第6話 それぞれの課題
——バン
乾いた大きな音は、ダイの拳銃から発せられた音ではなく、重々しい後ろのドアでもなく、元帥閣下の右側に備え付けられた木のドアが勢いよく開かれた音だった。
甘く麗しい匂いが充満する元帥の部屋。
この匂い嗅いだことがある。
大きな音とともに元帥の部屋に設置されたもう一つの扉から突如現れた金髪で蒼井見栄を持つ長い髪の少女。
その少女を知っている。
エリーゼ・エメリア——この国唯一の姫。
「ダブル国務長官、遅いから何かあったのかと思い来てみて正解でした。何をなされているんですか」
姫様は、可愛らしいお顔で最大限の威圧感を醸し出す。
ただ、元帥には何も通用していないようだ。
あんなに可愛い顔で威圧されたら、僕だったら鼻の下が伸びかねない——・。
「はい、この者達が姫様の希望した護衛です」
「話を逸らさないでください。なぜ彼らに自害を迫っているのですか?」
「ああ、これですか。仮にも姫様の護衛です。この国で最も忠誠心の厚い者にその任を与えるのが筋だと思いまして、彼らの忠誠心を試していただけです」
「忠誠心を確かめるために実弾入りの拳銃でこめかみを撃てと」
「ははは、何をご冗談を。姫様は少し勘違いしているようです。ちょっと貸せ」
——バン
ダブル元帥は、拳銃を奪い取ると間髪入れずに自分めがけて発砲した。
無慈悲に、無慈愛に、表情もなく、無感情で発砲した。
人の心を捨てたやつしか元帥になれないのか。
そう思わせるほどに、無表情でヒトではない何かのような顔をしている。
まさに一瞬の出来事。
一瞬の出来事に、最後の天才であるダイですら防御魔法の展開なんてしている暇はない。
「何をしているんですか! ダブル国務大臣!」
姫様の怒号が響き渡る部屋で、元帥一人だけが涼しげな顔で、にやついている。
「まあ、落ち着いてください姫様。そんなに怒っていては可愛らしいお顔が台無しです。大丈夫ですよ」
「この逆賊め、父を傀儡できても、私はそうはいかないわ」
「おうおう、物騒なことをおっしゃいますな。これは訓練用の弾です。発砲と同時に消える弾ですよ。それにしても、劣等生であるウェンは気付けないにしても、最後の天才と言われているオリバがこの弾に仕組まれた弾を消す魔法式に気付けないとは、動揺していると気付けないようでは精神力がまだまだお子様ということか」
一度口を開けば、一個嫌味を言わなければ気が済まないタチらしい。
「それと姫様。私はやはり反対です。実力不足の学生魔法士に姫様の護衛が務まるはずがありません。しっかり訓練を受けた兵士を護衛につけるべきです。姫様もお年頃であることは理解していますが、年頃の男子を二人も護衛につけると姫様の品性も疑われかねませんよ」
「暴虐の限りを尽くすあなたには言われたくありません。あなたよりは品行方正なつもりです」
「これは手厳しい」
「この話はもう済んだことです。もう一度議論するつもりはありません」
「さようですか。しかも聞いたところによるとこの二人を選抜した方法がクジだったとか。今回は奇跡的に最後の天才と言われているオリバを引き当てたからいいものの、このような愚策で将来国政に挑まれては困りますよ」
「国務長官、諫言はそれで終わりですか?」
王家の証でもある青の透き通った瞳で睨みつける王女。
その瞳を見つめていると吸い込まれそうになる。
これが王家の威厳なのか。
「何を言ってもお聞きにならない。いいですよ。私の方はもう何もありません」
机に座りながらため息をつく元帥。
「では、カケル・ウェン、ダイ・オリバ、私についてきなさい」
王城の中の長い廊下を延々と歩き続ける姫様の後に続く。
初めてこんな近くで王女に謁見したが、意外に小柄で華奢だった。
ただ胸は大きい。
