≪境界を超える者≫の宴

「死ぬ…」


僕は今までで一番勉強したと思えるほど勉強している。暗記というものを舐めていたし、理解というのも全然できていなかったんだと≪境界を超える者クロスオーバー≫達に思い知らされた。


偏差値40と偏差値70では理解というものにギャップがあると詩から説明を受けた。


何かを教わった時に「分かった?」という確認に対してはどんな人間も「分かった」と答えるか頷く。ただ、その中身が頭のいい人と僕みたいな馬鹿では全然違うのだ。


例えば、頭のいい人だったら「分かった」の中身は相手に説明できるレベルで初めて理解をしたということになる。もっと頭のいい人だったら、それを応用問題を解けるようになっていたりするのかもしれない。


だけど、僕みたいな馬鹿では「分かった?」の確認に対して、分かった気になって終わってしまっていたのだ。


その説明を受けた上で詩と数学を、愛莉と社会、シェーラ先輩と理科、佳純先生と国語を勉強した。僕の『理解』ではすべてボツを喰らって、四人の基準にいたるまで何度も反復で勉強させられた。


正直、ここまでする必要あるのかと思ったけど、それが顔に出るたびに四人が無表情で見てくるから滅茶苦茶怖かった。


普段使わない部分まで頭を使ったから超絶疲れた。


「お疲れ様。お風呂に入って休んできなさい。そこからもうひと踏ん張りよ」

「分かった…あっ、着替えがないからうちからとってきてもいい?」

「愛莉が用意しておいてくれたから大丈夫よ。洗濯物は籠の中に入れておいて」

「うん」


バタン


詩の部屋から出ると、僕は一階にある浴室に向かった。頭が疲れているのですぐにでもお湯に浸かりたかった。


━━━


━━



「ああ~生き返る~」


お湯に浸かるだけで、なぜここまで身体の疲れが取れるのか。偉大なる先人たちに敬意を表したい。


『お兄ちゃん、着替えおいておくね』

「あ、ありがとう~。愛莉愛してる~」

『なっ!?プロポーズ!?』

「兄妹愛だよ~」

『もぉ~酷いよぉ~』

「ごめんごめん」


愛莉の戯言も軽く流せるほど、僕は落ち着いていた。


それにしても今日は本当に≪境界を超える者クロスオーバー≫達に感謝したい。あのまま勉強していたら、留年待ったなしで終わっていた可能性が高いのだ。


後で挽回すればいいじゃんと言われても二年生の一番簡単なところで0点をとる僕にチャンスなんてあるはずがない。


「何かお礼をしないとなぁ」

『もらってましゅぅ…』

「え?」


どこからかシェーラ先輩の声が聞こえた気がした。


「幻聴か…」


僕はそうとう疲れているらしい。三十分で目いっぱい休まないと持たないかもしれない。


━━━


一方、詩の部屋では


「≪冥府の日輪ラストサン≫様の裸体ぃ!罪深い≪冥府の花嫁ペルセポネ≫をお許しください!」


私たちはお母さんの部屋で≪冥府の日輪ラストサン≫様を『垣間見』していた。なんでお母さんがこんなものを持っているのかは分からないけど、グッジョブだ。私の好きな人のことはどんなものであったとしても知りたいという性質は母さんから受けついでいるのかもしれない。


しかも、今見ているのは≪冥府の日輪ラストサン≫様の生まれたままの姿で素の≪冥府の日輪ラストサン≫様なのだ。天然記念物にしなければならないほど貴重なものを私たちは『垣間見』しているのだ。


「≪冥府の日輪我が君≫の『しぇいけん』…もうだにぇ~」

「「≪冥府の日輪ラストサン≫様のご尊体を見れる日が来るなんて!感動ものだよぉ」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫は監視カメラの映像を見ながら、血を吹いて倒れているし、≪暖炉の聖女ヘスティア≫に至っては泣きながら監視カメラを見ていた。


