2-3.陽光
「あまりよろしくないお話でしたねぇ」
「仕方ないだろう」
結局呪詛の原因は礼羅がいた屋敷の主人に憑き物があり下人を殺めていたということ、屋敷の床下には下人死体があった。
その屋敷では頻繁に下人を商人から買い取っていたらしく、近所でも異臭がすると噂になっていたそうだ。
調査はまだ行っているようだが、大方殺された下人らの恨みが邪気となり悪霊を呼んで瘴気になったのだろうとのことだった。
帝の侍従の案内で清涼殿の隣にある後涼殿の控えの間まで案内される。
陰陽頭と晴明殿は帝に追って報告があるとのことで自分は残月と一緒に待つことになったからだ。
正直そんなお節介はいらないんだが、晴明殿が一緒に帰ろうと言うからなので仕方ない。
あくびを噛み殺しながら清涼殿の北へ回り込んで後涼殿に向かう。
しかしただ待つだけなのに斬月は当たり前だと言わんばかりに付いてくる。
帝からの指示とはいえ何処でも監視してくるなコイツ。
「斬月は――」
「おや、宮様。ご機嫌麗しゅうございます」
面倒なたぬき爺の声が聞こえる。
右大臣だ。相変わらず複数人の取り巻きを連れている。
「これはこれは右大臣殿、殿上が静かだと思ったら、清涼殿にいらっしゃらなかったのですねぇ」
自分が返事をする前に残月は持っていた右大臣と対立する。横から見た残月の口元は歪んだ弧を描いていた。
しかし右大臣は年の功か怯まず残月を見据えていた。
斬月の影に隠れ、今のうちに紙飛行機型の式神を取りだしては
この爺のことだから話が終わればすぐに清涼殿に向かうだろう。爺だけに出し抜かせる訳にはいかない。俺はあくまで公平なんだ。
それに今頃向こうでも何かしらの会議中だろう。俺からの密告に騒然するかもしれない。
「清涼殿に?帝と如何様なお話をされたのでしょうか。この爺も聞きたいものですなぁ」
「ならば後程帝に伺えばよろしいでしょう。宮様は昨晩よりお疲れなのです」
「官位も無いのに月に二度も陛下に呼ばれるとは、ご寵愛が戻られたのでしょうか」
「戻られた、なんて、陛下は幼い頃から宮様を気にかけておられますよ」
二人は火花を散らすが、真っ向で話すのも無駄だろう。
「詰問の間違いだろう右大臣。大方、私が気に入った式神が気になるか?」
「式神?」
検非違使には顔が知られているのに案外礼羅の噂は広がっていないのか。それとも
「おや、違うのか。なら私が清涼殿に呼ばれていたことを今しがた知って帝への疑心が募ったか」
「っ……!」
図星か握っていた
生憎俺は箱庭でぬくぬく過ごしたお坊ちゃまではない。右大臣の後ろにいた取り巻きがヒソヒソと陰口を言い始める。
「母方の祖父だというのになんと冷たい」
「人を寄せつけぬのは相変わらずだ」
視線を投げると直ぐに目を逸らされる。俺を嘲笑うくせによく恐れる。
「そういえば、右大臣よ。帝は私の文を読んだだろうか」
「……さて、どうでしょうな。陛下にお目にかかりたい者は多くおります故」
「そうか。……帝はかつて私が出家を望んでも許さなかったくらいだ。源氏の名を貰うことも許してくれないだろうな。どう思う」
「宮様」
残月が俺をなだめるが右大臣の後ろにいる取り巻きは大きく目を見開いていた。初耳か。
右大臣は口角こそ上げているが目はこちらを睨んでいる。
「宮様は己のお立場を」
「これは私の愚痴だ。其方にはなから答えを求めてない」
斬月に視線を移せば追うように付いてくる。右大臣は追いかけることはなかった代わりに、ドタドタと複数の足音が響いては口論の声が聞こえる。
「貴方また式神を飛ばしたでしょう」
「なんの事だ」
あくまで知らぬ存ぜぬのスタンスで行く。残月は未だ疑っているけど匿名の忠告だからな。「残月も前に出なくても良かったのに」と話を変える。
「……私の面目が立ちませんからねぇ。ですが肉親とはいえ、先ほどのお言葉は」
「本心だ。俺の手紙を
燃やす前に内容を確認していたはずだ。なら右大臣は俺をどうしたいのかは分かる。
「今の藤壺の女御には一人
俺の母が火事で亡くなった後、右大臣は数年後に年の離れた母の妹、つまり叔母を当時皇子だった帝に宛がったらしい。
今の内裏のことは晴明殿の北の方と残月から聞いた話しか知らないけど。
「あの歳で権力を持っても仕方ないだろう」
どの時代も寿命が近付くと必死になるのはよくあるんだろうな。
「……現在、元服を済ませた帝の男子は貴方様だけですからねぇ」
俺を真っ先に忌み子だと言った奴から手の平返しされるのは気分が良くないな。
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