≪境界を超える者≫の宴2

『いやぁ~お風呂を覗かれると思ってたけど、全くそんな気配がないなぁ。≪境界を超える者クロスオーバー≫もそれだけ本気でやっていてくれているのかもしれない』


((((滅茶苦茶垣間見しています!))))


旭の心情とは裏腹に≪境界を超える者クロスオーバー≫達は『垣間見』をしていた。これ以上あるのかというくらいの叡智を結集した覗きに≪冥府の日輪ラストサン≫が気づくことは全くない。


「それにしても絶景ね。なんで世界遺産に≪冥府の日輪ラストサン≫がないのかしら。もしくは人間国宝にすべきよね」


私は何枚目か分からないティッシュを鼻に詰め込んで血を止める。


「全くだよ!特に『聖剣』はアーサー王のやつを超えてるもん。私だったらいつでも抜けるし!」

「私の方が何回でも抜けるわ」

「あんたたちじゃできない抜き方も私ならできるよ?」


アーサー王に謝れと言われるほどの不敬だ。


「貴方たち、ちょっと…!黙りなさい!」

「どうしたの…まさか!?」


異変に気が付いた。詩たちがヘッドフォンに集中する。そこには、


『声よ轟け 夜のその向こうへ 涙で滲んでた~♪』


残響散○を歌っている≪冥府の日輪ラストサン≫様が映っていた。


「≪冥府の日輪ラストサン≫しゃまの歌声!?鼻歌じゃなくて歌声よ!?こんなのSSR級の超絶レアカードじゃない!」

「一番近い盗聴器は!?」

α地点石鹸の中よ!くっ、完全に≪冥府の日輪ラストサン≫様の声を捉えることができていないわ!なんであんな安物の盗聴器を買ったのよ」


※一番高価な盗聴器です


境界を超える者クロスオーバー≫にとって≪冥府の日輪ラストサン≫の声というのは脳をしゃかしゃかしてくるものだった。簡潔に言うと、≪冥府の日輪ラストサン≫によって声フェチの扉を開かれたと言ってもいい。


そんな≪冥府の日輪ラストサン≫の美声によって歌われる歌を≪境界を超える者クロスオーバー≫達が興奮せずに聞けるわけがなかった。


「これで≪冥府の日輪ラストサン≫様のASMRの完成ね!」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫がヘッドフォンに響く美声にうっとりしていた。誰もがこの幸せな時間がずっと続くと思った。けれど、


「ぇ…?」

「何で…?」

「…うそでしょ!?」


その異変とは、


「♪~」


冥府の日輪ラストサン≫の声が途切れて、鼻歌になったのだ。途中まで完璧だったのになぜ、こうなったのかと原因を探ろうとしていると、理由は本人の口から直接伝えられた。


『歌詞がわかんなくなっちゃったなぁ~あははは』

「…」


冥府の日輪ラストサン≫が空前絶後の大馬鹿だということを忘れていた≪境界を超える者クロスオーバー≫は頭を抑えた。


━━━


「…どうする?このままじゃ中途半端なASMRになってしまうわよ?」

「そんな中途半端なのを許すわけないじゃん。なんとかして≪冥府の日輪ラストサン≫様に思い出してもらうしかないよ」

「そうよね」


死者の案内人ネフティス≫の言い分に馬鹿な質問をしたと少し反省。


「でも、遠隔で伝えようにも、こっちのマイクをオンにしたら、私たちの『垣間見』がバレちゃうよね?」

「それはそれですよ。バレた時に≪冥府の日輪我が君≫にオシオキされてしまうかもしれませんが、とんでもなく屈辱的なことを≪冥府の日輪我が君≫にされたらと思うと興奮しませんか?」

「…」

「沈黙は肯定ですよ?」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫と≪暖炉の聖女ヘスティア≫は仲良く失敗した時のことを想像していたけれど、≪冥府の日輪ラストサン≫様にオシオキされるなら実質ノーリスクだ。


ASMRが完成するか、私たちがオシオキされるかどうかの二択ならノーリスクハイリターンだ。


━━━


━━



「♪~」


(歌詞が分からん)


一番どころかサビすら全然微妙なのに、僕が歌えるわけがない。ただ、メロディーが素晴らしいので鼻歌で歌っても楽しい。


こう見えて僕はカラオケが好きだ。唯一の特技が声の良さだけだから、これで褒められるのは本当に嬉しい。


(褒めてくれる人が≪境界を超える者クロスオーバー≫を筆頭とした信者だけでリアルで褒めてくれる人ってほぼいなかったからなぁ)


それでも僕を認めてくれる人がいるという事実を喜んでおこう。


♪~


「ん?」


さっきまで僕が鼻歌で歌っていた曲が流れてきたのだ。だけど、どこを見ても何も見えない。上で詩たちが聞いているのかもしれない。それにしても僕が歌詞を思い出せない時に、本当にありがたい。


「ただ一人舞う千夜 違えない帯を結べば~♪」


『二番キター!≪冥府の日輪ラストサン≫様のドスケベボイスでイッちゃうわ!」


「え…?」


僕が鼻歌を歌っていると、シェーラ先輩の声が反響した。僕がぶんぶん首を振ってもどこにもいない。


「な、なんだ幻聴か。僕も疲れてるんだな…」


気を取り直して、


「この先どんなつらい時も 口先よりも胸を張って」


『エロエロ低音ボイス…グフっ、もう死んでもいい』

『≪暖炉の聖女ヘスティア≫!ここで死んだら≪冥府の禁忌アカシックレコード≫が手に入らなくなっちゃうよ!?あっ、でも死んでくれればライバルが減るのか。じゃあ別にいいや」

『≪死者の案内人ネフティス≫のおかげで目が覚めたよ。流石私の義妹だね』

『その未来は一生来ねぇから』


(お、おかしいな。まるですぐそこに≪境界を超える者クロスオーバー≫がいるかのように聞こえてくるんだけど…)


僕は相当疲れているらしい。もう一度お湯に顔を付けて目を覚ます。気を取り直して続きを歌おう。


『アレ?≪冥府の花嫁ペルセポネ≫は!?』

『いない!まさか!≪冥府の日輪ラストサン≫様のいる『聖なる湯』に向かったんじゃ!?』

『ズルいわよ!私だって生『聖剣』が見たい!』


二階からドタバタと音がした。


「…」


僕は悟った。


「≪冥府の日輪ラストサン≫しゃまのエロボイスでASMRを作りたいので生声をお願いいたしますぅ!」

「帰れ」

「あ、はい」


風呂に入ろうとしてきた≪冥府の花嫁ペルセポネ≫を笑顔で突っ返した。


そして、お風呂場を探索する。


「これカメラじゃない…?」


シャワーのヘッドの部分を見ると、カメラらしきものが搭載されていた。他にも床、天井、壁…よく見てみると、つい最近張り替えられたような形跡があった。


そこを捲るとカメラが付いていた。


「…」


僕はシャンプーを持ち上げる。すると、カランカランと液体とは違った個体の音がした。中身を見ると、明らかにシャンプーとは関係のない機械が入っていた。しかも、電源はオンになっていた。


そして、シャンプーを元の位置に戻すと、肘が当たって、石鹸がお湯の中に入ってしまった。慌てて取り出そうとすると、石鹸が溶けていく中に、黒い物体が現れた。取り出してみると、さっきシャンプーに仕込んであったものと同じだった。


僕はこれらを発見して堅く心に決意した。


もう二度と≪境界を超える者クロスオーバー≫に借りを作らない、と。


そして、≪境界を超える者クロスオーバー≫に見つからない場所で一人暮らしをしよう。

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