2019年6月19日
巨大な人型の怪物が街を襲い始めた。何人か集められて、私の弟であり怪物を倒すことのできる伝説の能力者が来るまで時間稼ぎとして一人ずつ怪物と戦うことになる。生贄のようなものだ。私の番は最後で、私が殺されてから弟が怪物を倒すということになっていた。私はその任務の必要性に疑問を感じている。怪物はただ街を歩いているだけなので、人々を避難させれば、わざわざこちらから攻撃を仕掛けて無駄死にすることはないのだ。しかし私は任務に不満を抱えつつも、この不条理さを当然のように受け入れていたので誰にも言わない。出撃を控えている能力者には最後の晩餐を残りの者で開いてやることになっていた。次に出撃を控えたバイク乗りのお爺さんがいたので、私たちは彼の欲しがっていた一張羅を買って着せてやり、彼の好物であるじゃこを皿いっぱいに盛って一緒に食べる。晩餐の会場は駅の地下の広場の一角にあった。広場の真ん中には人口のちゃちな噴水が設置されていた。私達は噴水に背を向ける形で細長い大理石の上に置かれた料理をつつく。お爺さんは楽しそうなふりをしていたが、戦いへの興奮と死への恐怖を隠しきれていない。お爺さんの携帯に本部から電話が入る。出撃要請だった。お爺さんが行ってしまってから私は出撃順への疑問を話す。能力者の中では、自らに向けられた作用を弾き返すという私の能力が一番怪物との戦闘に向いていて、私一人でも時間稼ぎできるのになぜバイク乗りや銃使いをむざむざ死なせるのか。しかしその場にいた人間でそういった能力を持っているのは私だけだったので、誰も私の話を理解しない。
私は自分の部屋でベランダの前を怪物が通り過ぎるのを待っている。今はお爺さんが怪物と戦う時間なので私は手を出してはいけない。アナウンサーの女が中継のために窓際に踏ん張っている。カーテンの隙間から外が見える。外は夜で、ビルの角から怪物がゆっくりと姿を現わすはずだ。お爺さんが戦っている様子が頭の中に浮かぶ。お爺さんはバイクに乗って怪物に向かっている。そのまま怪物の足に乗り上げ、脛を登っていき怪物の気を引く。怪物が手でバイクを掴もうとするので、お爺さんは一旦怪物の足から飛び降りる。そのまま怪物の股の下をバイクで走り抜ける。お爺さんは向きを変えてもう一度怪物めがけて走っていく。踏み潰そうとする怪物の足を右へ左へとかわしながら、お爺さんは横転したバスに据えられた踏み台に向かう。そしてその踏み台からジャンプして怪物の左腕に乗る。お爺さんは左腕を伝って怪物の顔へ向かっていく。お爺さんが怪物の肘辺りに到達した時、怪物がお爺さんをバイクもろとも右手で掴む。そして左肘からバイクを引き剥がそうとして、勢い余ってお爺さんを握り潰してしまう。怪物の黒い指の間から赤い液体が炸裂して流れ出る。私はその現場にはいなかったが、それが今起こっていることだと分かる。お爺さんの次は私なので、私は出かける準備を始める。部屋の奥のホワイトボードには出撃者の名前が出撃順に書かれている。私の名前の左から矢印が伸び、私の弟の名前を指している。弟の名前の左側には怪物を倒した後の後始末の流れが書かれていた。私の足元には既に出撃した者達が座りこんでいる。その生者なのか死者なのか分からない者達は無駄死にするのは恥ずかしいことじゃない、私達も同じだからと慰めてくれる。私は何も怖くなかった。予知なのか、自分が怪物と対峙するシーンが頭をよぎる。しかしどんな殺され方をするのかは分からないままだ。
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