≪暖炉の聖女≫VS≪冥府の花嫁≫2

何かあれば率先して問題を解決し、生徒が困っていることがあったら、しっかりと相談を受ける。それが、河合佳純にとっての理想の教師だった。


そんな河合佳純が、共感性羞恥に襲わせながらも、視聴者たちの悩みを解決することのできる≪冥府の日輪ラストサン≫に沼るのに時間はかからなかった。


境界を超える者クロスオーバー≫の一人、≪暖炉の聖女ヘスティア≫として信者の中でも≪冥府の日輪ラストサン≫の理解者筆頭候補として、君臨するに至ったが敬愛する≪冥府の日輪ラストサン≫には及ばないと考えていた。


現実世界ではただの一教師。自分はこれだけの信者を抱えることなどできないし、ましてや助けるなんてことはできない。


そして、≪境界を超える者強敵達≫の中でも一歩も抜きんでることができない。信者筆頭で最古参の≪冥府の花嫁ペルセポネ≫もいたこともあり、焦りにも似た劣等感を感じていた。


このままでは≪境界を超える者クロスオーバー≫からも外されてしまうのではないかと考えた時、その焦りを告白した。


”≪冥府の日輪ラストサン≫様、貴方のお力をお貸ください。私は貴方の隣に立ちたいのです。しかし、ライバルが多く、一部の≪境界を超える者クロスオーバー≫には嫉妬してしまっています。醜い私をお許しください。私はどうすればいいのですか?”


もしかしたら、≪聖戦≫を引き起こして≪冥府の日輪ラストサン≫様に怒られてしまうかもしれないけど、これを聞かないわけにはいかなかった。だけど、今回に限っては誰も仕掛けてこなかった。


「≪暖炉の聖女ヘスティア≫の頼みとあれば引き受けぬわけには行かぬか…」


冥府の日輪ラストサン≫様は私の質問に答えてくれた。


「まず第一に、我が臣下である≪境界を超える者クロスオーバー≫と結ばれることはない。我は天上天下唯我独尊。孤独の王だ。そこに例外はない!」


流石の一言だった。現実世界の私はモテる。そんな私を余裕を持ってフる態度に余計に惹かれてしまった。


「だが、≪暖炉の聖女ヘスティア≫よ。いや、≪境界を超える者クロスオーバー≫達よ。空に浮かぶ月に石を投げても無駄だ。まずは目の前の世界を救え。それを成し遂げていけば、いずれ≪冥府の日輪我という月≫にたどり着けるかもしれぬな。これを聞いても嫉妬などという無駄なことにリソースを割いている時間があるのか?」


”≪冥府の日輪ラストサン≫様に辿りつきたかったら、我が君と同じくらいの偉業を成し遂げること。そのためにはまず目の前の問題を一個ずつ片付ける。そうすればいずれは運命が≪境界を超える者クロスオーバー≫と≪冥府の日輪ラストサン≫様を結びつけ、最終的に私とまぐわうことになるでしょう。手始めに○○○ピーはどうでしょうか?”

”≪冥府の日輪ラストサン≫様のお言葉に最悪のオチをつけるんじゃねぇよ、クソ≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫”


境界を超える者クロスオーバー≫の一人が≪冥府の日輪ラストサン≫様の言葉を最悪の言葉に変換した。


”流石、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫様!オチが最悪ですよ!”

”これで垢が停止させられて、また質問ができなくなるな(笑)”

”≪聖戦≫勃発(笑)”

”後、月ってなんですか?太陽じゃダメなの?”

”無粋なこと言うな!”


その後のことは覚えていない。だけど、尊敬する≪冥府の日輪ラストサン≫様は言った。目の前の問題に一生懸命取り組んでいれば、いずれ運命が私たちを結びつける、と。だったら私は信じるだけだ。


それ以降、私は最高の教師として数々の生徒から愛されるに至った。


━━━


「まさか、旭君が≪冥府の日輪ラストサン≫様だとは思いもしませんでした。気が付かなかった私にお仕置きを!」

「いえ、そういうのはいいです」

「あっ、そう…」


(お仕置きをしないって言ったのに、なぜ落ち込んでいるんだろう)


それにしても佳純先生が≪暖炉の聖女ヘスティア≫だとは思わなかった。でも、言われてみれば、教師とか言っていた気がする。


(だけど、僕の担任だとは思わないだろ…)


テキトーに言ったのに本当に運命の女神が僕と≪暖炉の聖女ヘスティア≫たちを結び付けてしまった。


(詩、愛莉と来て、佳純先生…はは、もしかして、他の≪境界を超える者クロスオーバー≫も近くにいたりして、なーんてね)


旭がフラグらしきものを立てた後、詩が口を開いた。


「それじゃあ帰りましょう。0点なんて国民的な青たぬきのアニメ以外で見たことがないわよ」

「面目ない…」

「いいのよ。旭がダメであればあるほど、私に依存するしかないから」

「全力で学力を上げる努力をします」


詩が笑顔でダメ人間でいてくれなんて言ってきたので、全力で拒否する。だけど、僕程度のスペックでは詩の言うとおりになりそうで情けない。


「≪冥府の花嫁ペルセポネ≫に私の計画は邪魔させないよ?毎年留年させて、一生私が勉強を教えるの。もちろん、大人の勉強も、ね?」

「おい教師」

「それなら私も留年するわよ?旭と一緒に死ぬまで、青春を過ごせるなら悪いことではないかもしれないわね。ふふふ」

「ふざけんな!というか二人とも僕を馬鹿にしすぎだろ?」

「「?」」


(そんな当たり前ですけど、みたいな顔をしなくても…)