「さあ、この部屋に入ってください。ここが私の居室です」
部屋に入ると、ドアの横には、黒いロングワンピースに白いエプロンをつけ、太ももには白い網タイツにガーターベルトを装着したメイド——凛が立っていて、お辞儀をする。
部屋は至って質素だった。
一般家庭にもありそうなシンプルな暖炉に、シンプルな水色の時計。流石にベッドはキングサイズではあったが、天幕などはなく全体的に質素だった。
姫様自らが自分の居室だと言わなければ、そうだとは思わないほどに。
姫様は部屋に入ると、これまた直線的で装飾のないシンプルな短い杖を取り出すと、静かに魔法を発出する——沈黙の魔法を。
部屋には、御簾がかかったように黒いもやがかかる。
沈黙の魔法、それは密談を行う際によく使う魔法だった。
しかも今回の沈黙の魔法は、よくみる魔法とは違って濃密であった。
どんな話を聞かされるのだろうか。
まさか、元帥みたいに死ねとか言わないよな。
「さあそこに腰掛けて」
先ほどダブル元帥と話した時のように厳しい目つきの姫様に言われるがままに応接間に置かれていそうな大きなソファにダイと一緒に腰掛ける。
「大丈夫です。私は突然死ねなんてことは言いません」
姫に考えが見透かされていた。
まあ流石に、昨日助けてくれたわけだし、死ねとは言わないか。
「さて、何から話しましょうか。そうね。あなた達をここに呼んだのは先ほども申し上げた通り、私の身辺の護衛係に任命したからです。今日から王宮に住み込みで働いてもらいます」
王宮で、住み込みで、姫様の警護?
あれ、第11区の補充要員として徴兵されたんじゃないのか。
「その顔は、最前線に送られると思っていましたか? 流石に学生魔法士を徴兵していきなり激戦区に送り込むことなんてしません。この国もそこまで落ちぶれていません。帝国の方はどうかはわかりませんが」
姫様は、凛さんが入れた紅茶に手を伸ばし、角砂糖を2つ入れ、スプーンでかき混ぜずに口をつけた。
そんな姫様の行動を不思議そうに眺めていたダイが突然小さく手を挙げた。
「あの〜」
「どうしましたか、ダイ先輩」
「今更護衛が必要なんですか? そちらの凛さん、めちゃくちゃ強かったいみたいだお。僕らを護衛につけると逆に足手纏いになるかと思われ」
「理由は単純です。学校でも護衛がしやすいように生徒の中から選ぶことにしたからです。それと、選び方はクジです」
この姫様、今自分が言ったことが全面的に正しいと思っているらしい。
クジで護衛を決めるなんて、愚王でもしないんじゃないか。
しかも、まだ未成年の学生魔法士を護衛につけるなんて——って、いかんいかん、あの忌々しい元帥と同じことを言ってしまっていた。
ちょ待てよ。
となると、あの元帥、意外にまともなことを言っていたのか?
「じゃあ、話の流れで、まず最後の天才ダイ・オリバ。あなたには護衛の他にしてもらいたいことがあります」
「一体なんだお? この喋り方を止めて欲しいと言われても、それは承認できかねますゆえ」
「個人的に、その話し方は好きなので大丈夫ですよ。それより、あなたにはこの金のキューブに組み込まれた魔法式の修復に取り組んでもらいたいのです。凛、お渡しして」
姫様の横で直立不動で並々ならない威圧感を放っていた凛さんがダイに手渡したのはまさに字の如く金のキューブ。
一体なんなんだ。
売れば高値が着きそうだが。
「おお、結構重い。高そうですね。これは一体なんですか姫様」
「これは、失われた魔法式が刻まれたキューブ……としか言えません。私にもわかりません。ただ大切なものであることは確かです。最後の天才魔法設計士と言われるあなたにしかお願いできないものです。あ、売らないでくださいよ」
「僕は売らないけど——」
何か物言いたげなダイ。
なんだダイ。
僕を疑っているのか?
