宮下あかね(AKARI)

他人に対してあそこまでキレたのはいつぶりだろう。記憶にないということは人生初の出来事なのかもしれない。


「昨日のラ、じゃなくて、山井君格好良かったよ!」

「…」

「ここリスナーに答えているシーンなんてイケボすぎるよ。私をこれ以上堕としてどうするのかな?」

「…」

「ねぇねぇ、無視しないでくれないかな~?」

「…」


(超絶めんどくせぇ…)


昨日、≪冥府の日輪ラストサン≫として、宮下さん(AKARI)にとどめを刺した。謝罪のスパチャが大量に投げられたが、僕は全部無視した。


僕はここ最近のヤンデレの動向を研究した結果、≪境界を超える者クロスオーバー≫を筆頭に僕のヤンデレ信者たちは『かまってちゃん』であると結論付けた。過激な行動を取るのもそういうことだろう。


だから、僕は無視することに決めた。重度の信者であるAKARIにとっては一番つらいことだろう。だけど、これは全く反省していないAKARIへの罰だ。


もっと苦しめる方法はあっただろうけど、チキンの僕はこれで関わらなくなってくれればそれで良いと考えていた。


なんだけど…


「ねぇねぇ、山井君~」


隣から鬱陶しいくらいに構ってくる。朝に開口一番で謝罪されたけど、それを無視してからずっとこんな調子だ。


「君の横顔って素敵だね」


僕に謝っても無駄だと分かった宮下さんは僕を持ち上げる方向に方針を変えたらしい。露骨な媚売りに僕は失笑していた。


今は昼休み。僕は愛莉の作ってくれた弁当を食べていた。


「それにしても可愛いお弁当だね。誰が作ってくれたの?」


僕の隣の席を勝手に陣取って話かけてくる。当然無視し続けているけど、こんな目に遭うなら、教室外で食べればよかった。


「おい」


弁当を食べていると、僕に声をかけてくる男子がいた。言わずもがな、宮下さんとよく一緒に居る陽キャ軍団の一人、野球部の川村君だ。普段はお調子者だけど、明らかにトーンを落として僕に話しかけてきた。宮下さんの取り巻きも一緒だ。


面倒なので僕は聞こえないフリをするのだが、その態度に苛立った陽キャの人たちは僕に対して舌打ちをしてきた。そして、宮下さんと仲が良い岡本桜が突っかかってきた。


「山井、あかねに何したの?返答次第じゃ許さないけど?」

「ブホっ」

「てめ!何笑ってやがる!」


サッカー部の平野君が僕の胸倉を掴んでくるが、僕は笑いを堪えることができなかった。本当この人たちは自分が世界の中心で、自分達が何も悪いことをしていないかのように振舞うんだなと呆れてしまった。


(可哀そうな人たちだなぁ)


こんな人たちにビビッてお金を巻き上げられそうになったことが黒歴史のように感じてしまう。それに加えて最近纏わり付いてきた神出鬼没のヤンデレ達のせいで、メンタルがだいぶ鍛えられて余裕を感じられるようになった。


「ねぇ、平野君」

「おう、あかね。ちょっと待ってろ。すぐに解放してやるから」

「とりあえず部室に連れてこうぜ。俺たちのあかねに手を出したんだから、それなりに痛い目にあってもらおうか」

「だな」


サッカー部コンビの平野君と藤見君が僕をサッカー部の部室に連れて行こうとする。しかし、


「ねぇ二人とも、私の・・山井君に手を出すのはやめてもらっていいかな?てか消えてよ。私と山井君の蜜月の時間を邪魔しないでもらえるかな?」


教室中の空気が凍った。


僕の胸倉を掴んでる平野君は茫然としている。


「あ、あかね?山井に脅されてるんじゃないの…?」

「は?何それ?私は山井君が好きなんだけど?」


岡本さんの宮下さんが答えるとざわっと教室中がざわつく。宮下さんを好きな男子達が僕を見てきた。特に陽キャの三人の顔は凄まじかった。


「てめぇみたいな、ド陰キャにあかねを堕とせるわけがないだろうが!一体何をした!」


(まぁそうだよね~)


つい先日まで、僕を嫌っていた宮下さんが突然僕を好きだと宣言したら、僕のせいだと言うのも筋違いではないと思う。


だけど、ここでは大悪手だ。宮下さんがなぜ僕を嫌いだったかを思い出してほしい。宮下さんは自分が好きなものを馬鹿にされるのが大嫌いなのだ。


「ねぇ、私の好きな人を馬鹿にしないでくれない?」


宮下さんはかつて僕に言ったように告げた。その笑顔の圧力に一瞬怯んだが、川村君が声を上げた。


「でもよ、俺たちはあかねを想って行動してるんだよ!あいつが俺たちにした仕打ちを忘れた「死ねよ」ぇ…?」


誰にでも人当たりの良かった宮下さんは残酷なほど真っ黒な瞳でかつての仲間たちを断罪した。僕の胸倉を掴んでいた手が離れた。


「みんながそんな人だとは思わなかったよ。もうどうでもいいや。私は山井君と幸せになるから、もう消えてもらっていいよ。さようなら」

「ちょっ!ちょっと待ってよ!私は!私は親友じゃなかったの!?」


岡本さんが宮下さんに縋り付いてきた。しかし、


「私の好きな人を糾弾するような人は親友じゃないよ。もう二度と話しかけてこないで、岡本さん・・・・

「ぁ…」


今、ここにクラスのカーストトップグループは崩れ去った。彼ら彼女らは宮下さんを中心としたグループだ。そんな宮下さんに嫌われた彼らはどうするのだろうか?


