1-7.陽光


「ならず者が呑気に月見か」


 木の枝に飛び乗り、狐の目の前に現れて見ればすぐに後ずさった。


「け、検非違使の者が私に何の用で?」


 検非違使か。確かに今の自分は白い狩衣を着ているからそう思われても仕方ない。


「そんな分かりきったこと聞くな。お前は魔物で俺は術師だ」


 ここは枝の上。空を飛べるなら話は別だが額が汗ばみ呼吸も荒いことから虚勢を張っているのだろう。

 肌蹴た素足を見せしなを作る素振りをみせるが命乞いでもするのだろうか。


「ちなみに俺に色仕掛けは効かない」


 といいつつ貧相な身体をくまなく見たものの、この娘は半妖ときた。

 妖なら即刻祓うのだが困った。人間でありながら狐の血が流れている人を俺は知っているからだ。

 狐が憑かれているならさっさと祓って自分の下女に転職することを勧めるつもりだったが半妖を下女にすることは惟也が許してくれるだろうか。


 それに妖狐の気配もするのに彼女には別の何かが混ざっているように感じる。それが自分と近しいからそれも気になる。もしかして父の隠し子か?いや流石にそれはあり得ないか。


 とりあえず拘束して検非違使に尋問させようと思ったら、地鳴りのような音が大きく響いた。


「は……?」

「……」


 相手は赤面して顔を逸らしているが、またぐぅうと音が響く。

 いたたまれないと言わんばかりその場から逃げ出そうとしたので咄嗟に相手の腕を掴んだ。


「いやいやいやいや待て待て待て!?」

「こんな恥ずかしい状況で居られると思っていて!?」

「お前どんな状況か分かってる!?」


 思わず素が出てしまうくらいにはこちらも戸惑った。


「分かってるから尚更逃げたいんじゃないのよ!腹の虫鳴らせたんだから!!」


 袖で己の顔を隠しているけど本当らしい。だけど信じられない。腹の虫を鳴かせた?あのとんでもない量の邪気を放ったこの元凶が?


「……つまりお前の望みは魔力と食べ物か?」

「くれるの!?」


 ぱっと明るくなる。見た目からして十四くらいか。年相応、いやそれよりも幼く見える。


 何が何だか分からなかった。この娘が本当に都に邪気を撒き散らしたのは確実だ。

 それにこの娘の正体も気になる。

 この女は意思疎通が可能だ。いっそ自分の物にした上で色々吐かせた方がいいのではないか。


 懐から十字架を取り出す。向こうも何かに気付いたのか逃げ出そうとするがそれよりも先に詠唱した。


「主よ、憐れみたまえ」

「……っ!?」

「汝の名を示せ」


 俺は十字架を彼女の目の前に向けた。西の悪魔祓いのお作法だ。

 相手は必死に口を噛み締めているので再度名前を問いかける。


(手強いな……)


 本当なら聖書を諳んじれたら良かったのだが、生憎俺はクリスチャンでもないし日本語版の聖書なんてこの時代に無い。

 陰陽師らしく祓詞はらいのことば祝詞のりとでも唱えれば弱るだろうかと思ったが、この妖の名を知るには手っ取り早い。先に向こうが弱ったのか木の枝からずり落ちる。


 咄嗟に掴んだ腕を引き寄せて受け身を取り、木の下に落ちる。木の根が当たったようで地味に痛い。


「った……離して!」


 自分の腕の中で暴れるが、衣越しでも分かるくらいあばら骨が浮き出ていた。気丈に振舞っているようだが相当弱っている。

 両腕にいる彼女を地面に転がして押さえ付ける。


「主よ、この者の業を赦し憐れみたまえ!」


 一気に彼女の身体が硬直した。自分も大分力が削がれているからさっさと終わらせたい。


「主の名のもとに問う。汝の名を示せ」


 やせ細った喉が動く。


「ら、ライラ……」

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