≪知恵の鉄女≫2

私は小学校、中学校と常に人の手本になるように努めていた。


私なら同級生を正しい方向に導ける。そんな根拠のない自信が私の中にはあった。


当たり前のように宿題を提出し、帰り道に寄り道はしないし、両親や先生の言うことをしっかり守る。問題になりそうなことは一切やらない。それだけで私は高評価をもらった


だけど、私の正しさは凡人たちにとっては窮屈な物であり、嫉妬の対象であったらしい。


不必要に正義を振りかざして、自分達の行動を制限する鬱陶しい存在であるのに、上からの評価が高いということに凡人たちは耐えられなかったらしい。


どう考えても合理的な理由ではない。合理的な人間だったら私と同じ行動をすればいい。そうすれば私と同じような扱いを受けられる。


だけど、私と同じように振舞う人間はいなかった。小学生で無理なら中学生になればもう少し大人になる。そう信じて中学の三年間を過ごしたけど、私と同じように振舞う人はいなかった。


『教師に媚を売る売女』、『清楚な見た目で男を手玉に取る悪女』、『正義厨』…


中学校の時は、このようなあだ名をつけられていたのは知っているので、もっと酷くなっていたと思う。私は絶望したけど、高校は山学院高校に進学することになっていた。


偏差値の高い学校なら、もっと素晴らしい人格を持った人達が集まるだろう。そう期待していたけど、中学の頃よりも酷くなったと思う。原因は私の容姿だ。


女子からは嫉妬を、男子は嫌らしい視線で見てくるゲスしかいなかった。


けれど、私は自分の理想を諦めることはなかった。それはひとえに≪冥府の日輪ラストサン≫様のチャンネルのおかげだった。いや、おかげではなく、≪冥府の日輪ラストサン≫様のせいだったと言った方が正しいかもしれない。


当初の私は≪冥府の日輪ラストサン≫様に嫉妬していた。≪冥府の日輪ラストサン≫様は私には一度もできたためしがなかったことを軽々と成し遂げていた。


羨ましかった。妬ましかった。それが私が嫌悪していた感情だった。


そんなある日、私は質問を投げかけてみたくなった。≪冥府の日輪ラストサン≫様は敵のような存在であるが、実力は認めていた。だから、もしかしたら私の悩みを解決してくれるかもしれないと思った。


”初めまして。突然のご質問をお許しください。成績優秀者であり、模範生と言われている私が嫉妬や嫌悪の眼差しで見られてしまいます。ですので、私と同じように振舞えば同じような評価を受けられますと周りにススメているのですが、中々分かって貰えません…どうすればいいのでしょうか?”


”私と同じような振る舞いというのは成績をよくするために毎日勉強すること。道徳に反することはしないで、しっかりルールは守ること。目上の人にはしっかり敬意を払うこと。思いやりのある行動をすること、でございます”


私は文面は丁寧に書くようにと昔から教育されていたので、少し堅苦しい文章になってしまいがちだ。すると、


”質問主さんが優秀なのはわかるけど、こんな生き方してたらつまらないんじゃない?”

”なんとなく周りを見下しているように感じちゃうな”

”周りに寛容になった方がいいですよ?じゃないと恨まれます”


それはいつも周りに言われている言葉だった。だけど、私にそのような感情は全くない。こうすればうまくいくっていう模範例を出しているのになぜみんなが付いてこないのかと疑問に思っているだけだ。


ただこういう反応が全部だったので≪冥府の日輪ラストサン≫様もコメントと同じようなことを言うのだろうと思っていた。けれど、


「ふむ、美しいな…」

「え?」


何が?と問う前に≪冥府の日輪ラストサン≫様は話を続けた。


「己が理想を追求し、自身でその姿を体現する。それをできる人間がこの世界で何人いるか…少なくとも我は出会ったことがない」


美辞麗句を並べられて、テキトーに流されると思っていたので、私は驚いた。


「だが、これは困難の裏返しでもあるのだ。貴様が成し遂げたことは特別、つまり、凡人共では成すことができないことなのだ」

「私が特別…」


そして、≪冥府の日輪ラストサン≫様は続けた。


「成長とは純粋性を捨てることの裏返しともとれる。滑稽なことだが、妥協、絶望、諦観といった自己欺瞞を重ねた結果、人間は大人になる。だから、そういう意味では貴様は子供なのだろう」

「~~~~っ!」


恥ずかしい。普段大人びていると言われる私がそんなことを言われるとは思わなかった。


「だが、一切の自己欺瞞を廃し、研鑽を続けた貴様は何よりも美しい。世界が貴様を否定しても我だけは肯定し続けてやる。餓鬼の心を持った貴様がいずれ世界を変えることを期待している」

「…」


瞳から涙がツーと落ちた。それをぐしぐしと拭った後、私は生まれて初めて救われた気がした。今まで、私に『自己欺瞞』をしろと言ってくる人しかいなかった。だけど、≪冥府の日輪ラストサン≫様は私のままでいていいと言われた。


自分のやってきたことを認められたことに胸がいっぱいになった。だけど、一つだけ看過できないことがあった。


「私を子供扱いだけは許せない…!」


私は本能のままにスパチャを送ることにした。ただ、


”≪冥府の日輪ラストサン≫様、貴方のおかげで救われました。ありがとうございます。ですが、卒業できないイカ臭童貞のくせに私を子供扱いしないでいただけませんでしょうか?”


