第2話 最弱の劣等生 カケル・ウェン

 帝国主義を掲げるリベルオン帝国と自由資本主義を掲げる民主連合国の不毛な250年戦争が一時停戦してから30年。

 一時停戦が、一時的平和であるはずなのに、恒久的平和だと市民達が錯覚しだした頃、不運な一発により戦争が再開。


 もはや誰にも止められず、戦禍は拡大する一方である今日この頃。

 この国は興亡の岐路に差し掛かっているようだ。


「お前たちも耳にはしているだろうが、先日帝国との偶発的戦闘が起きた。

 かなりの戦死者が出たことで、戦闘員の補填のためにこの第一魔法学校にも緊急招集令状が届いている」


 遂に僕らのところにも徴兵紙が届き始めたのか——。

 夕方のホームルームに、担任が気だるそうに教卓に頬をつきながら生徒に語りかけてくる。

 その態度は非常に太々しい。


 第一魔法学校——、小中高大と兼ね備える学校。

 僕はその中で、第一魔法高校に所属している。

 元々は停戦した際の平和の象徴として建設された平和記念第一魔法学校で、リベルオン帝国民と民主連合国市民が通う学校だったわけだが、偶発的事故による戦争再開に伴い、リベルオン帝国民は帝国に退散。


 残された校舎は、そのまま民主連合国が引き取り、民主連合国の魔法学生はそのまま授業を受け続けることになり、現在に至っているわけだが——。


「それで、今回召集された奴の名前を読み上げる。呼ばれた奴は、明日AM 8:00に王宮兵務科に出頭せよとのことだ。それで、収集された奴は、我々が誇る最後の天才と、最弱の劣等生だ。ダイ・オリバと最弱の劣等生 カケル・ウェンリー、明日、この令状を持って王宮に行け。それにしてもダイが呼ばれてしまうとは、運命は残酷だな。ダイ死ぬなよ。この国の未来に、お前が必要だ。だから翔、お前はしっかりダイの盾になってこい」


 校舎の窓からグランドをぼんやりと眺めていた僕に一瞥する担任。それを見て嘲笑するクラスメート。


 これはいつもの日常。最低の劣等生とは僕のこと。

 確かに、この学校では、下から数えた方が早いほど、能力は低いけど。

 だからって、こちらから何か反論しようとも思わない。

 反論しても、むやみにエネルギーを消費するだけだから。

 一方、親友のダイ・オリバは最後の天才と呼ばれている。


 そんな僕らは、魔法学校魔法設計科に属している。

 まあ、謂わゆる新しい魔法の開発に必要な知識を学ぶところで、謂わゆる技術屋見習いで、謂わゆるそんなに人気な科ではない。

 というのも、この国の魔法士は、たった一人で数十万もの侵略者を退けた英雄アリタレスのように、魔法科で強大な魔法を扱う術を学ぶ方を好む。


 じゃあ、なぜ設計科を選んだかって?

