2018年12月7日


 旅先にいる。友人たちとは現地解散して一人で帰るところだ。私は家屋に挟まれた狭い石畳の坂道を自転車で下っている。左右の家はいずれも瓦屋根の日本家屋で、ところどころの石塀から松が突き出ている。

 下っていると、今回の旅でお世話になった老夫婦の家が見えた。彼らはサークルの先輩の祖父母で、とても優しく人好きのする人たちだ。私は家の前に止まる。屋根付きの門の向こうに屋敷へ続く石の道と緑の葉をつけた木が見えた。私はお邪魔して前から気になっていたアニメを見ようかと考える。というのは、私は昼過ぎから「向こう」で用事があるのだが、まだ朝の九時ごろで時間があったからだ。しかし、流石に二人に気をつかわせるし、こちらもしんどい。何より老夫婦に私の趣味をみられるのが嫌だ。結局そこをあとにして進むことにする。

 路地を進むと片道一車の道路に出る。ちらほらと車が走っていく。右には交差点がある。目の前には雑木林公園があった。右手前に巨大なショーウィンドウが伸びており、中で黄色のトリケラトプスや、新緑色のラプトル、映画に出てきそうなティラノサウルスが蠢いている。その前で小さな子どもが数人遊んでいる。ショーウィンドウの右上のモニターでは地元の恐竜博物館の宣伝ビデオが流れている。ショーウィンドウのさらに右奥に博物館へと続く小さな道がのびている。入口にはアーチ型の黄色い車両止めが立っている。

 公園の右側は住宅地のようだった。道路を渡ってそちらに向かった。こちらは一戸建ての家ばかりで夜だった。住宅地に入る道の左は公園を囲む塀が続いており、右側は家が並んでいる。道を進んで二つ目の曲がり角にヴェロキラプトルとティラノサウルスのオブジェが立っていた。前を通ると二体を照らすようにライトがつき、恐竜たちは吠えながら腕を振り上げてこちらを威嚇した。これがこのあたりの防犯システムのようだ。

 私は真っ直ぐに進み、突き当たりを右に曲がる。一番奥に小さなマンションが立っている。玄関は空いており中の廊下が見える。廊下は琥珀色の光に染まっていて、両端に部屋のドアが取り付けられている。マンションの敷地内でも恐竜の警備員が二、三体歩き回っている。一人の幼稚園児が向こうの角から飛び出してきてアパートの入口に駆けていく。その子が中へ入ると、白いネコあるいはぬいぐるみを抱えた中学生くらいの華奢な女の子が迎えに出てくる。園児が食べられぬよう、彼女が一時的に恐竜たちの電源を落としたらしい。少女は私と目が合うとさっと中に引っ込んでしまう。玄関は相変わらず開けっ放しだが、彼女が恐竜の電源をいれたことが直感的にわかった。私は入るつもりはなかったが、ぼんやり佇んでいると別の女児がアパートへと駆け込んでいきドアを閉める。案の定、中から甲高い悲鳴が聞こえてくる。私は満足して先へ進む。

 突き当たりをまた右に曲がると、右に家、左には先ほどの園児たちが出てきたと思われる保育園があった。園の入口には親子連れが数組たむろしていた。

 住宅地の外周をぐるりと回ったので、そこを去ることにする。先ほどの道路に出ると、左に進む。道路は相変わらず朝だった。

 気づくと広場にいる。そこは神社の境内のように白い石が敷かれており、ぽつぽつと雨が降っている。両脇に白テントの屋台が並んでおり、下鴨神社の古本市のような様相をなしていたが、私の知り合いの結婚祝いのパーティーが開かれているのだった。そのため白テントの下に陳列されてあるのは古びた書物ではなく酒類や食事であった。

 知り合いに呼び止められる。知り合いとはいっても、実際の知人ではなく夢の中での知り合いだ。彼女は目鼻立ちのはっきりした華やかな顔をしており、性格も明るくいい人だったが、いかんせんもう四十を超えていたのととにかくお喋り好きでうるさいというのがネックになってなかなか結婚できないでいた。そんな彼女もついに素敵な人と結ばれたというのは喜ばしいことだったが、相手がどんな人間なのか興味なかったし、あまり彼女と話そうという気にもならない。花嫁は楽しげに話しかけてくれたが、その内容はちっとも覚えていない。

 そのうち彼女が別の人間のところへ行ったので、その場を去ることにする。広場を突っ切って来た道と反対の方角の大通りに出る。こちらは片道二車線で、道の向こうにはビルが立ち並んでいる。私は道路を渡って右側の交差点を真っ直ぐに進もうとしたが、あいさつもしないで去るのは失礼かと思い、広場の方を振り返る。幸い知人は道路前の歩道あたりで何人かに囲まれて話していた。彼女は私に気づくと少し驚いたような顔をしたが、私が手をふると笑って応じてくれる。

 私はそろそろ「向こう」に戻るために自転車をこぎだす。帰りのルートはマラソン大会のコースと被っており交通整理が行われている。歩道を行くぶんには支障ないので私は係員を横目に進む。「1」と書かれた三角の旗を持つ係員が「トップ通過します」と言った瞬間、隣の道路を学ランの男子高校生が走り抜けていく。どうも地元の高校の長距離走大会のよう。そこから少し遅れてユニフォームの男子学生が通過していった。少し練習して出場すれば優勝できそうだと思った。道路の反対側ではユニフォーム姿の女学生たちが走っていた。

 次の瞬間、私はその高校の生徒として走っていた。隣には友人もいた。友人といっても見知らぬ少年だ。彼はムードメーカー的存在で、走りながらもふざけて周りを笑わせていた。そのうち私たちは白い壁の部屋に入った。真ん中にはエイドの置かれた長机が一列に並んでおり、マラソンコースはその列の周りをUターンする形でのびていた。エイドとして置かれてあったのは、中華料理によくある鶏肉ときゅうりの和え物や、みじん切りにされたビーツなど普通のマラソンには出てこないような料理ばかりだった。私と友人は手でつまみ食いしていく。友人はほぼ全ての品に手を出していた。食べ過ぎだなと思いながら見ていると彼は「食べ過ぎた」と笑いかけてくる。私もつられて笑ってしまう。

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