第8話 特別な幽霊――世界β・東京

 改札を通り抜けた双子は、同じホームへと移動する。


 二人は大学も一緒だった。奇妙なことに、今まで双子の進路が分かれることはなかったのだ。かれこれ十三年間、ずっと共に通学している。毎朝どんな幽霊がいたのか、望が光に話して聞かせることが日課になっていた。


「今日はは? ついてきてるの?」


 光の問いに、望は周囲を確認することなくすぐに首を振った。


「今はいないみたい。夜は部屋にいたと思うけど、また今朝どこかに出掛けたっぽい」

「あいつ結構、外遊び激しいよな」

「そうだね」


 ふふ、と笑う姉を見て、光も微笑した。特定の幽霊の話題で望の表情をこんな風に緩められるのは、昔から望のそばにいた“あい”だけだ。


 “あい”という名は、幽霊本人が名乗ったものだ。彼女は望と光と同じ年齢の女の子で、死因やもろもろの詳細は語ろうとしない。ただ昔からずっと望のそばにいて、たまにどこかへ遊びにでかけたり、望に息をふきかけたりの小さなちょっかいを出す。そんなお茶目な幽霊だった。


 しかし、長い付き合いの特別な幽霊だったが、他の霊とは決定的な違いがあった。


 姿


 だから彼女がどんな姿をしているのか望にもわからないし、声が聞こえないので、指文字で望の背中に書き言葉で何かを伝えることしかできない。時折望はあいの笑い声のようなものを感じることはあるが、それがやっとだ。


「あいって、どんな顔してるのかな。可愛いかな」

「さあね。見えたら不意打ちで驚かされることなんて、なくなるのになあ」


 見えればいいのに、と柄にもない言葉を口にしながら、望は電車に乗り込んだ。

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