第8話 見栄
「あなたの属性と魔法容量ゼロの理由がわかりました」
そう告げた先生は、向かいの席に腰掛けた。
どうやら、水晶を破壊したことに関してはお咎めはないらしい。
「先生、それで、何がわかったんですか」
「まず、カケルの属性ですが、初めは4属性かと目を疑いましたが、そうではありませんでした。水晶が割れる瞬間、一瞬黒色になりましたね。あれがあなたの色、あなたの真の属性色は黒です」
黒?
聞いたことがない属性色。
てか、黒属性が得意な魔法ってなんなんだ?
「黒属性は、忘れられた属性。いや、堕天使として嫌われた属性。今やその属性について知る人はいないでしょう。たまたま私の祖先が黒属性だったから私は知っていますが」
やけに勿体ぶる先生。
そんな前置きはいいから早く教えてほしい。
てか、堕天使?
あれか、この国が統一される前の神話だって聞いたことがある。
英雄アルタレスは、攻め入ってきた何十万の敵を一度に撃破し、さらに敵将の堕天使を仕留め、国に安寧をもたらしたと。
って、そうなると堕天使って悪者じゃないか。
「勿体ぶるなって顔をしていますよ。いいでしょう。言い伝えになりますが、黒属性が得意な魔法は、重力です」
重力?
重力ってあれか、今この体に働いてる力のことか。
質量と重力とで物理の問題をややこしくするあの重力か。
昔の偉い人が、リンゴが木から落ちるところを見て閃いたあれか。
だけど、特別そうな魔法で、良さげだけど、どうして先生は憂いているのだろう。
「重力魔法、聞こえはいいですが難点が多い魔法です」
「と言いますと」
「どういった技が使えるのかわからないのです。伝承すらほとんどないので」
「だけど、先生の祖先は重力魔法を扱ったんですよね」
「そうです。しかし、殆どわからないのです。」
「あ、もしかして!」
急に大声を上げる先生。
何かを閃いたようだ。
「ちょっとこの試験紙を口に挟んでください」
先ほどまで先生が咥えていた試験紙が口に突っ込まれる。
「それで、この校正用魔法玉に右足をのせて、その上から私が踏むと」
座ったまま、右足の下に魔法玉が入れられ、その上から先生が足を踏んだ。
この状況、側から見たらかなり変人達の集いに見えるんだろうな。
そんなんことを考えているうちに、あれよあれよと先ほど魔法容量を測定した時と同じ格好をしていた。
違うのは、僕の口に試験紙が突っ込まれていることと、足を踏まれながら魔法玉を踏んでいること。
「じゃあ、もう一度魔法容量を測定します。さっきと同様に魔法を自然と垂らし続ける感覚で————、やっぱり」
先生の目が輝いている。
今なら虹色ビームを目から発射できそうな勢いで。
やっぱりと言った先生の目は、口に挟んだ試験紙に向けられている。
下目で見ると、なんと、色が変わっていた。
その色は真っ赤。
先生は、試験紙を僕の口から取ると、色彩対応表に照らし合わせながら、容量を確認する。
「やっぱりね」
「先生、早く教えてください。測定できたんですよね」
「はい、できましたよ。カケルの魔法容量は100 Gyです」
おお、当初より100倍も多い容量だ。
でも、どうしてさっき測定できなかったんだ?
「さっきは測定できませんでしたが、意外に単純な理由でした。本来ならば私の方に流れてくるはずが、黒属性の重力の影響で、私の魔力がカケルの方に流れていってしまってたんですよね。だから、測定者をカケルにして、校正用は私が補助しながら測定したら、きちんとカケルの魔力容量が測定できたわけです」
なるほどなるほど、
大体理解できた。
「あと疑問なんですが、一般魔法士の魔力容量って30 Gyくらいですよね。それ以上の容量があるのに、どうして僕の魔法は威力が弱いんですか」
「そうなんですよね、それがよく分からないんですよね。確かに、カケルの魔法回路は他の人より質が悪いです。整っていない。子どもの頃なら矯正できるんですけど、大人になってからはリスキーですからやらない方がいいです。だけど、整っていないだけで、一般魔法士くらいは魔法を発動できそうな回路なんですけどね」
回路は粗悪でも、十分らしい。
じゃあ他に何か原因があるのか。
「なんですかね。精神的面でも左右されるらしいですが、何か心当たりがありますか?」
精神面?
