第6話 異世界転生のついでに助けたんですとは、とても言い出せそうにない……。

 「おいゴリ、今の会話聞いてたな?」


 僕とトカゲ男のやり取りを大人しく見ていたタトゥーゴリラが「ハイ、聞いてました」とまるで小学1年生のように答える。


 ププッ、タトゥーゴリラの奴トカゲ男のジッポ攻撃が相当効いてるみたいだ、すっかり大人しくなって、まるで借りてきた猫のようだ。


「サクラサク銀行浅草支店だ、急げよ」


 小学1年生のようになったタトゥーゴリラが「ハイ」と元気よく返事する、ゴリラなのにしっかりお返事が出来てエライ。


 車がゆっくりと動き出す。


「あと分かっていると思うが、この兄ちゃんは今から大切な太客ふときゃくに変わった、今後この兄ちゃんに対して失礼な言動は俺が許さん、分かったな」


 どこか悔しそうな感じで「分かりました……」と答えるタトゥーゴリラ。


 僕にチート能力があったら、この瞬間メッチャ大きな声で「ざまああああああああ、タトゥーゴリラざまああああああああ」と中指立てて煽っていた所だ。

 

 グッジョブ!トカゲ男、人としての会話がまるで成り立たないタトゥーゴリラを諫めてくれて本当に助かった。


 そんな事を考えていると「兄ちゃんの親は資産家だったりするのか?」とトカゲ男が聞いてきた。


「いえ、僕は施設育ちなので両親の顔すら知りません」


 僕の施設育ちという言葉を聞いて、一瞬タトゥーゴリラが何かを発言しようとしたが、途中で口をつぐむ。


「そうか、悪いこと聞いたな」


「いえ、全然大丈夫です」


 異世界に行く時、親や兄弟、愛する恋人がいたりしたら、きっとみんなの顔がチラついて、異世界転生を戸惑うだろう。

 

 その点僕は、親の顔も知らない、友達もいない、恋人なんて生まれてこの方いたことがない。


 ないないないの3連単、信じられない身軽さ、モンキーターンで異世界に突入できるレベルである。

 

 「あと最後に、自分の身分を証明出来るものを何か持ってるか?」トカゲ男が聞いてくる。


 「これから金銭のやり取りをするのに、名前も知らない住所も知らないは、ありえないだろ」


 確かにそうだ、よく考えれば、この車に乗っている登場人物、誰の名前も知らないことに改めて気付く。


「免許書でいいですか?」


「大丈夫だ」


 僕は財布から免許を取り出し、タトゥーゴリラ対策として床に転がっていたジッポを拾い、まとめてトカゲ男に渡す。


「これ免許とジッポライターです」

 

 トカゲ男はニヤリと笑いながら「気が利くね~」と呟きながら、それらを受け取る。


 トカゲ男は僕が渡したジッポで早速タバコに火をつけ、免許の観察を始める。


伊藤明いとうあきら……22歳……大分若いな……」トカゲ男はブツブツと独り言を呟きながら、免許の観察を続ける。


伊藤明いとうあきらさん、」声のする方を見ると、祈るように両手を組みキラキラした目で、少女が僕を見ていた。


 少女の曇りなき眼くもりなきまなこで見つめられると、異世界転生のついでに助けたんですとは、とても言い出せそうにない……。


 そんな事を考えていると「ははっ、そうかそうか、謎が全部溶けた」突然トカゲ男が名探偵コナンのような台詞を呟く。


 なんだなんだ僕の免許書に何があった、僕の視線に気付いたトカゲ男「いやいや、こちらの話だ、兄ちゃんは気にするな」と何事もなかったかのように、スマホで免許の写真を撮りだす。


 いやいや気になるだろ『わたし、気になります』って言いそうになったわ。


「兄ちゃん免許書返しとくぞ」

 

 トカゲ男から免許書を受け取る。


「アニキ、サクラサク銀行浅草支店に着きました」タトゥーゴリラが目的地に到着したことを告げる。

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