第9話 大樹のアーサー
「さあ、訓練を始めましょう。まず初めに、今、体にある回路を最大限活性化するところから始めましょう。補助しますので上半身裸になってください」
先生が急に立ち上がり、着ているシャツを脱がそうとしてくる。
へ? 裸になる?
それはちょっと恥ずかしいな。
「何をはずがしがっているんですか。回路を見ながらじゃないと失敗するかも知れないじゃないですか」
「先生でも失敗するんですか?」
「私は神ではありません。失敗する時は失敗します」
「失敗したらどうなるんですか?」
「失敗したら? それは体が弾け飛んで、一生魔法が使えなくなります」
「それは怖そうですね」
「そうですよ。だから大人しく脱いでください」
暴漢に襲われるが如く裸一貫に向かれてしまった。
もちろんズボンは履いたままだが。
女性に裸を見られるのはなんだか気恥ずかしい。
「どれどれ」
先生は背中に回り込み、何かを見ている。
そもそも魔法回路って見えるものなのか?
一度も見たことないぞ。
冷たい!
背中に先生の手が触れる。
冷え性なのだろうか、先生の手はとても冷たい。
「あ、ごめんなさい。冷たかったですか?」
「少し」
「少し我慢してください。そのうち慣れますので。——見つけました。魔法回路は整理されていませんが人並みにはありますね。だけど本の1割しか使用できてませんね。じゃあ、外に出ましょうか」
「裸のままですか?」
「そうです」
「じゃあ、先生も一緒にどうですか?」
「何を言っているんですか?」
「すみません、そうですよね」
ダメだ、いつもなら言わないようなことを先生には言ってしまう。
これでは、孤児院の兄弟やシスターエレン、姫様に顔向けできない。
自重しなければ。
外に出て、再度先生が背中に手を当てる。
「それじゃあ、まずは重力の球体を作ってみましょう」
「どうやってですか?」
「どうやってですかね。重力系の魔法の指南書はありませんので、手探りで頑張りましょう。まあ、恐らく、全てを引きつける黒い球みたいなものをイメージすればいいんじゃないんですかね」
全てを引きつける黒い球——か。
まあ、とりあえずやってみるか。
「いきます」
掛け声と同時に、背中が熱くなる。
先生から純粋な魔力が背中に注がれているのを感じる。
そして、それがだんだん何かの紋様を描くかのように背中一杯に広がってくる。
熱い、とても熱い。
だけど、いつもより魔力の供給がスムーズなような——気もしなくない。
さて、どうしようか。
まずは、力が中心に向くような球体を作ろうか。
重力は質量に比例するんだよな。
じゃあ、とても重いものが球の中心にあるイメージをして、そこに全ての力が集中して、周りの物を巻き込むイメージ——。
何か出る。手から何か。
え、これ大丈夫なのか?
背中が最高潮に熱くなる。まるで火が出ているかのように。
そして、次第に二の腕、肘、手とその熱さが伝導し、遂には湯気が出てきた。
大丈夫なのか、これもう火傷なんじゃないか。
だけど、先生は何も言ってこない。
——ボン
軽めの音とともに、手の先に中心は白く、周りは黒い球体が出現した。
しかしその物体は出現するとすぐに垂直に地面に落ちた。
——シュルシュル
地面に落ちると同時に周りの石や草を少し巻き込んで消えてしまった。
「おお、できましたね。初めてみましたが、多分、今の、重力の球ですよ。だけど略して重力球、名前は、そう、グラヴィティボールとでもしておきましょう」
度直球な名前ですね。
そう伝えようとした、したのに言葉が出てこない。
なんなら、立っているのもやっとな状態だった。
そのまま膝から崩れ落ち、地面に尻餅をつく。
「しかし、重力魔法は効率が悪いですね。あんなに回路を活性化させて、あんなに魔力を使ってもあれくらいしか、出せないんですね。まあ、もっと訓練すればもう少しマシにはなると思いますが」
「…………」
「今の一瞬で、これまでに経験したことのない量の魔力を消費し、さらに使っていなかった魔法回路全てにいきなり魔力を通した。疲労困憊で話せなくなっても仕方ありません。少し休みましょうか。2時間後に再開しましょう。ベッドに行けますか?」
無言で首を横に振る。
「そうですよね。じゃあ、手を握りますよ」
今日の朝、ここにきた時のように先生は僕の手を握り、浮遊魔法で体を浮かす。
そういえば、浮遊魔法って重力魔法を使って浮いてるのかな。
そう考えながら僕は、空中で眠りについた。
再び起きた時、今度はとにかく走らされた。
基礎体力作りだと言って、延々と走らされた。
走るのは嫌いではなかったが、2 kmを過ぎたあたりで、息切れし始め、4 km走ったところで体力の限界を迎えた。
先生は今後20 km走れるようにするとか言っていたけど、それってほぼハーフマラソンじゃん。
その後、とある場所に連れて行かれた。
そこは大森林の中でも開けた場所で、上を見ると月が見えた。
そして、その中心には、直径10 mはあろうかという大樹が聳え立っていた。
