第7話 望が見ている世界――世界β・東京

――“視える”って、どういう感覚なんだろう


 望には霊感がある。

正確には『視える』のではなく、『感じる』という表現のほうが相応しいのかもしれないが、感覚を研ぎ澄ませていくと、視覚で捉えているのと同様に細部までくっきりと解るのだという。


 街を行き交う人の中に、学校に、店の中に。あらゆる場所に普通は見えないはずのものは存在していて、彼女にはそれが見えるのだ。


――俺は全然だけど


 望と一緒に歩いていると、時折彼女は対面から歩いてくる人を避けるような動きをしたり、足を大きく上げて、何かを踏まないようにしていることに気づくだろう。


 それはただ身体をよろめかせたり、パントマイムを披露しているわけではない。

 そこにいる“彼ら”にぶつからないように動いたが故なのだ。


「あ。今の男の人、幽霊だった?」


 今朝もまた駅へと向かう道すがら、望は振り返りながら光に確認した。


「そうなんじゃない? 俺は誰ともぶつからなかったよ」

「ああ、そう……なんとなく普通の人かもって思ったけど、違ったか」


 これまで何百、何千、何万と、望は幽霊たる存在を見てきたはずだ。しかし見ただけでは、すぐに幽霊か否かを判断することは難しいらしい。明らかに昔の時代の格好などをしていれば分かりそうなものだが、そういった特徴的な衣装を見に付けた幽霊は、意外にも少ないのだそうだ。


『昔に肉体を失った幽霊も、時代に合わせた格好するのが主流らしいよ』


 そんな解説を光が聞いたのは、幽霊の実情に興味が湧いた中学生の頃だ。誰からの情報かときいたら、社会科学習で訪れた史跡にいた、戦国時代の足軽幽霊が教えてくれたのだという。ちなみにその足軽霊はその時、ご当地ゆるキャラがプリントされた、市の清掃職員の格好をしていたというのだから、光が吹き出したのは言うまでもない。


『だから、ぱっと見では分かりづらいんだよ。みんな普通に溶け込んでいるんだもん。幽霊同士でおしゃべりしてたりもするし』


 望に見えている風景は、とても平和そうだ。


『おたくは鬼籍に入って長いのですか?』 

『霊魂生活は、かれこれ百年になりますかね』

『あらあらそれなら大先輩だ。私は今年ようやく二十年ですから』

『こうなってしまえば、時間の長さなんて関係ないですよ。平等平等』


 耳をすませばこんな世間話が聞こえてくるのだ。なんて面白いのだろう。光はいつもそう思うのだが、望は自分が道を譲った人物が幽霊だったと気づいた瞬間、幽霊たちの平和な会話が聞こえた瞬間、顔がこわばる。


「望はいつまでたっても怖がりだよな」


 先程見えた幽霊だって、無害なサラリーマン風だったそうだ。怖がる要素なんてないのではないか。


「……幽霊が怖いんじゃないよ。驚かされるのが苦手なだけ。ああ、私にしか見えてなかったんだな、こんなところにいたんだって、びっくりするのが嫌なの」

「ふーん」

「それに幽霊の方だって、生きた人間に自分たちの会話が聞こえてるなんて、嫌なんじゃないかな? だから聞いちゃったり、見えちゃったりすると、悪いことした気分になるんだよ」

「そうかねえ。そんなこだわり、死んでしまったら、もうなくなるものなんじゃないの?」

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