1-9.陽光


 都に戻るため馬に礼羅を乗せる時とても軽くて驚いた。密着していたから気付いたが、彼女は己の力で身体を強化して誤魔化していたのだ。


 しかし彼女が半妖とはいえ魔物であることは変え難い事実。仕方ないが都に連れていかないと行けない。

 帝は俺を忌むべきモノだという認識こそすれども嫌っては無かったはずだ。本人は不本意だろうが彼女の処遇は俺の交渉にかかってる。

 森を抜けしばらく馬を走らせると橋の前で馬を止めた。


「どうしたの止まって」

「礼羅、都にある靄が見えるか」


 都では悪霊が瘴気に群がり渦を巻いていた。以前はそこまで大きくなかったのに日に日にその瘴気は濃くなっている。

 心無しか都から離れたこの場所も瘴気が濃い。


「……私が放った狼煙じゃない」


 狼煙と呼ぶことに引っかかりを覚えるが今は無視する。


「消すことは?」

「呪いは人間様の得意分野でしょう」


 皮肉も言えるんだなこの小娘は。


「あなたもいるから……出来なくもないけど、ここからじゃあ結界があるから無理よ」


 やっぱり都に入らないと無理か。懐から正方形の紙を一枚取り出し紙飛行機を折る。既に折り目が出来てるから片手でも作れる。


「今式神を送って入れるか確認する」

「は?私入れないんじゃ」

「なんでだよ。都の外じゃ処罰が下せないだろ」


 紙飛行機を飛ばし結界をすり抜けて行くのを確認する。

 何か都合のいい勘違いをしてないだろうか。


「じゃあなんでここで立ち往生してるのよ」


 彼女が何も知らないのも無理ないか。


「俺がダメだから」

「どういうこと」


 自分のことを話すとどうしても自嘲してしまう。


「生憎やんごとなき家の生まれでもこの見た目なんでね。出家はしてないけど幼い頃から寺で育った。家も都から離れた場所にある」


 礼羅もすぐに察してくれたらしい。


「……難儀ね。こんなとこから離れて生きればいいのに」

「出来たら良かったんだが、生憎出来ない事情もあるからな」


 彼女の言うとおり自由気まま、だけど自分の力で生きていける力がある獣だったら別の場所で生きることも出来るだろう。自分はそうもいかないけど。

 そう考えていると一枚の式神が飛んできた。


「晴明殿」

『ご苦労さま。まさか原因の屋敷にこんな黒狐がいたなんてね』

「紙が喋った!?」

「うるさい……」


 痩せてるのによくもまあそんな声が出せるな。


『おや、式神を見るのは初めてかい?見たところただの半妖では無さそうだね』


 驚いた礼羅の反応が面白いのか式神越しでも晴明殿も得意げなのが分かる。

 晴明殿の式神はあらゆる角度で礼羅を見ては腕を組んだような仕草をする。

 まじまじと見られるのが不快なのか礼羅は少々顔を顰めていた。


「此奴が件の元凶なのでは?」

『何を言ってるんだ。まさか検非違使の者の言葉に唆されたか?』

「ほら!」

「……」


 分かっているならなんで検非違使たちを引き止めなかったのだ。逃げたのは狐だったけど。

 晴明殿は礼羅に向き直る。


『とはいえ。お前も妖を都に誘った罰は受けてもらうよ。なに、祓う事はしない。責任を負わせるのは主にした陽光だ』

「勅なれば謹んで罰を受けましょう」


 良かった。とりあえず彼女の首の皮は繋がった。

 だけど礼羅はそれに反発する。


「陽光に罰を下すのは筋違いでしょう!?」


 こいつさっきも思ったけどわざと事を引っ掻き回してないか。


「お前」

『おや、もうそこまで仲良くなったのかい?』


 晴明殿も茶化す。まだ出会って半刻一時間程度だぞ。


「違うわ。でも私が望んでやった事だし彼とは契約を結ぶ前だもの。だから陽光を罰するのはおかしい」


 狐の癖に曲がったことが大嫌いのようだ。貴族の子女でもそう見ることはない。どうやったらこんな真っ直ぐに育つのだろう。


『確かに一考の余地があるね。でも生憎アレを陽光のせいだと言う輩が多い』

「ハァ?もがっ!?」


 このままでは話が進まなそうなので口を塞ぐ。


「落ち着け。それで晴明殿。その罰の内容は?帝から何か勅が来たから伝えてくださったのでしょう?」


 こんな惨事だ。内裏にまで瘴気が来てもおかしくない。おそらく帝も対処の為にまだ起きてるだろう。


『正式に下されるのは明日だが、帝は私と話をした結果、君に七日間の物忌みを命じると決めた。今回君は約束を破ったし。本来なら穢れを避ける為に行うけど、今回は封じる目的だね』


 封じる意味も分かる。貴族への建前だろう。約束については心当たりが二つある。一つは。


「……朱雀の前に立つな、ですか」

『今宵は有明の君が来る日だったろう。働かせ過ぎだと彼からもきつく言われてしまってねぇ。流石の帝も反省しておられた』

「余計な事を……」


 有明の君は俺の監視役の宮司だ。普段は夜見神社に努めている。俺が元服してから仕えているが部下であるという実感が湧かない。

 物忌みという名の休暇を貰えたのは有難いけど狩りに行けないし肉も食えないのは不服だ。


『そこの狐。お前もこれで理解出来たかな』

「分かりました。穢れを避けるためなら仕方ありませんね」


 そう言って恭しく袖で口元を隠す。


「白々しい……」

「あなたに言われたくないわよ」

『喧嘩はやめなさい。その前に祓って欲しい。朝まで待てば悪霊も消えるかもしれないが、神祇官府には浄化の準備をさせているから待たせるわけにはいくまい』

「御意」


 仕事だ。夜明け前にさっさと終わらせよう。

 だけど晴明殿は俺に無茶振りする。


『陽光はそこの狐を従わせなさい』

「私!?」

「晴明殿それは……」

『出来ないとは言わせないよ』


 師匠からのそのお言葉はキツい。


『君への罰で有耶無耶にさせたいところだけど、彼女にも表向きの罰は受けさせないと。見たところ契約時に陽光の力をごっそり貰ったんだろう』


 そこまで見えていたのか。

 礼羅には元より瘴気を消させるつもりだったから使うのは構わないけど、無理をさせた後が少し怖かった。

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