「先生これは?」
「これはツブヨリの大樹。現在の大森林の守り樹でもあります。カケルには半年の間に、この樹を倒してもらいます」
「え、守り樹なんですよね。倒していいんですか?」
「大丈夫です。昔からのしきたりで、これまで何本も倒してきましたから。資格倒せば、自然と別の場所に現れるので、遠慮なく倒してください」
「そうなんですね。大きくて、今の僕には無理そうですけど、でも普通の樹ですよね」
「さあ、それはどうでしょう、とりあえず火の魔法で燃やしてみてはどうですか?」
火の魔法、初級魔法なら僕でも撃てる。
萌えやすそうな葉を狙おう。
「燃えよ、バーニング」
炎を纏った球体が葉めがけて飛んでいく。
——パリン
到底、樹から聞こえるはずのない、ガラスチックな音がした。
葉を見ると、一切燃えてない。
どうしてだ。
「この樹には、対物理、対魔法の魔法式が組み込まれています。並大抵の斬撃や砲撃、魔法では散らされて傷すらつけられないのです。そして、今回はおまけで私がさらに防御力をアップさせておきました」
先生、それはいらぬお世話ですよ。
「では、カケル。暇を見つけてはこの樹を倒す努力をしなさい。半年の間にこの樹を倒すことができれば、最終試験を受ける権利を与えます」
「え、これが最終試験なんじゃないんですか?」
「当たり前です。この樹を倒すのははじめの一歩です」
こんな鉄壁の防御を誇る樹なんてどうやって倒せばいいんだよ。
まあ、あれこれ考えても仕方ない。
劣等生と言われた僕が挽回するチャンスをもらっているわけだから、頑張る以外選択はないだろ。
「燃えよ、バーニング」
もう一度火の玉を放つ。
やはり葉は燃えない。
これが今の僕の実力、これが今の立ち位置。
半年のうちに、絶対に進歩してやる。
久々に燃える感情。
こんな感情をこの歳になって持つなんて、自分でも驚く。
————
(1ヶ月後)
それから1ヶ月は怒涛の日々だった。
朝7時に起こされ、10 kmのランニング。
朝食を済ませ、座学。
数学や化学など基礎科目だけでなく、魔法史やら、民主連合国や帝国の兵法の違いなど。
学校では教えてくれない内容ばかりで面白かった。
4日に一回くらい、戦闘シミュレーションを駒を用いて行った。これをしておくと、近接戦闘中でも大局を考えながら行動できるらしい・
昼食の前に10 kmのランニング。
午後は魔法の練習。
とにかく重力球を何個も作ることに専念。なんとか7回まで出せるようにはなり、大きさも掌程度になった。
夕方からは剣術の稽古。
意外だったのは、ちびっ子先生は剣術も上級だったこと。
最近の魔法士は後方支援だけでなく前線にも送られることが多い。
ましてや、姫の護衛となればいつも前線であるのと同義だから、少しくらい覚えといた方がいいということだった。
先生は、ヒエンリュウ上級らしく、剣に火を纏わせ、烈火の如く切り付けてくる。
その後、先生の治癒魔術で傷を癒してもらった後、夜は、ツブヨリの大樹に手をつけ、重力球を食い込ませた。
しかし、全く削り取れもしない。
そんな生活を1ヶ月間ひたすらに続けた。
そんなある日だった。
いつも通り、ツブヨリの大樹に重力魔法をぶつけていると、大樹の後ろ側に人影が見えた。
「え、誰かいるのか」
声を掛けると、小さな影が揺れて、次第に近づいてきた。
「バレちゃったかー」
身長が150 cmくらいで細身だが、筋肉質の女の子だった。
ただ、明らかに人間っぽくはなかった。
なぜなら、耳が長かったから。
耳が長い——。
人間であんなに耳が長くなることなんてあるか?
「やっぱり変かな、この耳」
耳に注目していたことがわかったらしい。
「いや、変ということはないけど——」
「まあ、人からしたらおかしいよね」
「人からしたら?」
「あれ、君は僕たちを知らないの? まあ無理もないかもう200年くらい前に仲間は絶滅しちゃったみたいだしね」
何を言っているんだこの子は。
200年前に仲間が絶滅?
絶滅した地方なんてあったっけか。
「僕はね、エルフなんだ。エルフのアーサーっていうの。ちなみに女の子だよ」
エルフって、え、実在した?
物語ではよく出てきていたけど、実在するなんて聞いていない。
「やっぱりびっくりするよね。だけど、僕の方がびっくりなんだよ。最近、どんどんと五月蝿いから様子を見にきたら、森の守り樹を倒そうをしている人がいたんだから」
「それは——ごめん」
「まあ、いいよ。僕は寛大だからね。許してあげる」
「それにしても、どうしてこの大樹を倒そうとしてるの?」
「それは、試験を受けるためには、この樹を切らないといけないんだ」
「へーそうなんだ、試験のために——それは大変だね」
歯を出しながら可愛らしく笑う。
金髪で肩まで伸びた髪を左右に揺らしながらくるくる小躍りをするアーサー。
「だけどね、それじゃあ、この大樹は倒せないかな」
「え、そうなのか?」
「うん」
「どうしてわかるんだ」
「——、うーん、なんとなく」
なんとなくかい!
