第7話 これを言葉で表すとしたら、奇跡ってやつになるだろうよ

 「ゴリ、兄ちゃんと一緒に行ってこい、タトゥーが見えないようにジャケット着るのも忘れるなよ」


「はい、分かりました」とタトゥーゴリラ。


 タトゥーゴリラが助手席に置いてあった黒のジャケットを羽織る、ジャケットを羽織ったタトゥーゴリラは、要人を守る強面のSPの様に見える。


 見た目って大事だよな……改めて思う。


 タトゥー丸出しのタトゥーゴリラと銀行に入ったら、それだけで通報されかねない。


 SPに変身したタトゥーゴリラが、助手席側のサイドドアを開ける。


 僕が降りようとしていると「お嬢ちゃん、兄ちゃんに何か言ってやりなよ」とトカゲ男が少女に促す。


「伊藤さん、ほ、本当に、本当にありがとうございます、わた、わたっ、あああああああん」言葉に詰まり泣き出す少女。


「すぐ戻りますから、もう少しの辛抱ですよ」と笑顔で少女に伝える。


 少女は泣きながら「待ってます、私……待ってます」と祈るように、呟く。


 僕は少女に軽く手を振り、タトゥーゴリラと二人で銀行に向かう。

 

  ◇◇◇◇◇

 

 二人が銀行に入ったのを確認してから、新しい煙草に火を付け、トカゲ男がゆっくりと語り始める。


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんは奇跡ってやつを信じるか?」


「……信じます」少し考えてから怯えたような声で、少女が答える。

 

「そうか、お嬢ちゃんはまあ、そうだろうな……」


 トカゲ男はタバコの煙を吐き出しながら「俺はなお嬢ちゃん、奇跡なんて信じない、絶対にな」


「そんなあやふやなものに頼っていたら、あっという間に食い殺されちまう、俺はそういう世界で生きてるからな」


 そこまで語ってから座席に深く座り直し、天井を見つめながら「ところが今日、奇跡みたいなもんを見ちまった」と呟く。


「お嬢ちゃんが『誰か助けて』と裏路地で藻掻もがいたろ、でも誰も助けには来なかった」


「当前だ、身長2メートル、体重130キロ、俺が言うのもなんだが、ゴリは化け物だ」


「そんな化け物を前にしたら誰だって逃げ出すさ、それが普通、普通なんだよお嬢ちゃん」


 トカゲ男のタバコを持つ指が、小刻みに震えている。


「ところがその化け物の前に、コンビニにでも行くようにあの兄ちゃんは出てきた」


「ゴリが『ぶっ殺すぞ』と何度恫喝しても、怯えるどころか余裕すら感じた」


「その後、ゴリに首を絞められながら宙ずりにされたろ、信じられるかお嬢ちゃん……あと少しであの世逝き……死神が鎌を掲げて振り下ろす、その瞬間だ」


「あの兄ちゃん、笑ってやがったんだ……」


「しかも今度は、見ず知らずの女のために1200万円を払おうとしてる、何の見返りもなしにだ」


「クックック……イカれてるよ、控えめに言っても完全にイカレてる」


「伊藤さんはイカれてなんかいません、とても優しくて素敵な人です」少女が声を荒げて反論する。


「そうだな、お嬢ちゃんからすればあの兄ちゃんは、白馬に乗った王子様だ」


「白馬に乗った王子様……」そう呟き真っ赤になる少女。


 トカゲ男は、昂る気持ちを抑えるため、新しい煙草に火を付け、深く煙を吸いこむ。


「だがねお嬢ちゃん、その白馬の王子様を振り向かせたのは、お嬢ちゃんだ」


「あのわずかな瞬間、諦めず、必死に藻掻もがいて、運命の赤い糸を手繰り寄せた」


「これを言葉で表すとしたら、奇跡ってやつになるだろうよ」


 そこまで語り、満足したようにタバコを吹かし始めるトカゲ男。

 

  ◇◇◇◇◇

 

 遠くで銀行の自動ドアが開き、行員に見送られながら、二人が出てくるのが見えた。


 必死に手を振る私。


 伊藤さんがそれに気付き、笑顔で手を振り返してくれた。

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