第9話 幸運羊
そもそも弱い魔物であるゴブリンを倒すこと自体は難しい事ではない。
十体くらいまでなら冒険者に依頼せずとも村人達が協力すればどうにかなる。
だが今回は原因不明の異常繁殖が起こった所為でそうもいかなくなった。
そうしてハリネ村の人々は皆で金を出し合って冒険者ギルドに依頼を出す。
ある程度の経験がある冒険者にすればゴブリン退治は簡単ではあるものの、あまり割のいい依頼ではなかった。
ただゴブリンが大繁殖してしまうと周囲の村々やら冒険者の狩場やらが大変なことになってしまうのでゴラムなどの冒険者達が請け負った。
だがそこに真言食いという最悪のイレギュラーの登場。
実際にはそれは勘違いなのだが、それを知る術がない冒険者は依頼の続行を断念せざるを得なくなる。
そんな中で俺だけはその真言食いがそれほど怖くはない。
なにせ元々真言なんて持っていなかったのだから。
(そもそも話を聞く限り真言食いって呼ばれる魔物は真言を奪うだけで直接的に襲ってくることはほとんどないみたいだしな)
厳密には真言を奪った後は逃走するらしい。
そして安全なところで奪った真言を食すのだとか。
だから食い尽くされる前に真言食いを討伐できれば奪われた真言を取り返す事も可能らしいが、現実にそれを個人で行うのはかなり難しい。
真言を奪われた対象は当然ながら真力もなくなるのでほとんど無力と化す。
そんな状態で魔物と戦って勝てる訳がないからだ。
(まあ今はその脅威については考慮する必要はないがな)
現在の俺の真言は第二階梯の『負荷』と第三階梯の『増強(真言)』の二つ、真力は五だ。
そう、俺は真言を手に入れていた。
(異世界人は真言が手に入らないとかでなくてよかった。それだとマジで詰んでたな)
ハリネ村の近くにはある特殊な魔物の牧場が存在していた。
その魔物名前は
この魔物は真言を有していない状態で初めて倒すと一~三階梯までの真言を数個、ランダムで手に入れることが出来るのだ。
百五十年ほど前、時の賢者がこの魔物の飼育と繁殖方法を見つけ出して以来、この世界の人間のほとんどが十歳になるとこの魔物を倒して真言を手に入れているらしい。
ちなみに他にも似たような魔物の
ハリネ村の近くにはこの
そこからリュディガーさんが一匹買って来て俺に与えてくれたのだ。
なおこの魔物の飼育には結構な金が掛かるそうで値段はそれなりにするそうだ。
まあそれでもこの国では国営の牧場があるおかげもあって値段が高騰しないようにされているとかで、他国と比較すれば安いらしいが無一文の俺からしたら手が出ない物には違いない。
勿論リュディガーも無料で平民が数年掛かりで金を貯めなければ買えないような魔物を譲ってくれた訳ではない。
その対価は俺が
「武器を扱った事が無いのか、それともその記憶すらも失ってるのか、動きは完全に素人のそれだな。ならとりあえずの武器は棍棒とか扱いやすい物がいいだろう。ゴブリン相手ならそれで問題ない」
刃物の取り扱いや手入れなどさっぱり分からないので今はそれの異論はない。
もし必要になりそうならリュディガーが指導してくれると約束もしてくれたし。
「ゴブリン共は普段は人里の近くに現れることはない。頭が悪いなりに人間相手は分が悪い事を理解しているからだ。だがその数が増え過ぎると状況が変わる」
まず初めに何らかの理由で群れを追い出されて行く宛のない、はぐれのゴブリンが数対単位で人里周辺に現れ始める。
こいつらは群れでの序列争いに敗れたような個体なのでそれほど強くないし、場合によっては手傷を負っていることもあるという。
あの遺跡で遭遇したゴブリン達はそういった奴だと考えられるらしい。そしてそういう奴がまだ村の周辺にいる可能性があるというのだ。
「まずはそいつらと戦って経験を積んでもらう。流石に村の近くにまでは真言食いも現れないだろうし俺もサポートしながらな」
そうした訳で俺は現在、リュディガーに連れられて村の近くの森を散策して、遂にその時を迎えていた。
「ギ、ギイ!」
緑色の肌をした小柄なその姿、間違いなくゴブリンだった。
三体いたのだが、その内の二体リュディガーによって瞬殺されていた。最初は慣れるために一対一で戦う状況を作り出してくれているのだ。
残った一体のゴブリンは逃げ出そうとするが、その度にリュディガーが回り込むようにして逃げ道を潰している。
そうなると唯一の逃げ道である俺の方へとゴブリンが向かって来るのは自然の流れだった。
(よし、やるぞ!)
