に森に入ったのは監視のためでもあったのだろう。


 俺がリュディガーを騙して真言を得たら逃げ出す、そんな様な事をさせない為に。


(その選択肢もなくはなかったけど逃げ切れるとは思えなかったし、そもそも逃げるにしたってどこに行けばいいのかって話だからなあ)


 ここは異世界。

 俺の知る場所はどこにもないし、あちらの世界の知識だってどこまで役に立つか分かったものではない。


 現に真言なんてこの世界独自の現象があって、教えて貰うまで俺はそういうことが全く分からなかったのだから。


(とりあえず早めにゴブリンから得られる真言を全部得た方が良いな)


 ゴブリン退治の最大のデメリットである要らない真言を獲得してしまうという点も、それら全てを既に得ているのなら問題にならない。


(今の真力は六。ゴブリンの真言を全て得たとしても八か。十には届かないな)


 一般的に真力が十を超えるまでは兵士でも冒険者でも見習い扱いなのだとか。


 真言の種類によってはそれ以下でもいい場合もあるらしいが、俺の場合はそんなものは望めない。


 だから一人前になる為には他の魔物を倒して別の真言を得なければならないが、元々この辺りにはゴブリン以外の魔物は生息していないらしいのでそれも難しい。


 魔物以外の野生動物は殺しても真言は得られないそうだし。


(別の魔物が居るところまで足を延ばすにしても、今のままじゃ逃げる気かと思われるだろうな。この話をするのは他の真言を得てからの方が良いか)


 そんな事を考えながら用意して貰った食事で腹を満たす。


 芋のような野菜に固くてボソボソしたパン。野菜が入ったスープも塩気が足りないし、はっきりって元の世界の食事とは雲泥の差だ。


 だが異世界転移やら初めての戦闘などで疲れ切っている体は栄養を欲していたのか、そんな美味しいとは言い難い食事でも満たされる感じがした。


「ってそう言えば思ったんですけど、近くに国営の牧場とやらがあるんですよね?」

「そうだが、それがどうした?」

「そこには国から派遣された護衛とか兵士とかいないんですか? いるならその人達にゴブリンを退治して貰えばいいじゃないかってふと思ったんですよ」


 ラッキーシープの牧場はこの国に何ヶ所もあるらしいけど、それでも重要な場所には違いないだろう。


 あの魔物から真言を得たことで俺のような平和な日本で育って戦った事など一度も無い男が魔物を倒せる力を簡単に手に入れられるようになったのだ。


 それはこの世界の人達にとっても有用なもののはず。


 そんな場所が守られていないとは思えない。こういった事態に対応する人がいるものではないのだろうかと思ったのだ。


「いるにはいるが期待しても無駄だ。真言食いがいるかもしれない場所に来てくれるとは思えん。そもそもあそこにいる奴らの仕事はあくまで牧場を守る事だからな」

「あーハリネ村を守ってはくれないと」


 下手に牧場の守りを薄くして被害が出たら大変だろうしそれも致し方ないのか。


「仮に手を貸してくれるにしても少なくない死人が出てからだろうよ。もしくはそれでも動かないかもしれんが」


 少なくとも当てには出来ないということ。


 それに人に被害がでなくても畑を荒らされでもしたら冬を越す為の食糧が準備できなくなるかもしれない。


 そういった諸々の事情を考慮したら自分達でどうにかしようとするしかないとリュディガーは語る。


(そう上手い話はないってことか)


 そんな事を話しながらご飯を食べ終えると眠くなってくる。やはり疲労は溜まっているのだろう。


(明日もゴブリン退治かー。まあやるしかないから頑張るけど)


 そんな事を考えながら俺は異世界での初めての夜を超すのだった。

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