第7話 魔力容量

 ——コンコン


 誰かが扉を叩く音で目を覚ます。

 時計を見ると朝の5時。

 こんな朝早くから一体誰の訪問か。


 恐る恐る扉を開けると——、そこには、今時珍しいとんがり帽子を被り、白を基調に幾重にもベルトが付けられたローブに身を包んだ13歳くらいの少女と姫様。


「君が、今回の私の生徒ですか? 君のことはエリーゼから聞いていますが、魔法学校の劣等生らしいですね。そもそも、魔法訓練は幼い時に始めることで最大効率の最大効果を得られるわけで、だから私はいつも6歳くらいの子しか弟子にしないわけで、もうこんなに大人になってしまってからではい——」

「お師匠、お師匠、それはわかってますから」


 ジト目で気だるそうに延々と駄文を重ねる少女の話の腰を横から折る姫様。

 その様は、いつもの出来事かのように慣れていた。

 てか、この少女、今お師匠って呼ばれていたよな。

 まさか、この子が僕の魔法の先生になるのか?


「はあ、エリーゼ、見ましたか? 今、彼、こんな小さな子に魔法を習うのか

 と思いましたよ。人はすぐ見かけで人を判断する」

「お師匠、しょうがないですよ。だって、こんなに小さくて可愛らしいんですから、初対面ではそう思ってしまいますよ」


 帽子の先端を軽く摘み下にひく少女。


「カケル先輩、朝早くすみません。こちらが、私の師匠のノルン・バイエルです。二つ名は火の女王。小さいですけど、こう見えてそれなりの年齢です」

「エリーゼ、勝手に伝えるんじゃありません」

「まあまあお師匠」


 癖毛なのだろうか、白い前髪の少しうねっている部分を人差し指でくるくると巻いている。


「は、初めまして。カケル・ウェンです。よろしくお願いします」

「ノルン・バライカです。期限は半年。私が手を貸すのはそれまでです。どこまで上達するかはわかりませんが、私にとっても大切な弟子の護衛となれば、それなりに強くなってもらえなければいけません。さあ、早速出発しますか」

「出発ってどこへ? 王宮の庭で訓練をするんじゃないんですか?」

「何を言ってるんですか? こんなところで訓練をしたら死人が出ますよ」


 通用門を出ると、そこには————何もなかった。

 あれ?

 ああそうか、これから迎えの車が来るんですな。


「さあ行きますよ」


 目の前に何もないのに、出発すると言うノルン。

 え、どう言うこと?


「何をしているんですか? 杖はどうしたんですか? 早く準備してください」

「準備って、一体——? 車を待つんじゃないんですか?」

「車? そんなもの使いませんよ。これだから最近の若い魔法士は」

「あはは、すみません、でも車を使わないとなると、どうやって」

「手を貸してください」


 右手をノルンの方に差し出す。

 まさか、転移魔法とか使うのかな、あれって禁忌なはずだけど、姫の師匠ならそれくらいしても問題ないのかもしれない。


 ノルンが僕の手を掴む。


「ん?」


 不機嫌そうな顔が急に疑義を感じている表情に変化した。


「まあいいです。それじゃあ行きます」

「って、えええええーーーー」


 突然、足裏の感覚がなくなった。

 というか、全身の重力感がない。

 って、浮いてる?


「しっかりバランスを取ってください。もしかして、浮遊魔法は初めてですか?」

「は、はい、初めてです。教科書では見たことがありますが、使用できる人は現時点で数える程度しかいないって」

「今となってはそうなのですね」


 ノルンは、少し頬を赤らめながら、片手で帽子を深く被る。

 ん? なんだか嬉しそうだ。

 自分が希少な存在だと知って嬉しがっているのかな。

 なんだ、案外ちょろいのかもしれない。

 てか、何気に浮遊魔法を無詠唱で使ってるあたり、姫様のお師匠様だな。


「ちょっと先生、待ってください」


 下の方から姫様の声が聞こえる。

 何やら叫んでいるが——、制服の必死にスカートを押さえているようだ。


「あ、すみません、間違えて姫様のスカートにも浮遊魔法をかけてしまいました」

「早く解除してください」

「はいはい」


 暴れん坊のスカートが落ち着く。

 姫様がほっと胸を撫で下ろしている姿が見えたその時——。


 グイン


 いきなり前方へと体が引っ張られ始めた。

 後方を見ると、姫様が笑顔で手を振っている。


 王宮から大森林の方へと移動していく。

 どれくらいのスピードなのかは分からないが、結構なスピードが出ていることは体感でわかった。


「昔は浮遊魔法なんて、子どもでもできたんですけどね。最近の子は魔法力も弱くなってきているみたいで、浮遊魔法すら使えないみたいですけど。これは、魔法士の絶滅も早いかもしれませんね」


