第3話 不正出の姫

「なあなあ、ロクロナルドにする? ニートの餃子にする?」


 ダイの提言に従いジョイコに立ち寄った。

 激励会と言っても、ただフードコートで孤児院の門限まで食べて話すだけ。

 明日すぐに戦場に駆り出されるかもしれない。

 それなのに、恐怖を紛らわしているのか、はたまた気を遣ってなのか気丈に振る舞い続けるダイ。

 結局ロクロナルドにしたらしい。


 最後の天才——ダイ・オリバ。


 ダイとの出会いは8歳の時、孤児院でだった。

 戦争が再開されてすぐに、僕の両親が死んだ。

 身寄りがない僕は、すぐに戦災孤児院に入れられた。


 孤児院への入院の日、一緒に入院したのがダイ。

 最初に話した会話はなんだったけかな。

 確か、君の親も死んだの?だったような。

 そうしたらダイは、一言、「捨てられた」とだけ答えたんだっけ。


 ただ、その表情は、捨てられた子どものように死んではいなかった。

 今思えば、あれは復讐心を燃え上がらせていたからだろうか、それとも、捨てられることを事前に予期していたための余裕から生じた表情だったのだろうか。


 どっちにせよ、その出来事は僕に強烈な印象を叩きつけた。

 こいつは強い——と。


 ダイは孤児院に入った日から無我夢中で魔導具を作り始めた。

 初めは、花びらの色が7色に変化する造花から始まり、ずっと太陽の方角を指し示す風見鶏、カーテンを透過する望遠鏡など、様々な魔導具を作り始めた。


 初めはそんなダイが鬱陶しかった。

 孤児院の先生や兄弟はみんな優しかったが、それでもダイが一番注目されていた。

 それが妬ましかった。


 だからダイとは距離を置こうとしていたはずなのに、ダイはずけずけと心の中に入ろうとしてきた。

 ことあるごとに、今日は何するの?とか、一緒に魔導具作ろうよとか、毎日毎日飽きもせず話しかけてきた。

 鬱陶しがっていたのにもかかわらず……。


 そしてあの日、いつも通り、今日の昼ごはん隣で食べようよと言ってきたダイに、醜い感情が爆発して、ムカつくから話しかけてくるなと言ってしまった。

 だけどダイは——笑っていた。

 それまでに見たことがないほどに。


 それからは、ある時まで一切話さなかったと思う。

 だけどあの日、そうだ、10歳の誕生日。


 あの孤児院では子どもの入院日を誕生日としていた。

 ダイとは同じ日に入院したから、一緒に祝られるはずだったのだが、朝からダイの姿が見当たらない。

 先生からダイを探してきて欲しいと言われ、渋々探しに行ったが——。

 誕生日会の準備の間にダイを探しに行っても見つけられなかった。


 昼過ぎ、孤児院の子ども達が食堂に集まりだし、讃美歌を歌う準備をしだす。

 ダイは結局見つけられず、僕だけがとりあえずお祝いされることになった。

 兄や弟として慕ってくれる孤児院の兄弟達が讃美歌を歌う。


 なんの歌を歌っていたかは忘れてしまったが、その歌が終わった時だった。


 ——ドゴーーーン


 孤児院内に轟音が鳴り響く。

 たちまち、砲弾が落ちたのではないかとパニックになり、我先に皆外に飛び出す。

 すると、孤児院の前に立つダイ。

 そして、その横には155 mm野戦砲が備え付けられていた。


 確か、ダイ、何をしているんだって聞いたんだったような——。

 そうしたらダイは、笑いながら——やっと口を聞いてくれた。祝いの日には祝砲を上げるんだって、だから今、祝砲を上げたんだ。10歳の誕生日おめでとう翔、あ、大丈夫だよ、今撃ったのは空砲だからって言ったんだ。


 それからダイの天才性が世界に認知されるまでに時間は掛からない。

 たかだか10歳の少年が、魔法式を設計し、野戦砲を創り出した。

 この噂はたちまち民主連合中に知れ渡った。


 魔法士と一般市民との血の混ざり合いにより、年々魔法士の数が減少し、数年後には魔法士は絶滅するのではないかと言われている昨今、これほどの魔法式をわずか10歳で設計できる魔法士の誕生に、人々は歓喜し、そしてダイをこう呼んだ——最後の天才と。


