大後悔

AKARIが宮下あかねだと知っているのは宮下さん自身が僕に語ってきたからだ。僕からすればアカウント名を僕に教えるほど僕に惚れているのかと思っていたけど、実際はそんなことはなく、逆に恨まれていた。


そんなAKARIは≪境界を超える者クロスオーバー≫になりたいと思っているのは良く知っている。AKARIは僕の厨二発言を理解して、日本語訳するのが下手だった。それでも、少しずつ少しずつ努力して、僕の意図をくみ取れるようになっていた。


だから、僕は次に他の≪境界を超える者クロスオーバー≫を出し抜いて一位になることができたなら、≪境界を超える者クロスオーバー≫に任命してもいいと思っていた。他の≪境界を超える者クロスオーバー≫には不平不満を言われると思ったけどそこは現実のファンという側面がでかかった。


しかし、それは『聖剣』を抜く前の考えだ。今の僕はAKARIを≪境界を超える者クロスオーバー≫にしたいなんて微塵も思っていない。どうするのが正解なのだろうか。


”あの?≪冥府の日輪ラストサン≫様?私は≪境界を超える者クロスオーバー≫になれるのでしょうか…?”


不安気に聞いてくるが、どうしたらいいのか分からない。配信中ということもあり、何か答えないと、放送事故になる。


(どうすればいい!?)


すると、救いの女神が訪れた。


”陰キャとかド底辺とか言ってるけど、≪境界を超える者クロスオーバー≫になりたい人が知らない人に対して悪意のこもった言い方をしてるのはどうかと思いますよ?”


僕の心の声を代弁してくれたのは≪死者の案内人ネフティスだった。


口だけ動かして、『ありがとう』と伝えた。


ネフティスなら僕の意図を理解してくれるはずだ。なんてったって≪境界を超える者クロスオーバー≫であり、自慢の妹だ。


「≪冥府の日輪ラストサン≫様が私に『愛してる』って言ってる!」


(ここで意思疎通できなくなるのなんなん?)


愛莉はいやんいやんとクネクネしている。だけど、


「ありがとう、よ?」「ありがとう、だね」


詩と佳純先生からジト目でツッコミを受ける。愛莉にはノーダメージだ。ヤンデレ達は僕の言葉を都合の良いように解釈するから、ツッコミなんて聞こえていないのだろう。


すると、AKARIから赤札が送られてきた。


”私が≪冥府の日輪ラストサン≫様の言葉を一番に答えちゃったから嫉妬してるんだよね?ごめんなさい。確かに陰キャって言い方は悪かったかもしれないね。だけど、陰キャにだって悪いことはあると思うんだ。私なんて何もしていないのに、水をかけられたからね?”


僕は絶句した。その陰キャというのが僕だというのは自明のことだ。


”AKARIさん、それは超絶可哀そうだわ”

”陰キャ陽キャとかそういう話じゃない”

”うわぁ…いまだにそんな陰湿なことをする人っているんだな…”


AKARIを擁護する人達を見ていると僕が悪者にされてしまっているように感じてしまった。視聴者たちは何も悪くない。悪くないけど、僕の心には突き刺さる。


僕の心は急速に冷めていった。それと同時に僕の中でやり返したいという気持ちが徐々に強くなってきた。自分には復讐心なんてないと思っていたけど、今の僕の心の大部分を占めているのはその感情だった。


「はははははははははは」


そう思うと気分が良かった。僕は自分の復讐心を確認した後、おかしくなって高笑いを始めた。コメントも狂ったんじゃないかという言葉で埋め尽くされていた。


さっきまで隣でふざけていた≪境界を超える者クロスオーバー≫達も僕が高笑いを始めたことによって、怪訝な顔を浮かべていた。


「旭君…?」「お兄ちゃん…?」


詩だけは僕のことを静かに見据えていた。僕が何をしようとしているのか分かっているようだった。


「AKARIよ。貴様に言わなければならないことがある」


”は、はい”


僕の言葉にスパチャで返してきた。もちろん赤札だ。


”新しい≪境界を超える者クロスオーバー≫の誕生か!?”

”いつぶりだろう”


コメントが湧いていた。ここしばらく≪境界を超える者クロスオーバー≫の加入がなかったのでお祭り騒ぎをしたくなる気持ちはわかる。


だけど、今回に関しては逆だ。


「貴様が我が臣下に加わることは一生無い。我の逆鱗に触れた貴様に待つのは残酷なまでの死だ」


”え?”


何を言われているのか分からないという反応だ。


「分かりやすくいってやろうか?お前みたいなクズに≪境界を超える者クロスオーバー≫の資格は与えないって言ってるんだよ!僕のチャンネルに二度と来るな!」


事実上の追放宣言をした。


━━━


”≪冥府の日輪ラストサン≫様がお怒りだぞ!?しかも素の姿でだ!”

