第5話 異常な元帥

 僕らが招集された戦争。

 国の興廃を決する戦争だと言われているこの戦争は、泥沼の体をなしていた。

 リベルオン帝国は民主連合国の国境線に沿うように戦線を拡大していった。

 そんなに戦線を拡大して、物資や人的資源が保つのか不思議だったけど、最近になって第三陣営であるエーデ共産国が暗躍しているらしいと言うもっぱらの噂。

 ただ、かろうじて戦線は維持され、こう着状態だったはず——だったのだが。


 事態は今年になって急変した。


 リベルオン帝国は突如大規模攻勢を仕掛けてきたのだ。

 国境を不法に越境してきたリベルオン帝国は、今や我が国の貴重な資源、火薬の原料となる硝石が産出される第11区に迫る勢いである。

 リベルオンの狙いは硝石の産地の奪取。それは日を見るより明らかだった。


 おそらく第11区の戦地に飛ばされるのだろう。

 ダイと一緒に、一抹の不安を覚えながら王城の兵務科の入り口から中に入る。

 本日は学生のみの入隊検査日らしく、徴兵された学生たちによって兵務科の空気が重い。

 肩の校章を見ると、第二魔法学校、第三魔法学校、帝都魔法大学、王立魔法大学など、様々な学校から徴兵されてるようだが——。


「徴兵紙を見せろ」


 そうこうしているうちに、自分の番が回ってきた。

 窓口の軍人が威圧的に僕の徴兵紙を奪い取る。


「カケル・ウェン……、む? ちょっと待て、後ろにいるのはもしかするとダイ・オリバか? ほれ、お前の徴兵紙も見せろ」


 ダイも言われるがままに徴兵紙を渡す。

 徴兵紙にレ点をつけながら一つずつ項目を確認する兵士。

 やけに丁寧な動作だな。

 兵士というのはもっと乱雑かと思っていた。

 それか事務方だから丁寧な兵士が配属されているのか。


「2人揃っているみたいだな、2人ともついてこい」


 窓口を閉めると、横の扉から出てきた兵士は、何も書かれていない木の扉の奥へと進む。

 扉の奥には長い廊下が続いており、通り過ぎるドアの標識には事務課や備品課、食糧課など後方支援を取り仕切る部署の名前が記載されていた。

 様々な部署を通り過ぎて、前方を歩いていた軍人が歩みを止める。


「さあ、ここに入りなさい」


 これまで見てきたドアより一際装飾。


「さあ早くしなさい。元帥閣下がお前たちをお待ちだ」


 ……元帥?


 装飾の激しいドアの上の表札には、元帥との文字が記載されていた。

 こんなまだ入隊もしていない僕らに軍の頂点に君臨する元帥が何の用なんだ。

 警戒心が自然と剥き出される。

 いつもなら、一つや二つ冗談を飛ばすダイですら、口を積むんでいる。

 感じていることは同じらしい。

 なんでいきなり元帥と面会なんだよ——と。


「失礼します」


 先陣を切ったのはダイ。

 重厚で大層な重量の扉をゆっくり押し開ける。


「来たか」


 引き詰められた赤い絨毯。

 壁一面を覆う巨大な世界地図。

 棚に飾られた数多の賞。

 国家十字傑英賞なんて書いてある額縁が一番大きい。

 まさに威厳に満ち溢れる部屋と呼称するのがふさわしい。

 いや、ただ自分を大きく見せたいがためにやっているだけかもしれないが。


 部屋中央の窓際に据え置かれた机のそばで、窓の外を覗き込む初老の男性。

 ダイと一緒に部屋の中央まで足を進める。


「——、上官の前に立った時は、まず敬礼をして階級を述べ名前を述べる。軍隊に入るならば予習ぐらいしてこい」


 いきなり怒涛の怒鳴り声で威圧する男。

 そんな無茶な——。

 と思いつつも、その剣幕に、自然と体が動き軍事パレードで見かけた見様見真似の敬礼をする。


「失礼しました。第一魔法科高校2年ダイ・オリバです」

「同じく、カケル・ウェンです」


「それは、海軍式の敬礼だ。魔法軍式の敬礼の作法も知らないのか。今の若者は。肘をもっと上げろもっと」


 いちいち嫌味ったらしい老人である。

 そんなこと口が裂けても言えないが。

 自分が上官だったら絶対こんな奴に出世させないね。


「まあいい。私はダブル魔法元帥だ。今から尋ねることについて端的に答えろいいな」


 ダブル元帥——。

 聞いたことがある名前。

 魔法軍トップにして、影の執政者と噂される男。

 王はこの男の傀儡だとか。

 って、ダブル? ダブルってエレン・ダブルと同じ姓じゃないか。

 まさかあいつの父親はこの元帥か?