まあ、一瞬売れば高いかなとは思ったけど。
回転させながらあれこれ確かめるダイ。
傷ひとつない綺麗な金の立方体。
「王命ということはできませんが、王家のお願いです」
「そう言われたら仕方ないお。治せるかどうかはわからないけど、試すだけ試してみます。じゃあ一つお願いを聞いて欲しいお」
「なんでしょうか」
「王立図書館への入室権限が欲しいお」
「それくらいなら簡単なことです」
王室図書館。
民主連合国各地から絶版された貴重な本や魔法に関するありとあらゆる本が集められている図書館。
噂では、この世の文字ではない字で書かれた本や、禁忌に触れた本なども所蔵されているとか。
まあ、大変貴重な本の宝庫であるため、入室は免許制で限られた人しか入れないことになっている。
「あともう一つ」
「なんでしょうか」
「禁書庫への入室免許も発行してもらえると嬉しいんだお」
「禁書庫——。 そのような部屋はありませんが」
「え、噂では禁書庫にこの世の全てが記された本があるだとかないだとか。それを見た方が早く解決すると思われ」
「残念ながら、それはただの噂です」
「そうだったのか。それは残念だお」
「そのような本があるならば私も見てみてたいものです。以上ですか?」
「まあ、今のところは」
「では次に、カケル・ウェン先輩」
柔らかい目で最大限の睨みを効かせながらこちらを見る姫。
「あなたには本題を言う前に、一つ諫言を伝えなければなりません。あなたセクハラですよ」
「え?」
放たれた言葉が全くもって理解できない。
話したこともないし直接謁見したこともない。
いきなりセクハラですよとはどういうことか。
何か触れてしまったことがあっただろうか。
「あなた、いつも学校のグランドで私の方をいやらしい目で見つめていたことはとっくに知っています」
あ、そのことか。
それは完全な誤解だ——とまでは言えないか。
だけど、ここは堂々と否定しておこう。
否定しないと危なそうだし。
「いや、それは誤解で」
手を前で大袈裟に振りながら慌てる。
いやらしいことを考えたことはないというと嘘にはなってしますが、そんなことは本のちょびっとしか考えたことがなく、ほんのちょっぴり。
普段はただ美しいと心底感動していただけなのだから、誤解です。
「カケルン、やっぱりバレてるじゃん」
にやつくダイ。
「いや、あれは、その、確かに姫様を眺めていたことはありますが、それは、なんというか」
「なんですか。返答によっては牢獄に入れます」
「正直に言いますが、その、ただ」
「ただ?」
「可愛いと思ったから呆然と眺めてしまっていただけです」
「——可愛い」
単語をぼそっと呟きながら目をつぶる姫。
少しだけ頬が赤く染まったような——いや、勘違いか?
「可愛ければ、額に穴が開きそうなほどその人を見つめてもいいとお思いで?」
「それは、すみませんでした」
「まあいいです。それで本題ですけど、先輩にも護衛の他にやってもらいたいことがあります」
「なんなりとお申し付けください」
「あなたには強くなってもらいます」
へ?
強くなってもらいますって、それは姫様、無茶なご注文ですよ。
だって僕は第一魔法高校で最弱にして劣等生なのですよ。
「あなたが、劣等生と言われていることは知っています。しかし、私の護衛をするからには最低限、強くなってもらわないといけません」
「あの〜、姫様、強くってどれくらいを想定しているのでしょうか」
「それはですね——、エレン・ダブルに打ち勝つくらいに」
エレン・ダブルに打ち勝つくらい。
姫様は大層なことをおっしゃる。現実が見えていないのだろうか。
エレンは、あの学校でもトップクラスの魔法士。魔法科でも先輩を含めて3本の指に入るほどの実力と噂されてる。
そんな奴に、劣等生の僕が勝てる——はずがないじゃないか。
「姫様、過大評価されても困ります」
「人間努力をすればなんとかなるものよ」
「それは姫様だからなんとかなるのです」
「まあ、エレンほど強くならなくてもいいけど、早急にそれなりには強くなってもらわなければ困りますので、明日から、私の師匠の元で魔法の稽古をしてもらいます。まあ、少し癖が強いかもしれませんが、大丈夫です。良い人ですから。あ、あと、師匠とは呼ばない方がいいですので——最初は先生と呼んだ方がいいです」
今更魔法の稽古?