 大層昔から生きているような口ぶりだ。

 この世界に、魔族やエルフなどファンタジーに出てくるような長寿種は存在しない。

 普通の人間だけなはず。

 ただのおませさんで大人振りたいだけなのかな。


 ————

 数十分が経っただろうか。


「そろそろ着きますよ」


 普通なら車で2時間ほどかかるはずなのに、下には鬱蒼とした森林が見えた——大森林だ。


 大森林は、王都の東側に位置し、樹齢1000年を大木や、やたら背の高い樹木などが乱立し、鬱蒼としており、乾季と雨季の2季しかない。

 昔は魔物なんかもいたらしいけど、100年ほど前に大森林が戦場と化した時に、副次的に魔物も大量討伐されたらしい。

 しかし、今でも、鬱蒼として気味が悪く、神隠し伝説が残る大森林に近寄りたいと思うものは少なく、そのせいで、密入国者や犯罪者など街で生活できない人々の溜まり場になっているという噂も聞いたことがある。


「着きました」


 地面へと近づく。

 10 m……、5 m、3 m 、2 m、1 m

 地面が眼下に近づいた瞬間、体が急に下方向に引っ張られた。

 ノルンが浮遊魔法を解除したのだ。


 ——ドスン


 いきなり浮遊魔法を解除されたため、着地はできたもののバランスを崩して尻餅をついてしまった。


「あ、すみません、そういえば初めての浮遊魔法でしたね」


 小言を並べていたノルンも、自分の非はすぐに認めるらしい。

 案外いい人なのかもしれない。


「いえ大丈夫です」

「そうですか。さて、ここでこれから半年間暮らしてもらいます」


 目の前には、お菓子の家——ではなく、ログハウスのような木の家が建っていた。


「私の家系には定住という概念がないので、魔法で昨日作りました」

「魔法で?」

「はい、このスクロールに魔法式が書かれてまして、これを使えば簡単にできます」

「師匠は魔法設計もできるんですか?」

「もちろん」


 やっぱり——、必死に照れ隠ししてるみたいだけど、頬を赤らめ俯く仕草から、照れてることが丸わかりだよ先生。


「さあ、入りましょう」


 部屋に入ると、2人用の小さな机と、小さい家のわりにしっかりとした台所。

 オーブンや、食器洗濯機までついている。

 個室は2つあって、一つは先生用、もう一つは僕用。

 物置部屋はあるが、お風呂はない。

 スペース的に、風呂のスペースがなかったとのことだった。


 とりあえずダイニングの椅子に座るように言われる。


「さあ、小さい家なので、ルールを決めましょう」


 帽子を脱いで、綺麗な白い髪を伸ばした師匠が部屋から出てきて言った言葉。


「ルールですか?」

「はい、私の貞操を守ためでもあります」

「いや、何もしませんって」

「ダメです。男は何をするか分からないってお母さんが言ってましたから。あと、師

「お母さん—? そうですか。じゃあ、ルールを教えてください」

「その前に、師匠と呼ぶのはやめてください。あなたを弟子にしたつもりはないので」

「じゃあ、なんと呼べば」

「先生でいいです」


 あ、そうだった。姫様から言われていたんだった。

 ルールは一般常識から不思議なものまで存在した。


 先生の部屋には許可がある時以外入ってはいけない。

 家の中では服を着ること

 風呂がないので近くの川で体を洗うこと

 3日に1度は風呂に入ること。

 覗きは厳禁、したら死刑。

 ご飯は先生が作ること。

 外部との連絡は断つこと。

 毎日練習後に家の前の大樹に魔法をぶつけること。


 大樹に魔法をぶつける?

