第6話 検査

 誰も見たことも無い記憶喪失の男。


 自分の事ながら怪しさ満点過ぎて排除されてしまうのではないかと思う身ではあったが、意外なことに現状ではその点は重視されなかった。


 何故なら彼らには他にもっと大きな問題点があったからだ。


「おい、村長から借りてきたぞ」


 ゴラムが借りてきたのは掌に収まるくらいの大きさの水晶玉だった。

 もっとも水晶のように透明ではなく真っ黒だったが。


「今からこいつでお前の真言の数を調べさせてもらう。悪いが拒否権はない」

「はあ」


 気の抜けたような返事だがそんな訳がない。


 何故かゴラム達以外にも村にいた冒険者達が俺の周りを囲むようにして立っていてこちらを注視しているのだから、これでもかなり焦っている。


 どうやら真言食いというものは彼らにとってとても大きな意味を持つようなのだ。


 武器を持った強面の男達に囲まれているこの状況は心臓に悪過ぎる。


 彼らの内の一人でもその気になれば俺はあっさりと殺されてしまうのではないだろうかと。


 そもそも真言が何か分かってないから拒否権がなって言われても悪い事なのかすら分からない。


 だから俺に出来るのは頷くだけ。


 そうやってビビりながらもゴラムに言われた通り黒水晶を掌に乗せる。

 これで何か起こるのかと思ったが、前に石を握らされた時のように変化はなし。


 だが今度もそれが彼ら冒険者にとっては大きな意味を持っていたらしい。


「本当に真言を一つも持ってないのか。って事はマジで真言食いが現れたってのか?」

「いやそうとは限らないんじゃないか? 元々こいつが真言を持ってなかったとか……」

「それ本気で言ってる訳じゃねえだろうな? 十歳になったばかりの餓鬼ならともかく、こいつはどう見ても成人してるだろ。そいつが真言一つも持ってないなんてことあり得ねえよ」

「ここらじゃ見たことない格好してるが、身綺麗だし奴隷って線もないだろう。ってか奴隷でも真言を全く持ってないなんてあり得ねえな。価値ある真言を持ってれば売値だって上がる筈だしよ」


 年齢を聞かれて二十二歳だと答えると若干どよめきが起こる。


 聞こえてくる声からするともっと年下だと思っていたらしい。


 その後、ゴラムにもやられたように名も知らぬ冒険者達が渡してきた石を手に持ったが同じように反応は無い。


「これはマジみたいだな」

「ゴブリン狩りかと思ったら真言食いとか悪い冗談だぜ」

「流石に割に合ってねえな。俺達はこの依頼は降りるぜ」


 他の冒険者も続々とその依頼とやらを降りる宣言をする。ゴラム達も同じようだ。


「ちょ、ちょっと待ってください。ではゴブリン退治はどうなるのですか?」

「悪いな、村長。真言食いが近くにいるのならこの報酬額じゃ割に合わねえのよ。もっと額を上げて改めて依頼をするしかねえと思うぜ。まあそれでも受ける奴は滅多にいないだろうがな」

「そんな、これ以上のお金なんて……」


 村長とやらが必死にお願いして引き留めるが冒険者達は頷く様子はない。


 これは俺の所為なのだろうか?


(でもこの場で真言食いとやらがいないといったところでなあ……)


 冒険者達の間では真言とやらを元々持っていなかったのはあり得ないという結論に落ち着いている。


 それなのにそれは違うと証拠もなくいったところで信じて貰えはしないだろう。


 ただこのまま何もしないのは申し訳ない。


 詳細は把握できないが俺の所為でゴブリン退治とやらに支障が出ているようだし。だから最後の希望に縋ってみることにしたのだが、


「あの、異世界人って分かります?」

「なんだそりゃ?」

(はい、詰んだー)


 残念ながらこの場の誰もが異世界とか異世界人とかそういう話は知らないらしい。


 ということは実はこの世界には時たま異世界人がやって来て無双している、なんてこともないのだろう。


 そうであれば俺が異世界人で元々真言がないとかも信じて貰えたかもしれないが、こうなってはどうしようもない。


 そうしてほとんどの冒険者はその場から立ち去って行った。

 そんな中でも残っていたゴラムが声を掛けてくる。


「あーにいちゃんも災難だったな」

「そうなんですかね?」

「そうなんですかねって……まさか自分が置かれた状況が分かってないのか?」

「ええ、真言とか真力が何なのか分かってないので自分がどういう状況なのかいまいち理解できてないんですよ」

「なんてこった……真言についての記憶も無くなってるってのか」


 無くなったのではなく元から無いのだがここは下手に否定せずにそういう事にしておこう。


「あの、差し障りがなければ俺がどういう状況なのか教えて貰えませんか? 可能なら真言とか真力っていうことについても」

「そうだな……まあ俺達もすぐに出発するって訳にもいかねえし、それくらいなら構わねえよ」

「本当ですか、ありがとうございます!」


 ゴラムはまだ森の行ったままの冒険者達が戻って来たら真言食いの情報を教える為にもう少しこの村に残るらしい。


 別にそうする義務はないというのに。


 他の冒険者達が手早くここを出る準備を始めている様子からして、どうやらゴラムは他と比較してお人好しのようだ。


 そのお人好しの性分に漬け込むのは申し訳なくもあるがこの状況だ。それを利用しない手はない。


(しかしミスったな。最悪の場合、あの村長や村人達に何かされそうな感じなったな)


 村長から恨めしそうに向けられる視線で嫌な予感がする。


 ゴラム達が帰った後に八つ当たりされて生き残れる自信がないし、今の内に打開策を練らなければ。その為には情報取集が絶対に必要となる。


「……こんな訳も分からないまま死んでたまるか」


 俺は誰にも聞かれない声量で呟いた。

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