 だけど、その頃には醜い感情は消えていた。

 ダイに悪意という二文字は存在しないということを知ったから。

 彼はどこまでも純粋だった。


「何、物思いに耽っているんだお」


 椅子に座り、目を瞑りながら回顧していたら、LLLサイズのポテト3つにハンバーガー、チーズダブルバーガー、照り焼き等々様々な種類のバーガーを持ち帰ってきたダイ。


「今日は最後の晩餐だからね、奮発したお。あ、ミルクを忘れたお。取りに行ってくるお」


 小走りに、皮下脂肪を揺らしながらミルクを取ってくるダイ。

 あいつ、いつもはコークなのに今日はアイスティーにしたのか、どういう風の吹き回しだか。


「それにしても、何考え事してたん?」

「え? あ、昔のことを考えてたんだ。10歳の誕生日のことを」

「あー、懐かしいおね。カケルンが全く話してくれないから、どうしようかと悩んだんだお。懐かしいお」

「もう7年前か。そういえばそれより前の9年前くらい、ダイにムカつくから話しかけてくるなって言った日、なんで笑ってたんだ?」

「あー、覚えてる覚えてるお。びっくりしたもん、急な罵詈雑言。確かに僕笑ってたかもなー、だって、嬉しかったから」

「嬉しい?」

「カケルンが初めて感情を見せてくれたことが嬉しかったんだお。無視されてたわけじゃないんだって。無関心じゃなければ多分、カケルンと仲良くなれるっていう気もしてたし」

「やっぱり変わってるな」

「カケルンほどじゃないお。でも、10歳の誕生日の時、空砲にびっくりしてカケルンはお漏らししてたおね」

「おいおいおいおい、捏造するんじゃないよ」

「いや捏造じゃないお」

「あー頭にきた、そもそも、今まで言わなかったがなんで野戦砲だったんだ、他にもクラッカーとか色々あっただろ。ダイはいつもそうだ、やることが突飛すぎ——」

「カケルンカケルン、あれ見て」

「話を逸らすな」

「いや、今は逸らすね。とりあえず見てよ」

「え、何が——え、姫様」


 市民の憩いの場、ジョイコに確かに姫様がいる。

 後ろに付き従う黒いワンピースを着た女性はいつもの付き人。

 だけど、周りの人は誰も姫様に気づいていない。

 まさかこんなところに姫がいるとは思わないか。

 それに、メガネに帽子を被っているから普段から見慣れていなければ、わからなかくても仕方な——、って、僕が見破れたことについてはノーコメントだ。


「あの二人、何をしにジョイコに来たのかな」

「あ、あの店に入ったお、下着屋だ」


 下着?

 姫が自ら下着を買いに来た?

 そんなことってあるのだろうか。

 普通、姫ならば従者が勝手に下着を用意していようなものだが。


「カケルン、近くに行ってみない? 今なら合法的に近くで姫様を見れるよ。あんな3階から窓越しじゃなく」

「え、あ、え、いや、そんなみたいと思わないし」

「素直になりなよカケルン」


 ダイはこの状況に少しも疑問を抱いていないように見える。

 それに、姫を間近で見ようなんて言ってくる。

 まあ、いいだろう。

 姫らしい下着を選んでいるかチェックぐらいしてあげようじゃないか。


 下着屋の前にちょうど設置されていたベンチにダイと一緒に腰掛ける。

 どれどれ、姫は一体どんな下着を——え?