僕は本当にダメな男らしい。確かに卒業できるかと言われたら、僕も自信がない。というか一番得意な現代文が0点の時点でいろいろ不味い。


「≪冥府の花嫁ババア≫にはさっさと卒業してもらってもいいんだよ?なんなら校長先生にかけあって飛び級にしてオックスフォード大学とかの推薦をあげようか?私のお父さんが文科省のお偉いさんだから、そういうこともできるよ?というかしてやるよ」

「最悪の権力者ね。それなら次回のテストからわざと旭と同じ点数を取るように頑張るわ。白紙で出せばいいんでしょ?」

「舐めんな!?」


ドヤ顔で言う詩に僕は全力でツッコミをいれる。しかし、この二人は僕を無視して会話を続けた。


「白紙でだしても100点にしてあげるよ?よかったね!その代わり≪冥府の日輪ラストサン≫様は100点であったとしても0点にしてあげるんだ。一生学校で養ってあげるからね!」

「もう嫌だ…」


佳純先生がこんな人だとは思わなかった。あの優しい先生が≪冥府の日輪ラストサン≫がかかわった瞬間にここまでのクズ教師になる。僕は今まで信じていたものが崩れ去っていくような感覚に陥った。


「私は≪冥府の日輪ラストサン≫様と相思相愛なの。だから、≪暖炉の聖女ヘスティア≫には今まで通り、私の劣化コピーとして振舞っていて欲しいわ」

「はっ、バーチャルの世界でしかマウントがとれない情けない小娘に≪冥府の日輪ラストサン≫様を堕とせるわけがないでしょ?残念でしたぁぁ。負け犬幼馴染の称号をあげてもいいよ?」


(うん。逃げよう)


僕は幼馴染と先生が戦っている最中抜け出した。二人とも≪聖戦≫を始めた瞬間、僕のことなど忘れていた。本当に僕のことが好きなのかと疑問に思ってしまう。


下駄箱に行き、靴を取り出す。そして、少しだけ小走りで校舎を出た。これで≪境界を超える者クロスオーバー≫から解放される。詩は家が隣だけど、窓さえ閉めれば入ってこれない。


「配信に集中しよう」


僕がそう決めた時、校門の前に人だかりができていた。僕にはどうせ関係ないことだから、流そうと思っていた。けれど、


「あっ!≪冥府の日輪ラストサン≫様!お待ちしておりました!一緒に帰りましょう!」


校門のところでずっと正座待機していた≪境界を超える者クロスオーバー≫がいた。高校の制服ではなく、中学校の制服の美少女だ。容姿ゆえに注目を集めていたのだが、僕を見つけるなり、抱き着いてきた。愛莉だった。


いつからそこで正座をしていたかなんて聞くまい。注目を集めまくってる時点でその質問は無意味だ。


周りの人間は美少女が『アーサー王』に抱き着いたということで視線が鋭くなった。


「あいつ、中学生にまで…」

「ヤバいな…」

「うらやましいいいいいい!」

「お前も同類かい!」


(もう死にたい…)


僕は何もしていないのにヤンデレ共が僕の生活をぶっ壊してくる。


「≪死者の案内人ネフティス≫…人がいる場所で、抱き着くのはやめてね」

「前向きに検討します!」

「実行してください」

「来年あたりになったら再考するね!」

「もう嫌だ…」


家に帰っても≪境界を超える者クロスオーバー≫がいることを忘れていた。


(お母さんに言って、一人暮らしをさせてもらおう…)


僕は本気でそう思った。


ちなみに次の日から僕のあだ名は『鬼畜ロリ王』になった。


━━━


「≪冥府の花嫁ペルセポネ≫のせいで≪冥府の日輪ラストサン≫様を逃がしたじゃん!どうしてくれんの!」

「知らないわよ。それじゃあさようなら。私は≪暖炉の聖女ヘスティアと違って家が隣だから存分にイチャイチャするわ」

「車に轢かれちまえ」

「教師失格ね」


そういって詩と佳純が別れた。


その影でずっと聞き耳を立てている者がいた。宮下あかねだ。佳純に用があったあかねはずっと学校内を探していたのだが、全然見つからなかった。しかし、見つけたかと思ったら、二人が口論をしていた。


冥府の日輪ラストサン≫、≪冥府の花嫁ペルセポネ≫、≪暖炉の聖女ヘスティア≫…どれも何度も聞き慣れた言葉だった。


「先生が≪暖炉の聖女ヘスティア≫で音無詩が≪冥府の花嫁ペルセポネ≫…?」


そして、あいつが…


「ううん!まだそうと決まったわけじゃない!ごっこ遊びの可能性もあるし!」


しかし、オセロがひっくり返るように疑心が核心に変わっていくのを感じていた。

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