うーん、まあ、確かに、ほんのすこーし、ビビリだけど、それが、それほどまでに、影響しているとは——思わないけどな。
「思い当たることはないようですね。まあいいでしょう。魔法容量は人並み以上にあることは分かりましたから、正しく訓練すれば、もっと魔法が上達するでしょう。それにしても、こんなこともあるんですね。勉強になります」
なんだか先生は嬉しそうだ。
根っからの勉強家らしい。
新しいことが知れて嬉しがる先生はなんだか可愛かった。
それにしても、自分には人並み以上の魔力があったなんて——。
なんというか、なんだか嬉しい。
これまで、魔法が使えない劣等生として生きてきた自分としては、一筋の光明が見えたような気がして。
ちびっ子魔法士の腕は確からしいし、それになんだかんだ優しいし、感謝しないとな。
それに、ノルン先生に引き合わせてくれた姫様にも感謝しないと。
感謝か——。
魔法のことで誰かに感謝するなんて初めてだな。
忌み嫌ってきた魔法が、まさか自分の希望に生まれ変わろうとしてるなんて。
いやいや、まだ魔法が上達したわけじゃないし、魔法容量は人並み以上でも、魔法が上達するかは、まだ分からないし、安直な過信を危ないな。
だけど、心は正直で歓喜で満ち溢れている。
そういえば、さっき僕の魔力容量を先生が伝えた時、その容量の大きさに先生はちっとも驚いてなかったな。
先生にしては大したことなかったのかな。
まあ、参考までに聞いてみるか。
「あの、先生」
「はい、なんでしょうか」
今日の出来事を熱心にノートに記載している先生に話しかける。
反応した先生は、興奮気味に顔を上げた。
「先生の魔力容量ってどれくらいなんですか?」
「私のですか? 私はですね約500 Gyです」
うわお。このちびっ子ノルン先生は、姫様のお師匠というだけあってやっぱり規格外だった。
謙虚に生きようカケル・ウェン。
————
(ノルン視点)
やっとこさ家に着いた。
エリーゼ姫のあの猛烈なお願いからして、とんでもなく優秀な人材が発掘されたからなんとかして欲しいということかと思ったら、目の前に現れたのは凡人。
魔力すら感じないただの凡人。
しかも初対面で、足、尻、胸、顔、胸と体を舐め回すように見てきて、胸は2回見てきたのよ。
そして、しまいには少し残念そうな顔をして。
エリーゼの美体には遅れをとるかも知れないけれど、私だってそこそこ男が言い寄ってくるくらいには良いはずなのに。
もう、なんでこんな男に魔法を教えないといけないんでしょうか?
まあ、彼女の野望のために必要だというから渋々引き受けましたが。
まあ、エリーゼが今度、入手困難なチーズケーキを王族特権で買ってきてくれるっていうからいいでしょう、前途多難そうですが。
秀才とかだったら、もっとやる気が出たのに。
まずは、家のルールから決めないと。
エリーゼが、カケル・ウェンは胸が好きみたいだから、良い人だけど、一応気をつけてねって言ってたから、自分の貞操はしっかり守らないと。
まあ、部屋を分けるのは当然よね。
あと、そうお風呂。
家の中にお風呂があったら、思春期の男の子は当然覗くわよね。
だから、貞操を守るため、家にはお風呂を作りたかったわ。
本当は、お風呂に入りたかったけど、それは我慢しないと。
まあ、今は春だし、半年後は秋だし、川の水で十分よね。
さてと、昨日診断書を見たけど、やっぱりパッとしない能力ですこの子は。
横で寝ていた、ダイ・オリバの方がよっぽど魔法力が強かった。
まあ良いでしょう。
やるだけやってみますか。
なんですかこの子は、なんで魔法容量が測定できないんですか?
私の腕が鈍った?
いえ、そんなことはありません。
いささか、魔法の流れがおかしい。
確かに、私の中にカケル・ウェンの魔力が流れてくる感覚がしない。
私の魔力容量が大きすぎるせい?
いや違う。エリーゼの時は測定できていた。
あの時と、容量はほとんど変わっていない。
もしかして、本当にカケル・ウェンの魔法容量はゼロなのでは?
診断書は全て嘘?
いや、決めるのは早計です。
カケル・ウェンは、魔法設計したあと具現化できるのです。
魔法は使えるのです。
そもそも、全ての人が一定の魔法容量を持っている。
だからゼロなんてあり得ないのです。
じゃあなんで?
考えても埒がありません。
そうです。先に魔法属性を測るのです。
それで、今晩寝ながらじっくり考えましょう。
うまい言い訳を。
この水晶高かったんだよな。
本当は5億ベルするところを値切って1億ベルにしてもらったんですよ。
壊さないように慎重に運ばないと。
カケル・ウェンの手を乗せて、その上に自分の手を——以外にしっかりとした手をしてますね。
まあ、男の子ですもんね。
さあ、属性を調べましょうか。
はてはて、属性はしっかり測定できているみたいですね。
緑色、やっぱり風ですか。
そうなると、なぜ魔法容量が測定できなかったか、謎が深まりますね。
ちょっと待って。
渦状になってきた——初めて見ました、これは一体……、え、赤色?