 下着屋の中から姫を見つけようとした時、不意に目があった。

 ただ、その目は姫ではない。

 その目は、付き人のものだった。


 やばいやばいやばい、付き人と目が合った。

 姫の下着選びを盗み見ようとしたことがバレた。

 うわあ、笑ってるよ、付き人の人めっちゃニコニコだよ。

 だけど、目が笑っていない、目が。


 ゆっくりと首を横にし、ダイを見る。

 ダイも瞳孔を開いたまま、冷や汗が滝のように流れ出ている。


「ごめんカケルン、オラ死んだ。オラを置いて逃げるんだ」

「ダイ、何言ってるんだよ。お前も逃げるんだよ」

「だって、あの人の目、殺人者の目だよ。僕ら口封じに殺されるよ。逃げられる気がしないよ」

「それでも逃げなきゃやばいって、ダイ、あの人の表情はやばいって、骨も残さないつもりだって」

「そ、そうだね、逃げるが勝ちだお」


 急いで立ち上がり、駆け出そうとした——その時。


 ——ドン


「痛えな」


 誰かにぶつかった。


「おいおい奇遇だな、カケル・ウェン俺にぶつかってくるとはいい度胸だな」


 それはエレン・ダブル……だった。


「おいおい痛えな、鎖骨が折れちゃったかもなー」


 4人の取り巻きと一緒に仁王立ちで、尻餅をついた僕の前に立ちはだかるエレン。


「何をしてるんだお」


 大体の人がおじけついて一歩引き下がってしまうエレン相手に、ダイは果敢にも立ち向かった。

 ダイは昔からそうだった。

 皆んながびびってしまうような場面でも、一人だけ飄々としていることが多かった。

 今回もそうだ。

 皆んなが恐れて歯向かわない相手に、毅然と立ち向かっている。


「ダイ・オリバか、最後の天才とか言われて頭にのってるんじゃないか。お前にはようはない。俺にぶつかってきたその鹿に用があるんだが」

「カケルンを侮辱することは許さない」

「おいおいおい、保護者気取りか? いいな馬鹿ル、守ってもらえてな」


 目を伏せる。

 本当は伏せたくなかった。

 自分自身は立ち向かわず、ダイに守ってもらう卑怯者にはなりたくなかった。

 だけど、体は正直で、恐怖で動かない。

 このまま目を閉じて、ダイがなんとかしてくれることに賭けたい。


「オリバもかわいそうにな、こんな味噌っカスの面倒を見なきゃいけないなんて、俺だったら反吐が出るね」

「カケルンはお前みたいな悪逆非道なやつじゃないし、お前と比べられないほど素敵な人だお」

「はは、そこでお前を盾にして縮こまっているのに?」

「僕は昔から決めているからね、カケルンの盾になるのは僕だって」

「反吐が出る友情だこと、魔法設計科のお前が魔法科の秀才であるエレン・ダブルに勝てると思うなよ。さあ、杖を構えろ。戦死の前に死をお見舞いしてやる」


 エレンが杖を抜く。

 なんと気味が悪い杖なんだ。

 蛇の紋様が刻まれた杖を上に構え、臨戦体勢を調える。

 ダイも負けじと、杖を抜き、魔法式を溜め込んだノートを左手に持ち、いつでも様々な魔導具を現界させられるように準備をする。


「死ねよ。オリバ——、カタジビア……」


 毒づいて呪文を唱え始めたエレン——だったが、その魔法は放たれることはなかった。


「何をしているのですか」


 黄金に色づきそうな声で近づく金髪で青い目を持つ少女。

 エレンは声の方を一瞥すると、すぐに呪文の詠唱をやめた。


「これはこれは、姫様、お忍びで買い物ですか?」


 エレンの姫様という発言に、野次馬達がざわつく。


「公共の場で、魔法を使った闘争など言語道断です。杖をしまいなさい」


 杖をかざしながら、近づく姫様。

 エレンも怖気つくかと思えば、奴はそのまま姫様に近づいていくと、杖を横に一振りした。


 ——カン


 乾いた音とともに、姫が持っていた杖の半分より上が床に落ちた。


「俺の杖は特注品で、刃物の代わりにもなるんだよ。後輩の姫さん、先輩に対する口の聞き方がなってないな。それに俺にそんな口を聞いていいのかな、例え姫さんだとしても、よろしくないと思うけどな。お父さんも困るんじゃないかな」