危うくそうツッコミそうになったが、頑張って抑えた。
「カケルは、この後どうするの」
「どうして名前を知っているんだ」
「それはね、前、ちっちゃい女の子と話しているところを見かけたんだ」
ちっちゃい女の子——先生か。
「え、怖いんだけど」
「大丈夫、私いいエルフだから怖がらなくても。まあ、僕は強すぎるから畏怖の念を抱いて怖がってくれる分にはいいけど」
「そう言われるとだんだん怖く無くなってきたな」
「えー怖がってよ。だけど、カケルはもう今日の分の魔力は使い果たしちゃったから、カケルのこと簡単に倒せちゃうよ」
「それは本気で言っているの?」
杖を構え直す。
この自称エルフの実力は未知数。
もしや、敵なのか。
「そんなに怯えないで、今日はノルンのところに戻った方がいいかも」
「先生も知っているのか」
「もちろんだよ。じゃあ、今日のところはね。また明日ね」
アーサーは森の方に消えていった。
大森林は様々な噂が跋扈する場所。
エルフの生き残りがいても、おかしくない———かもしれない。
そう言い聞かせることにした。
それから毎日、アーサーは大樹に現れた。
何をするわけでもなく僕の魔法の訓練を眺めているだけだった。
時々、マトを得たアドバイスをくれることもあったが、基本は見守るだけ。
話しかけてもどこ吹く風。
だけど、かなり楽しそうで、いつも笑っていた。
だけど、今日は違った。話しかけたらアーサーは答え田のだ。
「アーサー、いい加減教えてよ。君って言った何もなの?」
大樹に寄りかかり座りながら僕の方を見るアーサー。
「だから、エルフだってー、信じてないでしょ」
そりゃ信じられるわけがない。
エルフって伝説の存在で、御伽噺の中の存在で、ファンタジーとかの中にしかいないはずなのに。
「まあいいよ。みんな最初は信じないから、慣れてるんだよねーカケルのような反応」
「みんなって——他にもアーサーのことを知っている人がいるのか?」
「そりゃあね、僕、長生きだから」
まるでこの世の全ての悪を浄化してしまいそうなほどの屈託のない笑み。
ふと、孤児院の妹や弟達を思い出した。
彼らもこんな風に笑い、自然と僕の精神的支柱になっていた。
「アーサーって、森の中で住んでるの?」
「それはね、極秘事項なので、言えませ〜ん」
元気よく手を上げながら答えるアーサー。
私生活についてはやはり秘密らしく、質問の質を変えることにする。
「なあ、アーサーはこの大樹を守ってるって言ってたよね」
「そうだよ」
「だけど、僕は倒そうとしてるんだけど、止めなくていいの?」
「いいんだよ。だって、倒されるために守ってるんだもん」
ん?
倒されるために守ってる?
なんだ、この矛盾めいた言葉は。
「アーサー、それって矛盾してると思うんだけど」
「ん? そうかな?」
手に顎を乗せながら上を向いて考えるそぶりをするアーサー。
「だって、倒されるのを守ってるはずなのに、倒れされるために守ってるって」
「ああ、うーん、これって言っていいのかな。まあいいか。この大樹を倒す資格を持つ人が現れるまで守ってるんだよ。この大樹はね、その資格を持つ人物が現れたときに、唐突に出現するんだよね」
「そうなんだ。じゃあ、僕が資格を持ってるから倒してもいいと」
「まあ、そんなところ〜。だけどね、このままだとカケルはこの大樹を倒せないよ。何か、カケル——おかしいよ」
おかしい?
急な棘のある発言。身構えてなかったから僕の心に釘が刺さったよ全く。
「何がおかしいんだ」
「目が死んでるとまでは言わないけど、その、本気さがない。君は、もしかして戦う理由がないのかな。うーん、でも、そうでもないような」
確かに、本気さは足りないと思う。それに戦う理由なんて曖昧でないに等しい。
突然姫に呼び出され、護衛になれと言われ、挙句のはてに強くなれと。
そんな状況下で大義を見出せと言われても無理な話だ——と僕は思うんだけど。
「僕にはカケルが何に悩んでいるかはわからないけど、これだけは言える。その心のモヤモヤを取り払わないと大樹は倒せないよ」
心のモヤモヤ——、僕はモヤモヤしているのだろうか。
いや、していない。
重力魔法が扱えて、魔法が弱いのは魔法回路が整理されていないからだと知って、これまで知らなかったことがどんどん明らかになって、むしろ今調子がいいくらいだ。
アーサーには一体、何が見てているんだろう。
アーサーはまだ考え込んでいる。
するとポツリと、「荒療治が必要なのかな」と、つぶやいて森の中へと消えていってしまった。
荒療治——言葉の響きは物騒だが、一体アーサーは何を考えているのか。
今のところ、敵っぽくはないけど、それでも、彼女は一体何者なんだろうか。
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