確かに、王家に仕えるほどの魔法士の稽古ならば少しは上達するのかもしれないが——、いやならないんじゃないか。
これまで、色々な家庭教師をつけてくれたが、皆匙を投げた。
それほど、僕の魔法力は絶望的らしい。
だけど、ここで何を言っても既に姫様の中では決定事項らしい。
何を言ってもやんわりと引き受けさせられるのだろう。
「わかりました。謹んでお引き受けします」
「よろしい! それじゃ、当面の護衛は凛とダイ先輩でお願いします今日の話はおしまいです。凛、彼らを部屋までお連れしてあげて」
「かしこまりました」
‡‡‡
凛さんにつれられて今日から居住することになる部屋に案内してもらう。
部屋は姫様の部屋の階下で、約50 mほど離れていて、ダイと相部屋だった。
「なあカケルン。予想していたことと違う結果になったみたいだね」
「そうだね」
「姫様、普段はあんな感じで、結構快活ではっきりとした話し方をするんだね」
「確かにね。学校で見かける可憐な姿とは程遠かった」
「まあ、そのギャップが良かったとも言えなくもないけど、デュフフ」
「その気持ち悪い笑い方がなんとかならんのか、ダイ」
「ならないんだなこれが……、てかもう一つ話しておこうと思ったことがあったんだ」
「何?」
急に、ダイの額に少し汗が滲む。
「勘違いだったらいいんだけど、」
そう枕詞をつけるダイ。
ダイがこのように言う時は、大概当たっている。
「元帥がカケルンに向けて空砲を撃ったじゃん。あれって多分二発目だったと思われ」
「二発目……? 意味がわからない」
「文字通りマガジンに入っていた二発目の銃弾だお」
「いや、だけど、元帥は一発しか撃っていないし」
「消したんだお。一発目を。一発目は暗殺弾だったから、多分元帥の任意で消失させられる銃弾だお」
暗殺弾。
その名の通り、暗殺を目的に開発された魔法式が埋め込まれた銃弾。
対象を射殺後、速やかに消失させることができ、体内に銃弾を残さない。それにより使用された銃弾の種類などを特定されにくくする。
「まさか——、もしかして、だから震えていたのかダイ」
「いやそれだけじゃないんだお。それだけだった、発射前に拳銃に魔法式を組み込んで、暗殺弾を発砲と同時に消失させられたんだお。だけど、それだけじゃなかったんだ」
「どういうこと?」
「破壊式も組み込まれていた」
「まさか」
「本当だお。しかも強力な破壊式。ほとんど全ての魔法式を破壊する銃弾。あの魔法式に対抗するための防御魔法式を設計するには僕でも半月はかかると思われ。だから、震えていたんだ。元帥は本気で殺す気だと思って」
ダイの異常な怯えようの理由がわかった。
だけど、元帥の魂胆が分からない。
あそこで僕らを殺してなんの意味があるのだろうか。
「だけど、俺は全く気づけなかった」
「それはしょうがないよ。あんなに丁寧で隠匿性のある魔法式、見たことないし、あれはこの国のほとんどの人が気付けないよ」
「だけど、なぜ元帥はそこまでして僕らを殺そうとしたんだ?」
「分からないけど、多分、本気で姫の護衛につかせたくなかったんじゃないかな、学生風情に」
「まあ、その気持ちはわからなくないが殺そうとするかお?」
「エレンの親父ならやりかねないんじゃないかな?」
「確かに、まあとにかく姫様の近くにいれば今の所安全だろうから、各々支持されたことを頑張ろうぞよ。カケルン」
歪でおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた元帥の表情を思い出しながら寒気を催すのだった。
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