 奴はなんであんなに姫様に馴れ馴れしいんだ。

 それにお父さんだって、それは王のことだろ、不敬すら恐れないのか奴は。


 エレンは左手で姫様の顎をクイっと持ち上げる。

 今にもキスをしてしまいそうな勢い。


「あなたの方こそ、身をわきまえなさい」

「また失言だね。俺への失礼は体で払ってくれるってことかな、もうそれくらいじゃないと償いきれないよ」

「その自信過剰こそ、反吐が出ます」

「あ〜あ、これはもう調教が必要だね」

「誰が誰を調教ですって」

「俺が姫さんをだよ」

「面白いことを言いますね。ダイ・オリバ先輩、杖を」


 ダイは一瞬、姫様が何を言っているのか理解できなかったみたいだが——、すぐに理解しメモ帳をめくり魔力を魔法式に流し込む。

 するとすぐに杖が現界し、それを姫に投げる。


 ——ビュン


 風が吹いた。強烈な風が——吹き抜けた。

 ここはジョスコの屋内のはずなのに。


「痛ええええ」


 10 mほど離れた壁から苦悶を訴える声が聞こえてくる。

 エレンが倒れていた。壁には亀裂ができている。

 一瞬の出来事で何が起きたのかわからなかった。

 ダイも同じようで、目を丸くしている。


「マジかよ、姫さんは、無詠唱できるのかよ。あーこれ、肋骨が肺に刺さってる気がする」


 弱々しい声で足を引き摺りながら近寄ってくるエレン。


 無詠唱——。

 魔法は基本的に呪文を唱えないと発動しない。

 しかし、ごく稀に、英雄アレタレルのように無詠唱で魔法を発動できる魔法士が存在する。

 これまで一度も見かけたことがなかったが、まさか姫様が、無詠唱魔法士だったとは。


「おい、お前達は何を傍観しているんだ。このエレン・ダブルが全ての罪を免責してやるから、姫を捕らえろ。そして、たっぷり調教してやるんだ、従順になるようにな」


 エレンは4人の取り巻き達を焚きつける。

 彼らは、同じ第一魔法学校のジュリア・ザク、エグ・オリア、バス・クーザ、ヨネス・ダクだった。

 彼らは、一斉に杖を姫様に向けて構える。

 緊迫感が辺りを包み込む。


「そろそろよろしいでしょうか」


 その緊迫感は姫様の後ろに控えていた人物によってすぐに打ち消された。


「あなたが出てこなくても私だけで大丈夫よ。凛」

「いえ、姫様のご命令で黙認しておりましたが、これ以上は流石に見逃せません」


 凛と呼ばれた付き人が、杖も持たずに姫様の前に立つ。


「お前は何者だ——、その徽章、もしかしてエデンバラグ家の守護神か。ただの付き人ではなかったわけか」


 エレンは一歩足を引き下げる。


「さようでございます。エレン・ダブル様。姫様の護衛を務めさせていただいております。凛・エレンバルグでございます。少しお戯が過ぎるような気がしましたので、失礼は承知で、こうしてエレン様の前に立ち塞がらせていただきました」


 エレンは歯を食いしばりながら苦々しい顔をしている。

 どうやら、凛とは知り合いらしいが、折り合いは悪いらしい。


「興が冷めた。帰るとする。この肩も屋敷の治癒術師に治させないといけないしな」


 あっさりと踵を返すエレン。

 極めて平静を保とうとしているみたいだが、その顔を憎悪に満ちた顔をしていた。

 恐らく、負けのような形になってしまったことが悔しいのだろうか。


「ありがとう、凛、助かったわ。もしかしたら殺しちゃってたかもしれないから」

「また、物騒な」


 凛さんは手の甲で口を隠しながら笑っている。


「それと、即興にしては、なかなかにいい杖ですね、オリバ先輩」


 姫様は、急に座り込むダイの方に体を寄せると、杖を差し出す。


「あ、はい、何かあってもいいようにこのレベルの杖は常にストックしてあるのであります」

「さすが最後の天才ね。それと変な敬語になっていますよ。うふふ」


 凛さんとは違い、手のひらで口の周りを隠しながら笑う姫様。

 可愛い。とにかく可愛い。

 というか姫様はダイのことを知っているんだな。

 まあそうか、最後の天才だしな。

 それにしてもさすがダイだな。それに比べ、僕は守られるだけで、役立たずで、惨めだった。


「カケル先輩もご無事でよかったです」


 僕の目の前にしゃがみ込む姫様。

 なんだろう、いい匂いが、極めていい匂いが——僕を包み込む、死んでもいいかもしれない。


「ど、どうしました?」

「あ、いえ、すみません、なんでもないです。すみません、役立たずで」

「仕様がありませんよ。相手はエレン・ダブルですから。何もしないのが正解です」


 姫様にここまで言わしめるエレンとは、一体何者なんだ。

 みんな、ただ、権力を持ってるだとか、ヤバい奴だからって噂ばかりで一体何がヤバいのか語ろうとしない。


「先輩方が無事でよかったです。それでは私たちは事後処理を行いますので、先輩達は先にお帰りください。明日から色々大変でしょうし。行くわよ。凛」


「かしこまりました」


 姫様はそう言い残すと、凛さんを連れてそのまま何処かへといってしまった。


「カケルン、大丈夫だった?」

「うん、大丈夫。ありがとうダイ。あと、ごめんな、役立たずで」

「もう、水臭いな。僕はカケルンの盾なのだから、思う存分使うべきなのであーる」

「いつもそれ言ってるな」

「だって、事実だから、ってヤバいよカケルン、孤児院の門限が後15分だよ。ダッシュで戻らないと」

「それはやばい、先生にどやされる」


 ダイと一緒に風の魔法で追い風を作りながら猛ダッシュで野次馬の中を駆け抜けて帰路に着いた。


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