≪冥府の花嫁≫vs≪死者の案内人≫
じりりりりん!
「ん…」
耳をつんざくような音で目が覚める。僕は目覚めが悪い方だ。だから目覚ましがないと起きることができない。それでも毎日毎日この音で起きるのは本当に億劫だ。
(超絶美少女が僕を優しく起こしてくれるとかないかなぁ、なんてね)
「早く起きなさい」
「そうそうこんな感じで…え?」
僕の背後から聞こえてはならない声が聞こえてきた。僕は恐る恐る振り返るとそいつがいた。
「なんでいるの!?」
「≪
僕の背後で詩が一緒にベッドで寝そべっていた。一瞬で目が覚め、飛び上がる。お茶目な雰囲気を出して誤魔化そうとしているが、寝ている間に人がいるというのは美少女だったとしても怖すぎる。
「せっかく美少女に優しく起こされたいっていう夢を叶えてあげたのだから、もっと喜んでほしいわ」
「ありがとう。だけど、もう二度とやめてくれ…心臓が飛び出すかと思った…」
心を読まれたことに関しては無視だ。気にしてもしょうがない。≪
しかし、ここで終わらなかった。
バン!
「お兄ちゃん様!美少女に優しく起こされたいっていう夢を叶えてあげにき…た━━━なんで
愛莉は誰かさんと同じようなセリフを添えてエプロンにおたまを持って元気よく部屋に入ってきた。けれど、僕を見た後、詩を見ると、一瞬にしてハイライトをオフにしてこっちを見てきた。
詩は少しも驚くことなく、堂々と愛莉と向き合っている。
「おはよう愛莉。お義姉さんに対して失礼よ?」
「誰がお義姉さんですかぁ?私に義姉はいませんよ~」
詩と愛莉が僕の部屋で睨み合っている。そういえば、この二人は昔から馬が合わなかった。僕からしたら二人とも天才だし、仲良くしたらいいじゃんと思っていたけど、同族嫌悪なのかな。
「音無先輩、いや、≪
愛莉が仕掛けた。自分の正体を知っていた愛莉に一瞬だけ詩は驚いた表情を見せた。けれど、すぐに何か得心が言ったようだ。
「そう…≪
「ちっ、流石ですね…」
「すご…」
僕はそんな感想しか出なかった。ほとんど情報がない状態で愛莉が≪
そして、詩は僕の方を見ると、嘆息した。
「≪
「音無先輩の言うことはもっともですけど、お兄ちゃんとは血婚十五年を迎えているんで何も心配されることはありません。なんなら熟年夫婦です。ね?お兄ちゃん?」
「なにそれ…?頭大丈夫?」
(僕からしたらどっちもどっちなんだけどなぁ)
まぁどっちにしろこんなところで争っていても仕方ない。リアルで≪聖戦≫が起こるとは思わなかったけど、止められるのは僕だけだ。
「とりあえず着替えたいから、出ていってくれる?」
こういえば詩も愛莉も部屋から出て行ってくれるだろう。けれど、僕の予想を超えてくるのが重度の信者達だった。
「「鑑賞させていただくのでお構いなく」」
「出てけ」
僕は部屋から二人を追い出した。
━━━
僕と詩が通う山学院高校は徒歩で二十分ほどのところにある。当時の僕からしたら手が届かないくらいの学校だったけど、ここ以外の高校だと電車通学で面倒だった。改めて、受かってよかった。
「ねぇ愛莉、貴方の中学はこっちじゃないでしょ?」
「心配ご無用で~す。今日から通学は山学院高校を経由して行くことにしましたから。音無先輩こそ私のお兄様から離れてくれませんかぁ?」
「嫌よ。ダメダメな旭を離したら、どこに行くか分からないもの」
「…」
男の夢である両手に華。男からは嫉妬の視線で見られ、女からは好奇の視線に晒される。両手をがっちりホールドされているので逃げることができない。
二人とも美少女だから、滅茶苦茶目立つ。ただ、悲しいかな。二人とも見た目に反して超が付くほど病んでる。しかも片方は妹だ。代わってくれるならそこら辺の人間に代わってほしい。
「はぁ…」
「そんな釣れないことを考えないで。私の感触を楽しんでるのはバレバレよ?本当に理性もダメダメなんだから。それでも愛してるわ」
「お兄ちゃん?妹で発情しちゃダメだよ?本当にダメダメなお兄ちゃんなんだから。でも大好きだよ」
「頼むから心を読まないで!後、信者なのになんでダメージを入れてくるんだよ!」
僕は魂の限り叫ぶ。二人とも同種ということでセリフの内容が全く同じだ。実は仲が良いだろって疑いたくなる。
そうこうしているうちに学校が見えてきた。それと比例して、同じ学校の制服が見えてくる。詩という有名人と中学校の制服を着ている美少女を侍らせている僕に視線が突き刺さる。しかも、
「ねぇあいつって…」
「ああ、例の…」
僕は今、悪い意味で有名人だった。愛莉はそんな視線に目ざとく気が付いた。
「およ?お兄ちゃん人気者だね~みんな見てるよ」
「意味合いは全く異なるけどね。僕は今、嫌われ者なんだ…」
「陰キャの底辺にいるような無害系お兄ちゃんがここまで嫌われるって一体何をやらかしたの?」
「うっ」
愛莉の無邪気な言葉が僕にぶっ刺さるが、事実なので唸るだけにしておく。
ただ、僕だって一応男だ。プライドだってある。だからこそ先日の事件のことなんて話したくない。どう誤魔化すかを考えていたら、詩が身を乗り出した。
「悪を滅ぼすために偉大なる『聖剣』を抜いたのよ」
(そうか。意味深な厨二発言にしておけば追及を避けられる!)