 一体なぜ? まあそのうち分かるか。


「では、初めにカケルの魔法量と属性を見てみます。まあ、先ほどあなたの診断書を見たので相違ないとは思いますが、一応これも私が弟子を取る時のルールでもあるので」


 この国では、8歳の誕生日前後1ヶ月の間に、魔法士としての素質があるかどうか診断されなければならないという法律がある。

 大概、3~4歳で魔法が使えるかどうか分かるのだが、診断の際に、魔法容量の測定、魔法属性の測定が行われる。

 魔法容量は、大気に満ちた魔力を体に通して魔法を発動する際に、体に一時的に蓄えることのできる容量のことで、使用できる魔法の質や数、威力などに影響する。

 一方、魔法属性は、基本的に火、水、風、土の4つ、得意な魔法が何かが分かる。


「さてと、カケルの診断書では、風の属性で、魔法容量は1 Gy(グレイ)でしたね。辛うじて魔法が使えるくらいというわけですね。まあ、8歳以降は殆どこれらの値は変わらないわけですが、どれどれ」


 先生は、右手で僕の右腕を掴み左手で僕の右手を掴んだ。

 口にはリトマス試験紙おような細い短冊を加えていて、右足で、校正用魔法玉(1 Gy)と書かれた石のような球体を踏んでいる。

 相手の腕に流れる魔力を自分に流すことで、口に咥えた紙が変色し、それを色彩対応表と照らし合わせることで、相手の魔法容量などを知るごく一般的な測定方法。

 いわゆる電位差で測定するような感じで、魔法力差で測定するような感じらしい、難しい話はわからない。


「ん? おかしいな」


 先生が首を傾げている。

 何がおかしいのか。

 もしかして、実は、診断結果は間違いで、魔力総量が多いとか?


「ちょっと待ってくださいね。ちょっと痛いかもしれません」

「痛て」


 腕と手がまるで静電気が発生した時のようにちくっとする。

 先生が魔法を使っていることが物理的に分かった。


「やっぱりおかしい。この診断書は間違か? カケル、あなた設計した魔法式から魔導具を具現化できるんですよね」

「はい、それはもちろん」

「なら、魔力はあるか。だけど、おかしいな」

「何がおかしいんですか?」

「えっとですね、試験紙の色が変わらないんですよね。つまり、その、カケルの魔力を測定したところ、魔力容量が0なのです」


 ゼロ?

 魔力容量がゼロ。

 いやそんなわけがあるはずないじゃないか。

 だって、これまで魔導具の具現化はできてきたわけだし。

 先生の魔力が多すぎて、僕の魔力が誤差のように感じてしまって魔力量がゼロだって勘違いしただけじゃないのか?

 まさか病気か?

 現に、劣化病という、魔法力が急激に低下する魔法士固有の病気は存在する。

 病気だったら嫌だな。だけど、色々諦めがつくかもしれない。


「う〜ん、腕が鈍ったかな。だけど、微細な魔力すら感じ取れるこの私が、彼の魔力を測定できないなんてあり得ない。そもそも、魔法が使えない一般人にだって、この世界で生きているならば必ず魔力を測定できるはず」


 僕の存在を置いてけぼりにして、考えあぐねている先生。

 僕は一体何をしていればいいのだろうか。

 一緒に原因を考えた方がいいのかな。


「まあ、いいでしょう。原因は後で考えます。じゃあ、先に魔法属性を調べましょう」


 そう言うと、先生は家の中から顔くらいの大きさの大きな水晶を持ってきた。

 ああ、懐かしい。

 魔法診断の日にも無色透明の水晶。

 確か8歳の時に受けた診断では、最初は何も変化がなく無色だったんだけど、困っている診断士の人を見ていたらなんとかしないといけないと思っていたら、わずかに緑色に変色したから風属性の診断を受けたんだったけ。


「これは高価ですから、1億円しますから、嘘ではないですから、慎重に扱ってください」


 空中に浮く水晶に手を置く。

 すると、その手に先生も手を重ねた。


「え、先生も手を重ねるんですか?」

「そうですよ。これが正式なやり方です。だって、8歳の子に魔法を使えって言ってもうまく使えない場合もあるでしょ。だから補助してあげるんですよ。魔法回路に沿ってゆっくりキチンと魔法を流せるように」


 補助——、あの時診断士の人はそんなことしてくれなかった。

 怠惰だったのか?


