≪知恵の鉄女≫3

「私の旭と随分楽しそうねぇ、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫…」

「詩?」


僕の後ろで大人しくしていた詩が≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫に敵意を示した。


「…一応、≪境界を超える者クロスオーバー≫の中では先輩なので敬語を使わさせてもらわさせてもらいます。しかし、≪冥府の花嫁ペルセポネ≫と言えども、≪冥府の日輪我が君≫とのまぐわいを邪魔するようなら…ご想像にお任せします」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫は≪冥府の花嫁ペルセポネ≫には敬意を払って敬語にした。


(というか敬語のシェーラ先輩はマジで品行方正だな…)


さっきまでの残念な下ネタ美人なんかではない。服をちゃんと着ていれば模範生だ。


「≪冥府の日輪我が君≫は私の身体に欲情してるんですね。このド変態」

「してないです。というかさっきから僕への敬意と侮蔑が入り混じって喋り方が可笑しいんですけど…」

「目の前の≪冥府の日輪我が君≫と想像の≪冥府の日輪我が君≫が違いすぎて、どう話せば良いのか分からないのよ、です」

「なるほど…」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫の中で葛藤が起こっているらしい。それでさっきから情緒が不安定なのか。ぜひ、変な方向に舵を切らないで欲しいわ。しかし、


「≪冥府の日輪ラストサン≫様。見た目と素行だけで見下した≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫はAKARIと同罪じゃないの?」

「≪冥府の花嫁ペルセポネ≫!?」


冥府の花嫁ペルセポネ≫に言われて、シェーラ先輩は罰の悪そうな顔をしている。だけど、


「シェーラ先輩の言うことはもっともだったし、AKARIとは違うよ。≪冥府の日輪ラストサン≫の言うことを守ってるんだから、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫を罰することは僕自身への裏切りになる」

「そう…」


AKARIとシェーラ先輩は二人とも僕の信者である点、そして、≪冥府の日輪ラストサン≫を夢見た少女である点では似ている。だけど、AKARIと根本的に違うのは正義感を持って僕に接してきた点だ。だから、僕はシェーラ先輩のことは憎んでいない。


「それに≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫として、図書室で周りに害をもたらしそうな僕を断罪したんでしょ?自分が正しいと思うことを妥協なく、行動に起こせる≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫はあの時から変わらず美しいよ」

「っ!」

「…」


僕は≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫を見てそう思った。僕に対してのみ頭がおかしくなるという点を除けば、全く変わっていない。それだけでも僕からしたら喜ばしいことだ。


(詩が僕をジトーっと見てくるのは何なの?)


僕が詩の意図を読み取ろうとしていると、


「…興がそがれたわ。また後で○○○ピーしましょう」

「台無しだよ」


下ネタを吐きながら颯爽と教室に戻ろうとするシェーラ先輩にツッコミをいれた。


「私も教室に戻るわ。空前絶後の超絶おバカさん」

「僕、詩に何かした?」


詩がちょっと怒りながら行ってしまった。


「ってかこんなことをしてる場合じゃない!授業が始まっちゃう!」


僕は急いで教室に向かった。


━━━


━━



「ねぇねぇ山井君━━━」

「…」

「それでね~━━━」

「…」

「聞いてる?」

「…」


陽キャ軍団も解散し、一人一人が散り散りになっていた。ただ、宮下さんを見ているということは未練はたらたらなのだろう。僕としては酷いことをしてきた人間たちなので、せいぜい反省してほしい。


問題はAKARIだ。こいつが休み時間ごとに僕に絡んでくるのだ。トイレに逃げても、男子トイレの前でずっとニコニコ待っているのだ。怖すぎるが、反応すると、相手を喜ばせてしまうから無視している。


ただ、話の内容がどんどん酷くなるのだ。


「私たち、付き合ってから丁度、三年目だよね?」


嘘告白されてからまだ一か月も経ってません。


「昨日の夜、激しかったね。私、今もクタクタだよ」


まだ童貞です。


「昨日、病院に言ったら陽性だったの…」


だから童貞です。


「名前は何にする?」

「だから童貞だって言ってるだろうが!?」


僕はあまりにも酷い思い込みについにツッコミをいれてしまった。宮下さんは眼をぱちくりさせたかと思うと、パアっと笑顔になった。


「やっと反応してくれたね!」

「ざけんな!宮下さんのせいで僕が童貞だってバレたじゃないか!」

「ねぇねぇ、二人目も作らない?」

「話を聞けよ!」


境界を超える者クロスオーバー≫並みに話を聞かない。これだから会話をしたくなかったけど、これ以上の風評被害は困る。


佳純先生に来てもらうしかないかもしれない。そう思っていたとき、女神が来た。


「失礼します…って何事かしら?」


(シェーラ先輩!?)


朝のことが思い出されたが、この人の表の姿は風紀委員長だ。宮下さんを引き剥してもらえるかもしれない。


「すげぇ綺麗…」

「あの容姿で成績もトップなんだから凄いよな…」

「お近づきになりたいけど、ツンツンしててとっつきづらそう」

「そんな人がうちの教室に何の用なんだろう?」


ヒソヒソ言っているのはすべて聞こえた。何の用でここに来たのかは分からないけどとにかく助けてもらおう。


「シェーラ「三条先輩、うちの教室に何か用ですか?」」


(おい!)


僕が行くよりも先に、野球部の川村君が話しかけにいった。とてもニコニコしている。サッカー部の平野君と藤野君も行こうとしていたらしいけど、一歩先をいかれたらしい。仲間に舌打ちしている時点で陽キャってつながりが薄いんだと再確認させられた。


「≪冥府の日輪我が君≫、じゃなくて、山井に用があってきたんだけど」

「あっ、そうですか…」


三人から「またお前か」という視線を受ける。そして、シェーラ先輩は三人から僕に視線を移して、顔が余計に強張った。上履きなのに、ヒールのように足音を鳴らしながら僕の方に向かってくる。


「こんにちは」

「どうもです…」


朝のこともあるが、また何かやらかしてしまったのかと僕も表情が強張る。何を言われるのかと思っていると、


「≪冥府の日輪我が君≫、朝の無礼をお許しください!」

「シェーラ先輩!?」


僕の眼の前で土下座をしてきたのだ。教室中が喧騒に包まれた。


「≪冥府の日輪我が君≫をゴミ扱いしたこと、末代までの恥でございます。どうぞ私を肉○○ピーとして乱雑に扱い、性〇〇ピーとして一生仕えさせてください!その手始めに≪冥府の日輪我が君≫の教室で、衆人観衆に見られて嫌がる私を凌辱してくださいませ!」

「…」


鼻息荒く土下座をするシェーラ先輩の奇行がクラスメイト達が見ていた。しかし、


「あいつマジか…」

「何をしたんだよ」

「シェーラ先輩を淫乱にするってあいつ本当に何者だよ…」


氷の女王のようなクールなシェーラ先輩を下ネタ大好きの変態に変えた『鬼畜ロリ王』たる僕に戦慄の表情が向けられていた。


僕は学校生活が徐々に詰んでいくのを感じて、空を仰いだ。

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