詩の機転に心の中で感謝する。しかし、
「おおおお兄ちゃんが、しぇ、『聖剣』を抜いたの!?」
「≪
≪
「『聖剣』を見れたクソ共が羨ましすぎるよ!なんで悪いことしたやつらにご褒美をあげてるの!」
「僕の求める反応と正反対だよぉ…」
「悔しいけど愛莉に同意ね。私にも『聖剣』を使ってくれていいのよ?」
「…」
僕の誇らしかった妹は残念な変態ヤンデレに堕ちてしまったし、隣の幼馴染も同じような反応だった。僕が黄昏ていると、
「音無さん!」
「っ!」
僕が今、一番聞きたくない声が後ろから聞こえてきた。冷や汗がどっと沸き出てきて歩みを止めた。僕は一瞬にして現実に引き戻された。
「確か、宮下あかねさんだったかしら?」
詩は僕の腕に捕まりながら、後ろにいる宮下さんの方を見た。
「うん!ほとんど話したことがないのに、覚えていてくれて嬉しいな~」
「たまたまよ。噂で聞いた特徴と一致してたから、テキトーに言ってみただけ」
「へぇ~噂ね~」
後ろを見ていないが僕を見ているのはわかる。「大丈夫?」と愛莉が心配してくれるが、それどころじゃない。ドクドクと鳴る心臓の音が鮮明に響く。
「悪いことは言わない。山井君だけはやめておいた方がいい。噂を知っているなら、私に何をしたか知ってるよね?」
「っ!」
アレはそっちが嘘告白をしてきたんじゃないかと言い返したい。しかし、悔しいことに証拠がない。
「嘘告白した貴方がフラれたやつあたりで旭に『聖水』をかけたんでしょ?」
「はぁ!?違うし!告白自体は成功したから!後、そっちのカスがかけてきたんだから!」
すると、ニヤリと詩が笑った。
「へぇ私の聞いた噂と違うのね。私は旭が
「っ!」
(うまい…)
詩がカマをかけて、宮下さんが引っかかってしまっている。しかも、野次馬も集まってきているから、本当のことを話したら、宮下さんは非難されるだろう。
ただ、ここまで攻撃的な詩を初めて見た。
「そ、そんなことはどうでもいいでしょ!それより、これから仲良くしようよ!受験を意識しなきゃいけないから、音無さんみたいな天才と仲良くなっておきたいんだよね」
宮下さんはそういって手を差し出してきた。誰に対しても好意的に接する宮下さんに詩も手を差し出
「ごめんなさい。旭の面倒を見ないといけないから他の人に構っている暇はないの。全く…私の彼氏なんだからもっとしっかりしてほしいわ…」
「お兄ちゃん。自称彼女のことなんて気にする必要はないよ?私がいくらでも支えてあげるから」
すことはなかった。詩は興味をなくして、学校に行こうと促してきた。僕たちが校舎に向かおうとすると、僕らを囲んでいた人垣はモーセのごとく割れた。
「≪
「≪
「こんなに人がいるところで馬鹿な争いはやめてくれ…」
僕を巡って争われるのは悪い気分じゃないけど、学校という生活圏にまで影響を及ぼすとなれば話は別だ。
しかし、今日は違った。救いの女神が現れた。
「こら!こんな朝早くに腕を組みながら学校に来るんじゃありません!」
「「ちっ」」
河合佳純、僕の担任が来ると、二人は舌打ちをしながらもしぶしぶと離れてくれた。学校の先生の権力ってやっぱり強いわ。
「それじゃあお兄ちゃん!また後でね!≪
「うん。いってらっしゃい」
「分かってるわよ」
僕もそのまま校舎に入ろうとするが、詩がさっそくルールを破って僕の手を握ってくる。しかし、僕たちの前にはニコニコ笑っている河合先生が立ちはだかった。
「音無さん。なんで、山井君の手を握ってるの?」
「私たちは恋人です。手を繋ぐ権利はあります」
「あるわけねぇだろ(ボソっ」
「え?」
「あ、ううん!なんでもないよ?とにかく学校内で恋人らしいことは禁止です!これ以上言うことを聞かないなら反省文を書いてもらうことになるけど、大丈夫?」
「…はい」
詩がしぶしぶ手を離した。先生という監視者がいる以上、学校で詩が手を出してくる回数は減るだろう。完全な自由とはいかないけど、静かに過ごせる聖域は保たれそうだ。
(河合先生、本当にありがとうございます!)
僕は最後に一度頭を下げてお礼をした。すると、こっちを見てニコリと笑って朝の挨拶に戻った。
「≪
生徒から見えないところで恍惚の表情を浮かべる信者の姿がそこにはあった。
━━━
「クソ女が…」
あかねにとっては≪
(まさかあの二人が付き合っているとは思わなかった)
真実を知っている詩を篭絡するのは不可能だった。しかし、それと同時に詩に対して疑問が起こった。アレだけ狂信的に≪
『僕が≪
(そんなことがあるわけない!)
だけど、詩の旭を見る目は本物だった。浮気をしている女の顔じゃない。頭で必死にその可能性を否定するが、心が肯定しかけている。
「確かめなきゃ…」
こんなことを仲間に頼めない。あかねは一人で行動することに決めた。
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