「じゃあ、行きますよ。もう17歳なので、補助する必要がないかもしれませんが——、一応、補助します」


 自分の中に湧き上がっている魔力を何も加工せずにそのまま手から排出する。

 いつもよりかなりスムーズに魔法回路に沿って魔法が流れでる。

 これは補助のおかげか。


「おお、属性はしっかり測定できるみたいですね」


 先生の言葉通り、水晶の中心部が緑に染まっていた。

 やっぱり僕には魔力がある。それには安心した。

 しかし、診断した日には、こんなに渦を巻いていたっけ。


「渦を巻いていますね。珍しい」


 先生も一緒に水晶を見ながら驚いている。


「え、嘘」


 一緒に渦を眺めていた先生が小さく声を上げる。

 水晶玉をよく見ると、渦の中から次第に違う色が生まれてきていた。

 その色は赤だった。


「あなた、混合属性だったの?」


 時々、複数属性を持つ魔法士が生まれることがある。

 そういった魔法士を混合属性魔法士といった。

 しかし、混合属性とは一見強そうに見えるが、そうではない。

 魔法というのは1属性ですら極めるのが難しい。

 2属性となれば尚更。

 混合属性魔法士はどうしても、2つの属性の魔法を極めたくなってしまい、余程の傑物以外は、器用貧乏みたいにどちらの魔法も極められないという、二兎追うものは一途も得ず状態になってしまうのだ。


「これは困りましたね。2属性とは、どちらを極めるか悩みものですね」


 先生の中では、どちらか一方を極めるという判断がすでになされているらしい。

 まあ、僕はどうみても傑物ではないから、その判断は至極真っ当だとは思うが、少し心が寂しかった。


「そろそろ止めますか?」

「んあ? あ、そうだね。カケルの正確な属性もわかったことだし、にしても、なんで魔法容量がゼロなのかは気になるところだけど——って、え、ちょっと待って」


 先ほどより大きな驚き——、先生の口が大きく開いたまま静止している。

 ただ、その驚きは僕も感じた。


 赤く染まった渦が、また変化しようとしていた。

 渦の中心に見えるのは水色。

 それは、水属性を表す色。

 え、3属性?

 3属性を有する魔法士なんて聞いたことがない。

 いや待てよ、また渦の色が変わりそうだ。

 え、今度は茶色?


 水晶の中の渦は茶色を示していた。

 それが意味することは。

 4属性保有者ということ——。

 先生は、涎を垂らしながら、口を開けたままこちらを見てくる。

 先生が驚愕するのも無理はない。

 4属性持ちなど、存在し得ないということがこの世界の通説。

 幾度となく証明が試みられ、理論的には証明されていたはず。


「カケル、あなた、4属性持ちかもしれないのね」


 ポツリと呟く先生。


「そろそろいいわ。水晶から手を離して」

「はい」


 水晶から手を離そうとする——が、離れない。

 水晶に手が吸い寄せられているかのように離すことができない。


「先生、手が離せません」

「え、どういうこと——って、本当に離れないじゃないですか」


 補助として手を重ねている先生も手を離すことができないらしい。

 何これと狼狽する先生。

 先生これやばいって、とさらに狼狽する自分。


 水晶の中の渦は荒れ狂い、緑、赤、青、茶色と何度も何度も色を繰り返し変化させている。


 ——ピキ


 水晶玉に亀裂が入った。

 やばい、割れる。

 こんな高価な水晶玉を割ったら先生に怒られる。

 だけど、一向に手は離れない。


 渦は極限まで回転し続け、——次の瞬間



 静止し、水晶を黒く染め上げた。


 そして、粉々に砕け散った。




「すみませんすみませんすみません」


 早口で謝り通す。

 1億円なんて到底弁償できるはずもない。

 シスターエリスだってそんな額、持ち合わせない。

 姫様だったらあるいは、とは思うけど、頼るわけにはいかない。


 ワナワナと震える先生。

 やっぱりショックだったようだ。

 どうすればいいんだ。


「先生、あの、本当にすみません」

「カケル——」


 やっと言葉に反応してくれた先生。

 すると意外な言葉を発した。


「あなたの属性と魔法容量ゼロの理由がわかりました」














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