カケル・ウェンは2属性持ち?
これは厄介なことになってきました。
2属性持ちは器用貧乏になりやすく、どちらも上達しないことがほとんど。
これは早めにどちらの属性を伸ばすか決めた方が良さそうで——え、何かおかしい。
嘘でしょ。
水晶の中が青色に変わった。
どういうこと? 測定ミス?
水晶が粗悪品だった?
いや、私自身の属性はしっかり測定できてたし、エリーゼも測定できた。
劣化した?
その可能性は考えられるけど、私が補助しているわけだし、劣化による測定ミスぐらいカバーできるはずなんだけど。
って、ちょっと待って、また色が変わる。
茶色
全属性持ち、あり得ない。
そんな記述見たことがない。
この子の魔力容量がゼロであるのと何か関係があるのでしょうか。
魔力容量ゼロという異質さを鑑みると、もしかすると奇跡の4属性持ちということもあり得なくはないのかも知れません。
——ピキ
やばいです。
あんなに高価だった水晶にヒビが入りました。
今ならまだ修復が可能です。
すぐに測定をやめないと。
「先生、手が離せません」
カケルが叫んでいる。
確かに離れない。
なんで離れないんでしょう。
このままだと割れてしまいます。
1億ベルが割れてしまいます。
ああもうだめだと思った瞬間、そんな後悔の念も吹き飛ばすほどの、光景が目に飛び込んできました。
水晶が黒く染まったのです。
なんということでしょうか。
彼は黒属性だったのです。
黒属性の魔法士——別名不運の魔法士。
普通は得意魔法によって二つ名が付けられますが、黒属性の魔法士だけは違います。
黒属性の魔法士の二つ名は既に決まっているのです。
しかし、この二つ名を知っているのは、かつて黒属性魔法士と関わり合いがあった我々一族の身が知っている事実。
なぜ、このような二つ名がついたかはわかりませんが、歴代の黒属性の魔法士は、不運な運命を辿る宿命だと言い伝えられてきたわけです。
他には、黒属性魔法士は堕天使の末裔で、突如現れ災厄をもたらすという伝承もあります。
カケルはニヤニヤと喜んでる雰囲気ですが、そんなに楽観視できないことを伝えなければ——、いや、今は伝えるタイミングではありませんね。
カケルがそうなるとは限りませんし。
私が正しい道を示せば、良いだけです。
まあ、通常は、死にやすいということは伝えた方がいいかも知れません。
なんだかんだ、これも縁なのでしょう。
覚悟が決まりました。
先ほどまでは、あれよこれよと嫌がっていましたが、不幸になるかもしれない子はほっとけませんし、そういう大人にはなりたくありません。
まあ、さっきまでの罵詈雑言を吐いていた態度からの、変わり身の早さはしっかりと反省します。
歳を取っても、まだまだ私という人間は浅はかですね。
さてと、もう一つ解決しないといけないことは、魔法容量ですね。
黒属性ならちゃんと魔法容量が人並みにはあるはず。
なぜ、測定できなかったのでしょうか。
黒属性魔法士が得意とする魔法は重力。
その特殊性ゆえ、黒属性魔法士は、重力に敏感で、体内に流れる魔力も重力を帯びるだとか——、まさか、私の魔力がカケルに逆流している?
試してみないと——。
やっぱりそうだ、測定者を入れ替えれば、しっかり測定できた。
おっとびっくり、試験紙が真っ赤じゃないですか。
真っ赤は測定限界を超しちゃってますよ。
もっと大容量用の試験紙を持って来ればよかったです。
えっと、確か、この赤色は、記憶によると大体100 Gyくらいだったような。
まあ、人並み以上だってことはわかったわけですし、100 Gyにしておきましょう。
さてさて、こんな歴史的状況に遭遇したんだからしっかりメモを取っておかないと。
だけど、どうして魔法出力が弱いんだろう。魔法回路が整理されていないとしても、あそこまで弱くなるでしょうか。
ん? カケルが呼んでる?
あ、また悪い癖が出た。
興奮して集中しちゃうと周りが見えなくなってしまうんですよね。
えっと、なになに? 私の魔力容量ですって。
まあ、知りたくなりますよね。
先生と呼ぶ存在がどれほどの力を持っているのか。
自分が学ぶに値する人間なのか。
私にも見栄を張る時代がありました。
人間、幼いと自分を大きく見せたくなるものです。
ですが、私は大人になりました。
昔みたいに1000だとか1万だとか言っていた私ではないのです。
身の程を弁えたのです。
しかし、まあ、実際、私のところ250 Gyくらいなのですが、ここは威厳を保たなければならない緊急事態ですので、少々の嘘は仕方ないと思います。
ですから、こう言いました。
500 Gyくらいだと。
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