棍棒を構えて覚悟を決める。ここまで来てビビッてなんていられない。
ハリネ村では真言食いの情報を齎した俺の事を余計なことをしたやつといったような目で見る人がいるのだ。
彼らからしたら冒険者が撤退する理由を作った俺は邪魔者でしかない。
そんな俺があの村に無事に逗留するためにもゴブリン退治は絶対に必要なことなのだ。
「相手の動きをよく見るんだ。ゴブリンは素早くないからそれでも十分対応できる」
ドタドタと走ってくるゴブリンの後方からそんなアドバイスが飛んでくる。そのアドバイスに従って俺はゴブリンの動きに全神経を集中させて、
「ギイ!」
殴りかかって来たその拳を半身になって躱す。
真力の効果なのかその動きは自分のものとは思えないほど素早かった。
そのことに内心では驚きながらも動きを止めず、握っていた棍棒を相手の顔面目掛けて全力で振り降ろす。
ゴンっという鈍い音と腕に来る衝撃でその一撃が的確に当たったが伝わってくる。反撃を警戒してすぐに後ろに下がってみたが、
「あれ、終わり?」
その必要はなかったようだ。頭を打たれたゴブリンはそのまま仰向けに倒れて動かなくなる。
ピクピクと痙攣している様子からして死んだふりして騙し討ちを狙っている訳でもないようだ。
「ゴブリンは得られる真言が弱いのとその繁殖力の強さで厄介な魔物ではあるが、それと同時に弱い魔物代表格みたいなもんだ。真力が五もあれば急所への一撃で割とあっさり仕留められる。それと今みたいに大抵のゴブリンはバカみたいに直線的な攻撃しかしてこない。見て躱せるなら、その後の反撃で相手は為す術ないさ」
そこでピクピクしていたゴブリンが動きを止める。
どうやら死んだようだ……と思ったら何かが身体に入ってくるような感覚を覚える。
いや、入ってくるというよりは内面に刻まれる感じと言うべきか、とにかく妙な感覚だった。
「その様子だと感じた様だな。それが魔物を倒した時に真言を得ていく感覚だ。短時間に同じ魔物を倒せばその感覚が強くなっていって一定数を超えると真言が手に入る。欲しくない真言ならそれを目安にして魔物の討伐を止めれば下手な真言を得ることはないって訳だ」
「なるほど」
きっと多くの冒険者がこの感覚を元に魔物を倒す頻度や量を調整して真言の取捨選択を行っているのだろう。
もっともそれは今の俺には出来ない選択だが。
今回のゴブリン退治に多くの冒険者が投入されたのはこのようにある程度のゴブリンを倒した冒険者は要らない真言を習得しない為に休息を入れるからだ。
一定数以上になってしまった繁殖力が強くてすぐに数が増えるゴブリン相手では、少数の冒険者が休息を挟んで討伐していても増える数に追いつかない事が多い。
その冒険者よりも力量に劣る俺がリュディガーに協力したところで普通にやったら意味はほとんどない。焼け石に水だ。
だからリュディガーは
俺はそれを呑んだ。
これが正しい選択なのかは分からない。後々になって使えないとされる真言を得たことが取り返しのつかない選択となるかもしれない。
だがあの村で衣食住を確保するためにはこうするしかなかったのだから致し方ないだろう。
「とりあえず今は数をこなして戦闘にもゴブリン狩りにも慣れてもらおう。そうしないことには始まらないからな」
「……了解です」
魔物と呼ばれる存在でも生物をこの手で殺すことに忌避感が無い訳ではない。
だけどそれで立ち止まっていられる余裕は俺にはないのもまた事実。
(既に覚悟は決めたんだ。やるしかないだろ、俺)
こうして俺は異世界に来てから初めて魔物との戦闘を経験して、その後も意外と弱いゴブリンを狩りまくったのだった。
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