”一体AKARIさんは≪冥府の日輪ラストサン≫様に何をしでかしたんだよ”


あかり自身も何が起こっているのか分からなかった。


(私が追放?え、なんで?スパチャが足りなかった?)


”なんでAKARIさんを追放なんですか!?ここ最近は≪境界を超える者クロスオーバー≫に次ぐ活躍を見せてたと思うんですけど…”


私を擁護してくれるコメントが送られてくる。私は≪冥府の日輪ラストサン≫様を怒らせるようなことはしていなかったはずだ。それはコメントで私を擁護してくれる人の数で分かるはずだ。


これは≪冥府の日輪ラストサン≫様独特の冗談だ。私はいつかネタバレが来るだろうと思って、≪冥府の日輪ラストサン≫様の言葉を待った。しかし、


”我を騙る愚物と侮りし女神が姿見を変えた我を謀り、悪神共と我を攻撃した。『聖剣』を抜くことで命を繋いだが、我の心臓は依然、釘が刺さったままだ。そして、その女神は我が聖域に信者として紛れこみ、≪境界を超える者側近≫として、我の暗殺を試みている…”


凄みのある言葉に一瞬だけビクッとしてしまった。だけど、すぐに我に返った。


「あっ!えっと、紙を用意しないと!」


私は紙を無造作に取り出して椅子に座って、机に向かった。≪冥府の日輪ラストサン≫様の言葉を書いて日本語訳しようとする。だけど、文字を進めるにつれて、私の心がそれを拒否し始めた。私が躊躇していると、私よりもはるかに速いスピードで文章を書き終わった≪境界を超える者やつ≫がいた。


”偽りの姿で下界に現れた≪冥府の日輪ラストサン≫様を謀って陥れた女とその取り巻きがいたらしいわ。これは先週くらいに言っていた嘘告白のことだと思う。その襲撃を≪冥府の日輪ラストサン≫様は『聖剣』を抜くことで撃退したんだけど、トラウマを抱えてしまった、と。その女、え~と、M・Aとしましょうか。M・Aは弱った≪冥府の日輪ラストサン≫様をもっと苦しめようとしているといったところかしら?”


音無詩、偽りの姿、嘘告白、取り巻き、M・A私のイニシャル、そして、『聖剣』。


誰が誰に何をしたか。


そんなの考えるまでもない。


「あ…あ…」


腕をだらんとして、スマホを茫然と落としてしまったけど、そんなことにも気が付かない。


『僕が≪冥府の日輪ラストサン≫だよ』


私は自分の行いを恥じた。最大のチャンスを誰よりも抱えていたのにも関わらず、私はそれを最悪の方法で拒絶してしまった。


”はぁ!?AKARIって最悪な女だな!≪冥府の日輪ラストサン≫様に嘘告白するとか何やってんの?”

”傷ついた≪冥府の日輪ラストサン≫様にさらに追い打ちをかけようとするとかないわ。キモイんだよビッチ”

”取り巻きってことは仲間がいたってことだよな?ってことは大勢で≪冥府の日輪ラストサン≫様を傷つけたってことか。うん、消えろ”


私に対する批判のコメントで埋め尽くされた。だけど、私にはそんなモブ共の声なんてどうでも良かった。欲しかったのは━━


「戻して…戻してよ!あの日に戻してよ!」


私は批判も何もかもを無視して、スパチャで謝罪文を送りまくった。しかし、≪冥府の日輪ラストサン≫様からの返事は一向に返ってくることはなかった。


泣きわめいても、過ぎ去りし過去に想いを巡らせても戻ってこない。すべてに気付いたときにはもう遅かった。


━━━


「へぇ~、AKARIがお兄ちゃんに『聖剣』を抜かせた女なんだねぇ。うらやm、死んでほしいな☆」

「私がその場にいなかったことが悔やまれるよぉ。『聖剣』が見たかっ、じゃなくて、ごめんなさい、≪冥府の日輪ラストサン≫様。嘘告白を止めることができなくて…」

「心底近くにいてくれなくてよかったです」


配信が終わった後、僕の豹変した理由を聞かれたので素直に答えた。愛莉も佳純先生も変態願望が駄々洩れなので、本当にあの場にいなくてよかったと思った。


「それにしても凄い額のスパチャが送られてきているわね…」

「ね」


詩がチャンネルを見ながら僕に言ってきた。赤札が十、二十…もう数えるのをやめた。読む価値のないゴミだし、もう興味もない。


「せっかくくれるっていうならお金はもらっておこう。まぁいくら献金しても僕が許すことはないんだけどね」


何を言われても僕が許すことはない。せいぜい僕の気持ちを弄んだことを悔いて欲しい。


「普段ダメダメな旭のドS顔が凄くいいわね…」

「「分かるぅ…」」

「締まらないからそういうこと言うのやめて…」


恍惚の表情を浮かべる彼女たちを見て、僕の力は一瞬で抜けた。

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