 魔法科に入れるほどの魔法力はないし、かといって、魔法が使えないわけでもない。

 あと、孤児院出身のダイと僕にとっては、無料で学べてさらには給料まで貰える。

 そんなオアシスみたいな場所、無視することはできなかった。

 他にも色々と理由はあるが大体こんな感じだ。


 まあ、魔法の設計は思いのほか楽しいし、理論を学ぶのは性に合っているみたいで、嫌ではないのが幸いだった。

 だが、可もなく不可もない生活はもう終わりみたいだ。


 徴兵——。

 これまで成人男子しか対象ではなかったが、最近、魔法士のみ徴兵年齢が16歳に引き下げられた。

 そもそも絶対数が少ないのにもかかわらず、戦死数も多い魔法士。

 もはや未成年を徴兵しないといけないほど困窮し始めているのか。


「おいのろま。さっさと徴兵紙を取りに来いよ」


 もうダイは担任から徴兵紙を受け取ったらしく、残りの一枚を教卓でひらひらさせる担任。

 このクラスで最も成績が低い自分。

 クラスの成績はそのまま担任の業績に直結する。

 だから担任は僕を憎んでいるんだ——自分の業績を下げるお荷物の生徒だから。


 のそっと立ち上がり担任の元へと向かう。

 机と机の間を少し進んだくらい。


「あ……」


 声を上げる間も無く床に倒れる。

 痛い。

 膝を思い切り床に打ちつける。


「相変わらず鈍臭いな。それで国を守れると思っているのか? はは、明日には戦死してるんじゃ無いか?」


 通路に足を放り出している人物——エレン・ダブル。

 親がこの国の重役らしい。

 誰も彼を責めれない。


「はは、すみません」


 いいんだこれで。

 歯向かっても何も得しない。

 逆にもっと陰湿に嫌がらせされるだけだ。


「けっ、ひょうきんな感じでムカつくな。いつか泣かせてやりたいぜ、あの能面を絶望に歪ませてやる。ぺっ」


 エレン吐いた唾が背中に付く。

 いいんだこれで。

 いいんだ。

 力無き者は何しても返り討ちにあうだけなんだから——権力の前には。


「ちゃんと明日兵務科に行けよ。逃げたら退学な」


 それだけ告げると担任は教室から出ていく。

 教室のドアが閉まると同時に生徒達は一斉に立ち上がり帰宅を始めた。


 席に座って心を落ち着かせる。

 苛立ちもしない、悲しくもならない——だって、自分が弱いのが原因だから。


 ふと目線を外に向ける。

 ああ美しい。


 目線の先には金髪のポニーテールを靡かせながら走り続ける少女の姿があった。

 憂もなく、悲しみもなく、誰にも感情を乱されることなく、ただただ自分の信念を貫き通すかのように走り続ける少女。

 彼女の走る姿を見ることが、唯一の癒しと言っても過言ではない。


 「カケルン、拭いてあげるお。ってまたグランドを駆ける麗しい乙女を見てたのかお」


 担任が教室を退出してからすぐに、近づいてきたクラスメート。

 孤児院時代からの幼馴染のダイ。


 ダイはどこからともなく取り出したトイレットペーパーで背中の唾を拭き取る。


「見てて何が悪い」


 低く抑揚のない声で答えた。


「まあ、見るだけなら無料だから、別に問題ないと思われ——それにしても、遂に来ちゃったね」

 

 気丈に振る舞っていたが、ダイの声は震えていた。


「ダイ、お前でも怖いものがあるんだな」

「そりゃ徴兵だよ。まだ僕は若いお。ゲームだってしたいし女の子と付き合いたいし、あんなことやそんなこともしたいわけだし……デュフフなこともしたいし。そういうカケルンも声が震えているお。だけど、女の子を目で追いかけるだけの余裕があるのかカケルン——。って、あの子姫様じゃないか。カケルンダメだよ。姫様に手を出しちゃ」


 あの快活そうな少女。

 彼女の名前はエリーゼ・メリア。

 自由民主連合に君臨するメリア王の娘。

 彼女は、毎朝メイドにでも解かさせているであろう金髪の長く滑らかな髪を揺らしながら登校し、体育の時間は後ろに髪を束ねてポニーテールを作り颯爽と駆ける。

 馬鹿にされ、喧騒の学校生活のさなかで唯一の癒しが、ダイの話と彼女の姿を見ることだった。


「あの姫の父親が学生魔法士の徴兵を認めたんだよな」


「まあ、そうかもしれないけど。案外そうじゃないかもしれないお。あの王様がどれほどの権力を持っているのかわからないお。国務大臣の傀儡政権だっていう噂もあるし」


 もう一度運動場を見る。

 持久走を走り終えたエリーゼ姫は肩で息をしながら膝に手を置く。

 上半身を起こすと少し崩れて顔の横に垂れてきた髪を耳にかけ直しながら上を見る。

 ヒトには戦場に行けと言いながら自分の娘は充実した学生生活とは。


「あっ——」


 気まずい。

 姫と目が合ってしまった。

 すかさず黒板の方へと目を向けると、ダイの大きな顔を視界に飛び込んでくる。


「王様を恨むのは良くないお。人を恨めば穴二つ。王様だって色々あるんだよ色々」

「色々か」

「だけど、今回第一魔法高校からの招集は2名だけらしいのに、僕とカケルンが選ばれるなんて——ほんと孤児院から続く悪縁だね」

「はは、そうだな。ダイと一緒ならどこに行っても——生き永らえそうだ。それにしてもダイ、軍服は入りそうなんか」

「カケルンは常々、痛いところをついてきますな。今ので僕のライフは1だよ。ま、それは置いといて」

「いや、置いとくなよ」

「明日は多分、実力測定だよな。それによって配属部隊が決まると」

「話を逸らすな」

「じゃあ、実力測定の時、姫様もいらっしゃるのかな。なんだかんだ近くで見たことがないんだおな」

「いや、徴兵の実力測定ごときでくるわけないだろ」

「それは残念。盗撮しようと思ったのに」

「いや、するなよ」


 ダイは額に汗を垂らし、口笛を吹く真似をしながら明後日の方向を向く。

 ダイは天才だ。羨ましいくらいの。

 魔法力はそれほど強くはないが、魔術設計の天才。発想さえあれば、何でも作れてしまうのだ。


「じゃあ、盗聴は……?」

「いや、盗聴したって意味ないだろ」

「それはそうだけど……なんか面白いものが聞けるかもしれないじゃん。だって、王宮の中に入れるんだよ」

「ダメなものはダメだって。見つかったら捕まって裁判で、有罪で、牢屋行きだぞ。俺も共犯の疑いをかけられる。そうなってはたまらん」

「わかったお。百歩譲って……何なら持ってっていいと思う?」

「いや、だから百歩も千歩も万歩譲っても明日は一切の魔導具を持ち込むなよ。もし持ち込んだら」

「……持ち込んだら」

「お前の肥満体をさらに悪化させる魔法をかける」

「ヒ! それだけは勘弁。最近、体重が増えたせいで家の床が抜けそうなんだお。わかった、わかったよもう」


 空が橙色に染まりかけ、オレンジ色の光がカーテンがわずかに閃く教室に差し込む。

 戦争に行かないといけない。その恐怖になんとか抗おうと馬鹿な話をしながら、僕らは夕陽の向こうに見える王宮を見つめる。


「あ、さっきより顔色が良くなったお。良かったお」

「うるさいよ」

「少し元気になったところで、明日からの激励会を兼ねてジョイコに行こうぞよ」


 ダイの優しさが心に染みる。

 だが同時に思う。

 こんな根暗なやつに構わなければ、ダイはもっと幸せだったんじゃないかと。

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