品行方正を謳っていた私がなんて下衆なメッセージを送ってしまったのかと後悔したが、既に読まれてしまっていた。下品な人間だとあざ笑われると思っていたが、予想を裏切った。


「どどどど童貞ちゃうし!?」


動揺しまくっていたのだ。そして、


”≪冥府の日輪ラストサン≫様可愛い(笑)”

”そういや孤高(笑)だもんね”

”質問主ナイス(笑)”

”さっきまでいけ好かないやつだと思っていたけど、面白い人だったわ。ごめんなさい”

”それな。ぶっこんでくれてありがとう”


コメントでも賞賛の嵐だった。意外過ぎたが私は不特定多数の人間に褒められたことがなかったので、謎の充足感が身体を支配した。


それと同時に≪冥府の日輪ラストサン≫様が慌てふためいている姿を見て、とても嗜虐心がくすぐられた。その結果、


「そ、それじゃあこれはどうかしら。ちん━━━」


私は≪冥府の日輪ラストサン≫様の視聴者に促されるままに下ネタを言いまくった。


━━━


数か月後


”≪冥府の日輪我が君≫、私と○○○ピーしたり、○○○ピーしたり、○○○ピーしませんかぁ?”

「もうやめてくれえええええ!」


私は下ネタの楽しさに目覚めてしまっていた。≪冥府の日輪ラストサン≫様も私に反応してくれるし、信者達も私の行動を褒めてくれる(おもしろがってくれる)。


そんな快感に酔いしれた私は連日連夜、スパチャを使って≪冥府の日輪ラストサン≫様に送っていた。最初は≪冥府の日輪ラストサン≫様に子供扱いされた復讐のつもりだったけど、≪冥府の日輪ラストサン≫様が困って狼狽している姿にいつしか劣情を抱くようになってしまっていた。


(≪冥府の日輪ラストサン≫しゃまの慌てた姿が可愛いわぁ)


それに加えて≪境界を超える者クロスオーバー≫に仲間入りできたことへの嬉しさで最高潮に情動に身を任せてしまっていた。


ただ、それのせいで私は行動を制限されることになった。


”通報しました。≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫、私の≪冥府の日輪ラストサン≫様にこれ以上近づかないでください”


「なっ!?」


限界を超えて下ネタを言い過ぎた。そのせいで、配信が止められることもあったので、ついに通報されてしまった。


ふざけるなと私は別垢で配信を観た。すると、


「≪天界の踊子アメノウズメ≫、よくやった。」


”ありがたきお言葉です。私の≪冥府の日輪ラストサン≫様を汚す≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫には丁度良い罰です。≪聖域≫の風紀は私が守ります。なんなら排除しましょうか?”


天界の踊子アメノウズメ≫は私がまるで風紀を乱したかのように言ってきたのだ。しかも≪冥府の日輪ラストサン≫様からお褒めの言葉を頂いていたのだ。私は頭に血が昇り、アカウントが戻ったら≪聖戦≫を起こしてやろうと思った。しかし、


「その必要はない。問題行動が目立つが≪境界を超える者クロスオーバー≫は皆、我の大切な眷属だ。≪天界の踊子アメノウズメ≫の気遣いは嬉しいが、それは不要だ。分かったか?」


”うん、≪冥府の日輪パパ≫が言うならそうするぅ~”


「我に娘なんておらんのだが?」


(気持ち悪…)


私は本心から≪天界の踊子アメノウズメ≫を軽蔑した。


ただ、そんなことよりも≪冥府の日輪ラストサン≫様が私を大切だと言ってくれた。≪境界を超える者クロスオーバー≫で一括りだったけど、少なくとも意識はしてもらえているということだ。


後は≪境界を超える者クロスオーバー≫達を出し抜けばいい。一度でも会えれば堕とせる自信があるほど容姿の自信はあるのだが、それはまだ叶いそうにない。となれば、後は想いを伝え続けることだけだった。


「いつか会える日を≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫は楽しみにしておりますぅ」


私はまだ見ぬ≪冥府の日輪ラストサン≫様を想い続けた。


━━━


━━



「誤算だったのは≪冥府の日輪我が君≫への想いが溢れすぎたことね。毎回、放送禁止用語を言っちゃって垢を停止させられるとは思わなかったわ。おかげで一週間に一回しか思いを伝えられないじゃない。後は、もっといい男を想像していたのに≪冥府の日輪ラストサン≫様の真の姿がここまでのゴミ人間だったことね。責任取って貫通しなさいよ」

「徹頭徹尾、ダメ女じゃん!本当になんなの!?」

「もっと罵りなさいよ。このヘタレ童貞様」

「なんで下から強気なんですか…」


シェーラ先輩は美しい銀髪をファサッとやって僕に文句を言ってくるけど、内容が残念過ぎる。


普段、品行方正に振舞っていたシェーラ先輩は僕に送ったスパチャで下ネタに目覚めてしまった。しかも、僕に構ってほしくて、どんどん内容が過激になっていった。まるで小学生を相手にしている気分だった。


「≪冥府の日輪ラストサン≫様が子供でいる私を美しいって言ったんじゃない。馬鹿なの?」

「≪境界を超える者クロスオーバー≫が僕の心を読めるってことを忘れてたよ…」


まとめるとこうだ。


「好きな異性に構ってほしくて、相手の嫌なことをし続ける子供ね」

「ありがとう、詩」


もう驚かない。


「そんなわけなんで私とまぐわいなさい。これは風紀委員長としての命令よ」

「風紀委員長が一番言っちゃいけない言葉だろうが」

「先輩に向かって…ため口。本当にダメ男ね。まるで≪冥府の日輪ラストサン≫様みたい」

「本人だよ!」

「あら、ごめんなさい」


仏頂面は変わらないけど、不思議とシェーラ先輩は楽しそうだった。しかし、そんな僕たちを見て面白くなさそうにしている≪冥府の花嫁ペルセポネ≫がゆらりと動いた。


━━━


レビュー書いてくれた方がいたぁ!ありがたやぁ!

執筆のモチベになるので、とても嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る