 昨日、姫様だって、相手はエレン・ダブルだから何もしないのが正解だって言っていたし。


 とにかく、ダブル元帥に逆らうのは得策ではないということは、肌でひしひしと感じる。

 だから、無抵抗でいよう。


「「はい」」


「お前達は、旧ターイム地区出身の戦災孤児だな」


「「はい」」


「両親、親族ともに全員死亡だな」


「「はい、両親は僕らが幼い頃に亡くなっています」」


「お前達はいつ知り合ったのだ」


「孤児院で知り合いました」

 ダイが答えた。


「お前達は、姫様と面識があるか?」


 王女様と面識? 質問の意図が分からないし、予想だにしない質問でダイと僕の声が詰まる。


「どうした。さっさと答えろ」


「いえ、学校でお見かける程度で一度くらいしかお話ししたことはありません」


 もう一度ダイが応える。


「ふむ、そうか。嘘は言っていないようだ。お前達、民主連合国のために死ねるか? 」

「「え?」」


 これまでの質問とは、ベクトルが全く違う。

 この元帥は馬鹿なのか?


「何度も言わせるな、国のために死ねるかと聞いているんだ」


 国のために死ねるか——、とんでもない、死ねるわけがない。

 昨日、先生にも言われたし、死ぬ気なんて毛頭ない。


 だけど、今の雰囲気。

 死ぬ気はないと言う答えは絶対違う。

 もしそう答えれば、殴られるのだろうか、いや、殺されるのか?


 とにかく、行雲流水でいよう。


「もし、そのような状況で、そうしなければならないならば、国のために死ぬのもやぶさかではありません」


 言葉に詰まっているダイに変わって答えた。


「煮え切らない答えだな。まあ良い、死ねるなら今ここで死んでみせよ」


 ただ単純に聞き間違えたのかと思ったが、元帥は胸から二丁の拳銃を抜き出し、それを僕とダイに渡した。


「自ら頭に拳銃を突きつけ引き金を引け。この国を治める王の代理人である私の言葉は王国の意志そのものである。本当に自由民主国に忠誠を誓っているならば、私の言葉に従えるはずだ」


 意味の分からない御託を並べる元帥。

 まずい。

 この拳銃は魔道具ではない。

 本物の銃だ。


 しかも元帥が拳銃を手渡す直前、拳銃上部をスライドさせた時にしっかり弾丸が装填されているところを見てしまった。

 魔導具ならば、魔術式の設計をいじって仮死状態になるくらいの衝撃に弾丸を和らげるよう改変もできただろうが、この銃は火薬を爆発させた勢いで弾丸を打ち出す仕組み。

 この至近距離、防御魔法を展開しても防ぎようがない。

 確実に死ぬ。


 ダイの方は——。


 見たことがないほどの顔面蒼白。

 冷や汗が目に見えるほどポタポタと落ちている。


「さあ、早く引き金を引いて死になさい。それがこの国がお前達に望ことだ」


 追い討ちをかけるように言葉を並べる元帥。

 いっそのこと元帥を撃ち殺そうか。

 いや、元帥の周りに展開されている防御魔法が目に入る。

 姑息な。

 自分はちゃっかりと防御している。


 死にたくない。

 死にたくないが自死を選ばなくてもどのみち殺される。


 カチャ


 横から音がした。

 目が血走り、震える手を必死に制御しながら頭に銃口を突きつけるダイ。


「ダイ、早まるな。これはいくらなんでもお前でも防げない」

「や、や、や、ってみないと分からないお。だって、やらないとどの道死ぬお」


「元帥閣下、もうやめてください。僕たちがもし非礼を働いていたならばなんでも償います。どうか許してください」


 ダブル元帥に向かって嘆願する——が、元帥は眉一つ動かさず一蹴した。


「許さぬ。撃て」


 なんなんだこいつは。

 いきなり呼びつけ、拳銃渡して、はい死ねと。

 最初は何かの試練なのかもしれないとは思ったけれども——。

 確実に殺しにきている。


 カタカタカタ


 ダイの震える手に呼応して鳴り響く金属の擦れる音。


「なんとかしてみるけど、死んだらごめんよ——カケルン」

「ダイやめろ、ダイ!」


 ゆっくりと引き金が動き出す。思わず手を出しダイから拳銃を取り上げようとしたが、間に合いそうになかった。



 バン



 乾いた大きな音が室内に響き渡る、それど同時に響く甲高い声。


「ダブル国務大臣、一体これは何事ですか」


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