(まぁあいつらも同罪だし、丁度良かったかな)


クラスが動揺に包まれている中で、宮下さんは僕のことを見てきた。もう僕以外のことはどうでも良いらしい。


「さっ、お話しよ!」

「するわけないじゃん。頭の中お花畑なの?」

「え?」


僕は今日、初めて宮下さんに返答した。最高の笑顔と右手で首をかき斬るジェスチャーを添えて…


「仲間割れが面白かったから黙って見てたけど、僕からしたら全員同罪だからね?嘘告白してきたお前、そして、それを面白おかしく観戦してた岡本さん達。悪いのは明らかにそっちなのに、僕が悪者かのように噂を流したことも完全に忘れてたよね?」

「そ、それは」

「おかげ様で僕は意味もなく『聖剣』を抜いた変態として生徒どころか先生たちにも後ろ指を指されるようになったんだけど、どう責任をとってくれるの?」

「「「…」」」


僕の糾弾に陽キャ達は何も言えなくなっていた。まぁ『聖剣』を抜いたのは事実だから、問題児なのは間違いじゃない。


「え…山井君がフラれた腹いせに『聖剣』を抜いたんじゃないの?」

「俺もそう聞いた。だけど、この感じだと真実は違うのか…?」


様子を見ていたクラスメイト達がヒソヒソと言っている。


「とりあえず土下座くらいしたら?それで許してあげるよ?」

「はっ!?てめぇ調子に「ごめんなさい!」あかね!?」


僕の言葉に陽キャ達は流石に堪忍袋がキレたのだろう。しかし、理性を失って僕に殴りかかろうとしてきたところで、宮下さんが僕の足元でこれ以上ないくらい美しい土下座をしてきた。だけど、


「気色悪いなぁ。お前になんて誰も頼んでないんだよ?平野君たちに言ってるんだけど?」

「申し訳ありません」

「口を開くなよ。で、どう?」

「~~~~っ!ざけんな!誰がてめぇなんかに「残念だなぁ」は?」


僕は平野君の言葉に声を被せた。


「君たちが土下座したら、AKARI・・・・・を許してあげようかと思ったんだけどなぁ。残念だったねぇ」


僕は足元で土下座をする宮下さんに向けて声をかける。すると、ピクリと動いた。


「AKARIって誰「土下座して!」」


僕の言葉で飛び起きた宮下さんが、陽キャ達に飛びかかった。


「私が≪冥府の日輪ラストサン≫様に許されるチャンスなんだよ?私の取り巻きのくせにその程度のこともできないの?さっさとしてくんない?てかやれよ。やれ!」

「あかね!?」「落ちついて!」


宮下さんがかつての仲間たちに僕に土下座をするように突っかかる。だけど、彼らは見栄をはる人間だ。底辺中の底辺を行く僕に土下座なんて死んでもできないだろう。


ちなみに本当に土下座をしてきたら僕は許すつもりだ。約束は守る。


クラスで暴れる宮下さんを放っておいて、僕は静かにご飯を食べられる場所に行こうと思う。残り時間は少ないけど、教室で食べる勇気はない。


「≪冥府の日輪ラストサン≫様素敵でしゅぅ」

「なんでいるの?後、今の僕は旭です」


佳純先生が僕の教室の様子を息を荒げながら見ていた。手にスマホを持ってるから色々ご察しだ。


「あっ、ごめんね。五限の授業がうちのクラスで現代文だから少し早めに来たんだけど、旭君が大活躍しているから、ずっと様子を見てたの」

「それなら止めてくださいよ…」


結構好き勝手やっていたから怒られることは覚悟していた。


「旭君の活躍を止めたら、≪境界を超える者クロスオーバー≫失格だよ」

「その前に佳純先生が教師失格ですって…」


僕は溜息を吐きながら、真顔で煩悩まみれの佳純先生に頭を痛めた。


(仕方ない…)


「目の前の世界の問題を解決できない人は僕に近付く資格は「こら!何してるの!」ないんだけど…」


佳純先生は僕がすべてを言い切る前に教室に入って、宮下さんを止めに入った。


通常状態の先生は誰よりも頼りになる先生だ。後は任せて大丈夫だろう。


昼休みが終わるまで後、五分。もう時間はない。昼飯を食べるのは諦めた。

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