第3話 逃亡
緑色の肌に成人男性の半分くらいの小さな身体。
それなのに耳や鼻も人間の物より大きい。
その容姿は漫画やゲームでよく出てくる雑魚敵、ゴブリンに似通っていた。
だがそれはあくまで空想の産物のはず。現実にいるはずがない。
「ギヒ!」
だがそいつは確かに俺を見て鳴き声を発していた。
いやあるいは何らかの言葉を話したのかもしれないが、それを理解できない俺にはどちらなのか判断する手段はない。
(ヤバい!)
その手に持つ木の棒が赤黒い液体で汚れていることを視界に入れた瞬間に呆けた意識が切り替わり危機感を覚える。
何が何だか分かっていないがこのままボケっとしていたら駄目なことだけは本能的に理解する。
(とにかく逃げなきゃ不味いけど……)
鞄を抱えて俺は逃げ場を探す。
だがゴブリンが入って来た場所以外に出入り口はこの部屋には存在していない。
窓から飛び降りようかとも考えたが、思っていた以上に高さがある。
降りた先が安全かも分からないし怪我をして動けなくなるのは避けた方が賢明だろう。
だがそれだとこのゴブリンらしき生物が塞ぐ出入り口以外に道はない。
こんな化物に接近するなんて擦れ違うだけでも御免だ。
どちらを選ぶか逡巡していたら化物が先に動き出す。
「ギヒ!」
持っていた棍棒を振り上げながらこちらに駆け寄ってくる。
その速度は小柄な体格の割には速い。ただバランスが悪いのか、走り方も人間のそれと比べるとどこかぎこちない気がする。
それを見て俺は覚悟を決めた。
「おら!」
棍棒が降られるよりも先にその眼目掛けて持っていたバックを投げつける。
運が良かったのか鞄は狙い通りに化物の眼の付近に命中してよろめかせることに成功した。
その隙を逃さずに接近すると全力で化物を突き飛ばすように前蹴りを放つ。
体重差があるおかげかその蹴りは化物の体を突き飛ばして仰向けに倒れさせることに成功した。
手に持っていた棍棒を放して床に打ち付けた後頭部を痛そうに抱える姿を尻目に、俺は急いで放り投げた鞄を抱えると一目散にその場を後にして通路らしき道を駆けだす。
(くそ、追って来るか。そりゃそうだよな)
背後から怒りの声を上げながらドタドタと走る足音が聞こえてくる。
(止めを刺すべきだったか? ……いや無理だな)
そう思わなくもなかったが、あの状況でそんな判断を即座に下せるほど修羅場を潜ってはいない。
こちとら平々凡々な大学生なのだから。
「実は友好的って線もないわな」
背後で小さくなる化物は武器を振ってこちらを追って来ている。
あれで実は友好的だったとかあり得ないだろう。
まあ例えそうでもいきなり攻撃しかけたこちらを許してくれるとは思えないが。
「ってマジか!」
化物の走る速度ははっきり言って遅い。単純な速度では勝っている以上、普通に逃げられれば間違いなく撒けたであろう。
だが現実はそう簡単ではない。
通路が左右に分かれていたのだが、その左の方に同じ姿の化物がいたのだ。
なんと二体も。この時点で一方通行同然だ。
右の通路を進んで後ろを振り返る。
それなりに距離はとれているが追跡者の数は増えているようだ。どうやら最初に追いかけていた奴が左の通路に奴らを引き連れてきているようだ。
(姿を見失ってくれればどうにかなるか?)
相手が人間ならそれで大丈夫だろうがあの化物の生態が分からないので不安は残る。
獣のように匂いで追跡できるなら幾らに出ても最終的には追い付かれてしまうだろう。
だがそれ以外に方法はない。
進んだ先には下に続く階段があったのでそれを使って階下に降りる。
このままどこかの部屋に隠れてしまえば……
そう思った俺の考えを嘲笑うように階下にも化物がいた。しかも今度は四体も。
俺は慌てて伏せて踊り場の影に身を潜ませる。
(挟まれた!)
別れて道からこの階段まで一本道で隠れられる場所もない。
幸いなことに階下の奴らはまだこちらに気付いていないようだが、追跡している奴らが来るまでしかその猶予はないだろう。
(くそ、このまま合流されるよりは戻って戦うしかないか?)
七体よりは三体の方がマシだ。
と言うかこんなことなら最初の部屋で戦っていればよかったのかもしれないが、あの状況でそんな事が分かる訳もないし後悔したって仕方がない。
「やるしかないか」
これが夢であればと思うが走ったことによる息切れと疲労感がそれを否定してくる。
ならばここは現実だと思って対処するしかない。
端から見れば無謀な特攻と思われる行動を決意しようとした俺だったが、そこで階下で異変が起きる。
「いたぞ、
「逃がすなよ! 逃がしたらまた繁殖するぞ!」
「分かってるっての!」
化物の悲鳴と人と思われる声。恐る恐る階下を覗き込んでみると先程まで階下にいた化物の一体が頭に矢を生やして倒れていた。
他の二体も刃物を持った人と争っているようだった。
そして残った一体は、
「逃げたぞ!」
見知らぬ男の言葉通り逃げた。階段を上るようにしてこちらへと。
それを見てからの行動は考えてのことではない。
こちらに来られたら不味いと思った次の瞬間には体が動いていた。
化物が階段を上って踊り場に足を踏み入れる瞬間に、持っていたバッグを死角から顔面へと叩き付ける。
すると案の定と言うべきか反応すらできずに顔面に攻撃を受けた化物はそのまま後ろに倒れていく。
そして階段を転げ落ちると階下の壁に激突して、ようやく停止する。
「なんだ?」
「新手……って思ったら人間か?」
突如として現れた俺に困惑している様子の彼らが善人なのか悪人なのか俺に判断はできない。
だが背後から化物という脅威が迫って来ていて、それを難なく倒している彼らに対して敵対など出来る訳もない。
しても殺される未来しか見えない。
「すみません、助けてください!」
なのでこの場での俺の選択肢は助けを乞う、これだけだった。
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