すると、


「『聖遺物脱ぎたての服』を取ってきたよ!」

「「「『聖遺物脱ぎたての服』!?」」」


死者の案内人ネフティス≫が≪冥府の日輪ラストサン≫様の元から戻ってきた。今の≪冥府の日輪ラストサン≫様は超絶リラックスした状態だ。もし、妹以外が浴室に行ったら、監視カメラなどを疑われる可能性が高かったので≪死者の案内人ネフティス≫に行ってもらった。


(『愛してる』と言われたことに関しては羨ましいけど…)


「≪死者の案内人ネフティス≫!早く寄越しなさい!」

「私が最初でしょ!『聖剣の鞘パンツ』は私に頂戴!」

「落ちつきなさい!ここは喧嘩をするところじゃないでしょ!」

「「だったら、その手に持っている≪聖鎧Tシャツ≫から手を離せ」」

「おっと、うっかり」


右手が私の意思に反して動いてしまった。≪冥府の日輪ラストサン≫様が偉大すぎるのがいけない。


「もう!≪冥府の禁忌アカシックレコード≫をすべて揃えるまでは≪境界を超える者クロスオーバー≫のみんなで協力するって言ったじゃん!もう破るの?」

「そうね…≪死者の案内人ネフティス≫の言う通りよ。ごめんなさい…」


私たちが協力しているのは≪冥府の禁忌アカシックレコード≫のためだ。私たちは≪冥府の日輪ラストサン≫様のすべてを知りたい。


ただ、≪冥府の禁忌アカシックレコード≫を集めたいのは私だけではない。他の≪境界を超える者クロスオーバー≫も同様だ。そのせいで≪境界を超える者クロスオーバー≫が邪魔をしてくるのだ。


そこで私たちはテスト期間限定で手を組むことを決めた。≪冥府の禁忌アカシックレコード≫を手に入れるために、≪境界を超える者クロスオーバー≫と手を組むことは四人にとってメリットがある。


境界を超える者私たち≫はお互いのことを憎みながらも実力は認めている。私以外には変態という枕詞が付くけど天才たちの集まりだ。


シャンプーや石鹼の中に盗聴器を仕込んだり、お風呂場のタイルをくりぬいてカメラを仕掛けたり、シャワーのヘッドの部分に自作の監視カメラを仕込んで、旭の顔を正面から見れるようにするなんてことは思いつきもしなかった。変態だらけだけど、そのぶっとんだ天才性だけは本当に脱帽ものだ。


私にできたことなんて旭の服装はメーカーから種類まですべて把握していただけだ。これは妻として当たり前の心構えだと思う。だから、旭が今日、着ていた服をすべて愛莉に回収してもらい、全く同じものをプレゼントするくらいしかできなかった。


もちろん下着から何まですべて私が着ていたものをプレゼントしている。旭だって私のことが好きなんだから、使用済みの方が嬉しいに決まっているわ。


(でも、他の三人から変態扱いされたのよね…心外だわ)


「お兄様のシャツの匂いぃ…ムラムラしちゃうよぉ。てか、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫!血が汚い!」

「ご、ごべんなさい、ぐふ、でも、たえられにゃい」


鼻息を荒くしながら、垣間見をして、お母さんの部屋を血だらけにする≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫を軽蔑する。注意している≪死者の案内人ネフティスもよだれがだばだばだから、同類だ。


「全く…≪境界を超える者クロスオーバー≫の格が下がるからこういうことはやめて欲しいよ」

「それなら、≪暖炉の聖女ヘスティア≫も≪冥府の日輪ラストサン≫様の文房具で頬ずりするのをやめなさいよ」


ブーメランが思い切り突き刺さっている佳純にジト目で注意する。


(私みたいにもっと気品を持ってもらいたいわね…)


「わ、私のことを注意してるけど、≪冥府の花嫁ペルセポネ≫も同類じゃない。さっきから、≪冥府の日輪ラストサン≫様の座布団に頬ずりしているあんたもだいぶ気持ち悪いわよ」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫が美少女台無しの鼻にティッシュを詰め込んで話しかけてくるけど、心外だった。


「私は≪冥府の日輪ラストサン≫様のためにやってるのよ」

「「「私もだよ」」」


きょとんとしている全員の顔を確認した。


((((これだから変態は…))))


くしくも四人の思考は完全に一致していた。

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